試し撃ち
哀れ、カイト。こうしてイキリ散らかした結果、彼は大怪我をしてしまった。・・・なんてことにはならなかった。カイトは余裕の表情で立っていた。そしてその手には『インパクトマグナム』がしっかりと握られている。反動は確かにあった。しかしそれはカイトからすれば大して問題になるものではなかった。
「な、なんでッスか!?スーツのおかげッスか!?それとも脱いだら実はめちゃめちゃムキムキだったりするんスか!?」
「ま、まあ俺はムキムキじゃないから強いて言うならスーツかな」
「すごいッス‼とっても興味深いッス‼」
カスミの目が輝いている。カスミには悪いがおそらくスーツの機能ではない。スーツには当然身を守る機能があるので脱臼も防いでくれるかもしれないが実際は転生の特典として与えられた身体能力の強化のおかげだ。力や体の丈夫さも普通の人よりも強くなっている。鉄の塊である機械生命体を担ぐことだってできるのだから『インパクトマグナム』の反動を抑えることなど容易い。
「これいくらだ?」
「んー大大大サービスってことで弾を20発もつけて5万モンドッス‼」
安い。カイトはすぐに金を支払った。これでようやく弾薬の補充できる武器を確保することができた。『インパクトマグナム』の武器としての癖は強いが機械生命体相手にまともに戦える威力のコンパクトな銃が手に入ったのは大きい。左足にホルスターをつけて『インパクトマグナム』をそこに入れ、弾を胸のポーチに入れた。こうしてカイトは二丁拳銃使いに進化した。中遠距離を狙える『マグナ・マグナ』と近距離で威力を発揮する『インパクトマグナム』という遠距離、近距離スキの無い装備だ。
用を済ませたカイトはさっそくルンルン気分で『インパクトマグナム』の性能を確かめるべく店を後にする。
「あ、その前に。1つ頼みたいことがあるんだが」
「?」
『インパクトマグナム』を手にしたカイトはさっそくその性能を試すべく森の中に来ていた。もちろんただ森の中に来たわけじゃない。ちゃんと仕事としてやって来たのだ。今回の仕事内容は「ニードルベアーの討伐」である。今回の目標はなんと機械生命体ではない。昨日は機械生命体をたくさん狩ったがこの世界にいるのは機械生命体だけではない。
忘れられているかもしれないが機械ではないスライムやゴブリンなどのモンスターも普通に生息しているのだ。金属まみれなのでこの異世界が機械だらけの世界だと思われそうだが実は機械と自然が存在する世界だということを忘れてはいけない。
カイトとしてはモンスターとはいえ生き物を撃つのは良心が痛むので本当は機械生命体の相手をしたかったがどういうわけか機械生命体に関する依頼が見つからなかったのだ。なのでこうして仕方なくモンスターを相手にしなければならなかったのである。
『インパクトマグナム』を片手にカイトは森を進み続ける。
討伐対象であるニードルベアは背中に大きな棘がいくつも生えた白い熊だ。凶暴で縄張りに入った敵に容赦なく襲い掛かってくるらしく気が付かずに縄張りに入ったハンターや旅人が突然襲われることがあるとか。異世界でも元の世界でも熊は恐ろしいもののようだ。
森の中は静かだ。しかしだからといって安心できるわけではない。機械生命体やモンスターが息をひそめている可能性があるからだ。特に機械生命体は機械ということもあってか普通に頭が良い。静かなように見えて実は機械生命体が隠れているなんてことはよくある。
パキり、と何かを踏んだ。見るとそれは透明な細長いプラスチックだった。機械生命体の部品の一部だろう。周辺に機械生命体の残骸はない。地面には機械生命体のものと思われる足跡がある。どうやら負傷して逃げたようだ。足跡の大きさからしてアイゼンヴォルフだろう。奴らはどこにでもいる。
しかしEMPを使った痕跡や銃を撃った痕跡はどこにもない。
(ハンターが狩ったわけじゃないのか?)
