救出大作戦
カイトたちは家を飛び出すと駅へと駆け出した。マルタニに行く方法は列車しかないからだ。
全力で走った2人は本来ならば数十分はかかるであろう道のりを数分で走り切り駅に到着した。そして事態の深刻さを目の当たりにした。駅は大混雑していて騒がしくとても列車に乗れるような状況ではない。
どうやら駅にいる大多数の人間は中央警察の兵士で彼らが列車に乗り込もうとしているらしく、その周りに野次馬や列車の本来の乗客などがいるようだ。かなり混乱した状況なのが見てわかる。
空では数機の輸送機が飛び去っていく。この世界で飛行機を見るのは初めてだった。
「おい!なんで列車を使おうとしてんだ‼お前らは輸送機あるだろうが‼」
本来の乗客である男が言った。確かにその通りだ。その方が早いだろうに、とカイトも思った。しかしそれに対して兵士はこう答えた。
「輸送機は早いが安全じゃない‼機械生命体に撃墜される可能性だってある‼必ず到着できるように2つのルートが必要なんだ‼」
なるほど。どうりでこれだけ技術が発展しているのにも関わらず飛行機を見ないはずだ。この異世界の飛行機は日本などと違って安全じゃない。機械生命体がいるせいで撃ち落とされる可能性がある。そしてそう考えればなぜ人類が機械生命体を根絶やしにできないのかもすぐ分かる。
機械生命体はいわば移動する対空砲。素早く移動し続ける対空砲に人間は対処できない。星の数ほどいる機械生命体を爆撃で全滅させるのと機械生命体が爆撃機を撃墜するの、どちらが早いかなど考えるまでもなくわかることだ。思わぬところで「なぜ鋼鉄の獣たちがこの世界を支配しているのか」という世界の謎が1つ紐解けてしまった。
だがそれは一旦置いておくとして。どうやってマルタニ鉱山まで行けばいいだろうか。
列車が使えなければ向かうことはできない。車があればなんとかなるだろうか。いや、無理だ。調達することもできなければ、時間がかかりすぎる。どうやっても列車に乗るしかない。
カイトとヤミコは人をかき分け列車の貨物両のそばに立っていた兵士に話しかけた。
「頼む。乗せてくれないか」
「ダメだ。部外者は乗せられない」
予想通りの返答だ。どこへ向かうにしても関係のない者を乗せられるはずがない。カイトのヤミコが前へ出ようとする。しかしカイトはそれを手で制した。ヤミコの考えていることがカイトにはすぐに分かった。自分も同じようなことをしようとしたからだ。考えていたのはこの兵士を脅して無理やり乗ること。それをやればきっと列車に乗れるだろう。しかし後から問題になるのは目に見えている。問題を積み重ねるわけにはいかない。
だから方法を変えた。カイトはポーチの1つを開けて数枚の紙幣を取り出すと兵士に握らせた。
これは俗にいう賄賂というやつである。そして小声で言う。
「乗せてくれるだけでいい。マルタニにいる仲間を助けたい」
兵士は受け取った紙幣をポケットに入れる。そして何事もなかったかのように振る舞う。
「そういえば中の点検がまだだったか。中は念入りに調べないといけないからなぁ。誰かが忍び込んでも気づけないだろうなぁ」
兵士は棒読みでそう言いながら貨物両の扉を開ける。カイトたちはすぐに貨物車両に忍び込んだ。扉が閉められ列車が動き出す。これでマルタニまでは行ける。後は時間次第だ。ここからマルタニまで数時間。悠長なものだが今は逸る気持ちを抑え、耐えるしかない。
機械生命体の襲撃時に鉱山の近くにいたのは幸運かはたまた不運か。それは判断の難しいところだ。しかし今こうして生き残っている事自体はきっと幸運に違いない。カスミは薄暗い鉱山の中で今自分が確かに生きているという感覚を噛み締めていた。周りには同じように鉱山内に逃げ込んできた作業員達がいる。
カスミたちが今いるのは鉱山の中のちょっとした広場。作業場とは少し違い作業員たちが休憩するための小さなスペースだった。もともと鉱山内で作業していた作業員と咄嗟に鉱山内に逃げ込んできた人たちを合わせると数はざっと20人はいる。カスミ以外全員屈強な男たちだがそれでも丸腰では鋼鉄の機械生命体を相手には強気に出られない。