素手で機械生命体と戦うハンターはいない。例外としてヤミコは近接武器を使って戦うが本人が強すぎるので機械生命体を逃がすようなことはないはずだ。
カイトは足跡を辿っていく。ハンターでもヤミコでもないとなると考えられるのは1つ。モンスターだ。
しばらく進んで機械生命体の残骸を見つけた。機体に無数の鍾乳洞のような棘が突き刺さっていてかなり損傷が激しい状態だ。脚部のパーツがほとんど使い物にならないほどぐらついていて、目のパーツも割れている。心臓部であるコアもひび割れているようだ。
棘。どうやらカイトは既にニードルベアの縄張りの中にいたらしい。今まで襲われなかったのは運が良かったようだ。
『インパクトマグナム』の弾丸が装填されていることを確認して構え直す。鉄の体を持つ機械生命体がやられるほどの相手だ。油断は禁物。
カイトは突如、地面に伏せた。すると頭上を何かがものすごい速さで通過する。そして頭上の何かが通り過ぎると同時に今度は地面を転がる。先程までカイトが伏せていた場所に何かが突き刺さる。突き刺さった何かの正体は鍾乳洞のような見た目の棘だった。そして棘は転がるカイトを追いかけるように立て続けに何本も地面に突き刺さる。
ようやく体勢を起こしたカイトは棘が飛んできた方向を見る。離れた深い緑色の森の中に白いソイツはいた。遠くからでもその姿ははっきりと見える。明らかに2メートルは超えている巨体に背中と爪に生えた鍾乳洞のような棘。今回の目的、討伐対象のニードルベアである。
1頭と1人は離れた距離で互いに向かい合った。静寂がその場を包み込む。まるでガンマンの決闘のような空気だった。先に動いたのはカイト。ニードルベアに向かって駆け出した。『インパクトマグナム』の射程距離は非常に短い。故にカイトは近づかなければならない。
一方でニードルベアは先程のように遠距離からの攻撃が可能だ。銃弾のように棘が飛んでくるがカイトはそれを容易に避ける。どれだけ棘が飛んでこようとも走るカイトの速度は落ちなく、被弾することもない。カイトが地面を転がると頭上を複数の棘が通過していく。しかしやはりカイトの速度は落ちない。
(広範囲攻撃‼)
ニードルベアが背中を向ける。そしてカイトの思ったとおり背中の大きな棘を一斉に発射する広範囲攻撃が飛んでくる。カイトは飛んでくる巨大な棘の隙間を縫うようにそれらをすべて避ける。被弾どころかかすり傷1つありはしない。
ここまで被弾はおろかかすり傷はない。不自然なほどに完璧な回避。攻撃が来る前から相手の攻撃を読むという完璧な予測。これらはすべて偶然で片付けることはできない。
ヤミコに複数の武器を扱う能力など彼女だけの能力があるようにカイトにもまた彼にしかない能力がある。彼の能力は傍目には見えない。しかし彼の視点にはしっかりと映っているのだ。彼だけが見ることのできる世界が。
彼の目には無数の赤いレーザービームのような線が伸びているのが見えていた。それらには1つ1つカウントダウンが割り振られており数字が少しずつ減っていく。残り時間は線によって違い、残り10秒のものもあれば1分のものもある。ある線のカウントダウンがゼロになった。その線はニードルベアからまっすぐにカイトの胸に向かって伸びている線だった。
カイトは体をひねる。すると体のすぐ横を棘が通り過ぎていく。棘の軌道は先ほどカイトに向かって伸びていた線の通りに全く同じ方向、位置へと飛んでいく。
今の回避でカイトがどんな能力を持っているのかもうわかっただろう。彼の能力の名は唯一の未来。その能力は自分自身に害をなすものの方向、位置、範囲、タイミングが可視化されるというものだ。つまりは攻撃の未来予知と言っても過言ではない。攻撃を示す赤い線、仮に名前を攻