その場にいる全員が不安に駆られていた。
「俺たちゃどうなっちまうんだ」
「カミさんと息子が心配だ」
「中央警察も事態を把握してるはずだ。すぐに助けが来る」
普段から激務をこなす大柄な男たちですら弱音を吐きたくなるような有様。ハンターが相手にしている機械生命体がどれだけ恐ろしい存在なのかがよくわかるだろう。そんな中でか弱いカスミが不安を覚えないはずはなかった。しかしカスミはそんな不安をグッと内側に押し込める。感情は伝播する。だからこそ1人でも、自分だけでも平気なフリをしなければと思った。それがわずかにでも周りの心を落ち着けることになればと。
(カイトさん、ヤミコちゃん)
不安の中で脳裏に2人の顔が浮かんだのは必然だった。ある日、自分の目の前に現れた不思議な2人。誰もいなかったがら空きの家にやってきて共に過ごした2人。それはカスミにとってとても楽しい時間だったからだ。誰もいなくなってしまった家、工房、店で1人で食事をし、1人で鉄を打ち、1人で店番をするだけの毎日から2人が引っ張り出してくれたように感じた。
過ごした日々は説明するまでもない他愛のない日々だった、それにまだまだ短い付き合いだ。だがそれでもカスミにとっては友達と過ごした楽しい日々だ。だからこそ2人を思い出すと不安が少しだけ和らいだ。
そして生きて帰ろうと強く思えるのだ。
(まだ死ねないッス。これをカイトさんに渡すまでは)
手の中に握られているのは昨夜作っていた機械。未だ完成には程遠いその試作品は小さいが革新的な機械だった。この機械がカイトを救う救世主のような存在になるとカスミは確信している。なぜならこの機械は
ガシャ
少し離れた場所から音がした。金属の音だ。何かものが倒れたような音ではない。歩いている音だ。その音を聞いてその場にいた全員が息をのんだ。数名の男がその場にあったシャベルやつるはしを手に持ち身構える。
「来るなら来やがれ」
機械生命体を相手に近接戦がどれだけ有効なのか。ハンターたちがなぜ銃を持ち歩くのかを知っていればそんなことを考えずとも結論は出る。あまりにも無謀な戦い。正面から戦って勝てるはずはない。武器を持った男たちもそれをわかっていてそれぞれ壁際に身を隠す。奇襲するつもりだ。
ゆっくりとだが確実に機械音が近づいてくる。数は1体。しかしカチカチカチと普通とは少し違う音を出している。おそらくアイゼンヴォルフのような4本足とは違う多足型の機械生命体だろう。全員が息を潜め、しまいには呼吸さえも忘れてしまいそうな緊張感が漂う。しかしその空気をゆっくりと引き裂くようにその時が来た。
カスミたちの前に姿を現したのはサソリの姿をした機械生命体。名はスタルピオン。動きは遅く装甲も薄いためハンターたちが定める危険度の中では低い部類に入る。しかし動きの遅さや防御力の低さに反してその一撃はとても強力で尻尾の先端からは高圧電流が流れる。喰らえば人間なんて一瞬で黒焦げになる。
スタルピオンの鋭い尻尾の先端から青いスパークが音を立てながら光る。戦闘態勢に入っている証拠だ。
しかしスタルピオンの注目は目の前にいる大勢の人間に向いている。
「今だ‼」
壁際で身を隠し待ち構えていた男たちが奇襲する。振り下ろしたシャベルがスタルピオンの細い脚部を切断し、つるはしが薄い装甲を貫通し体を貫く。攻撃のあたりどころがよかったのだろう。スタルピオンは反撃する間もなく完全に沈黙した。尻尾のスパークも消えている。
「ここはダメだ。外に出るぞ」
男たちが動き始める。今は装甲の脆いスタルピオンだったからこそどうにか対処できたが、もしこれよりも装甲の厚い機械生命体や攻撃的な個体が来れば採掘用の道具では対処できない。この閉鎖的な空間では逃げ道もない。一方的に殺されるだろう。危険だが外に出るしかない。
大人数であるため静かに移動することはできない。敵に遭遇しても戦うことができるのかどうかもわからない。彼らは慎重に移動を続ける。鉱山内は入口からいくつもの道に枝分かれしているのだが結局のところ出口にたどり着く道は一本道。先に進めば進むほど危険になり、枝分かれしている道が増えれば当然、死角も敵の現れる可能性がある場所も増える。つまり引き返すことが難しくなる。
「やべえよ、まじでやべえ」
「落ち着け。みんなでいれば大丈夫だ」
「落ち着けるわけねえだろ。いつ背中から撃たれるかもわかんねえんだぞ」
「さっきの場所と違ってこの道じゃやつらだって下手には撃てねえよ。見ろ粉塵が舞ってる。こんな中で撃ったらもろともドカンだ。近づけさせなきゃ大丈夫さ」
鉱山の中は火気厳禁。火が何に引火するかわからないからだ。今この道に舞っている粉塵の正体は石炭。もしこの中で火を使えば空中に舞う石炭に引火する。機械とはいえさすがの機械生命体たちもただでは済まない。安全であると判断しない限りは下手に火を使うようなことはしないだろう。先ほどのスタルピオンを見る限り機械生命体にはそれを判断する機能がある。
「全員で協力すれば出られる。救助も来るしな」
「そうか。・・・そうだな。冷静に」
男はそう言いかけた途端、地面に倒れた。
「おい、どうし」
隣にいた男が同じように倒れた。倒れた男たちからは真っ赤な血が地面に広がっている。その光景を目の前で見ていたカスミには今の一瞬にして何が起きたのかはわからなかった。しかし1つ本能的に確信したのは近くに機械生命体がいるということ。そいつに2人は殺されたということだ。
「おいどうなってる!」
「撃たれたのか!?」
「バカ言え‼こんなところで銃をぶっ放せるわけねえだろ‼」
「音もしなかったぞ!」
場が混乱するのも当然だ。かなりの量の石炭の粉塵が舞うこの道で銃を使えば爆発にも等しい発火が起きるはずだ。しかし爆発は起きず、2人殺された。考えられない状況だ。
「いたぞ‼走れ‼」
全員が走って逃げる。
脇道の1つにそいつはいた。暗闇の中で光るLEDの目がこちらを見ている。姿を現したのはアイゼンヴォルフ。オオカミの姿をしたアーケイドの周辺でも多く見かける機械生命体だ。しかしそのアイゼンヴォルフは普通とは違った。背中に平べったい棒状の何かが装着されているのだ。
カスミは全力で走りながらもそれが何なのかを冷静に考えた。
隣を走っていた男が撃たれて死んだ。また発砲音はない。また1人撃たれた。発砲音はない。次々と撃たれていく。
(このままじゃやばいっス‼)
カスミは人々の列を離れて咄嗟に脇道に飛び込んで息を潜めて隠れた。また悲鳴が上がり誰かが倒れた音が聞こえる。カスミはふと自分の近くにコインのような金属が落ちていることに気が付いた。手に取ったそれは見る限りでは死んだ作業員の落とした硬貨かと思っていたが違った。
それは硬貨のように見えるが硬貨というには少し重く、厚さも少しばかり厚い。とても丈夫な金属だ。
そこでカスミはようやく今何が起こっているのかを理解した。
(まさか、電磁砲!?)
電磁砲。それは物体を電磁力で加速して打ち出す兵器だ。カスミが拾ったコインのようなものの正体は電磁砲の弾。機械生命体はこれを電磁力で加速して作業員を撃ち殺していたのだ。
(どうり爆発も何も起きないはずっス)
電磁砲の最大の特徴は普通の銃や大砲などとは違い火を使わないことだ。だから何にも引火しない。たとえ爆発の危険があろうが何も気にすることなく撃てる。そして火薬の爆発を使わないため普通の銃などと違って発砲音がしない。そのためある程度距離が空いている相手には気づかれにくい。
当然武器としての弱点もある。それは射程距離が短いことだ。火薬の爆発などを使わず磁力で物体を飛ばすため大きく遠くに飛ばす能力はなく射程距離は長くない。巨大なものならばまだしも機械生命体が搭載できる程度のものならばなおさらだ。しかしこの閉鎖空間では関係ない。
また、撃ち出すには電力が必要だが機械生命体からしてみれば電力の確保なんてものは何の障害にもならない。何せ自分たちも電力で動いている。機械生命体と電磁砲と鉱山内の閉鎖空間。この3つの組み合わせが本来あるはずの弱みを完全に消し去っている。
(これほど凶悪な組み合わせはそうそうないっスね)
果たしてこの状況を切り抜ける方法は存在するのだろうか。




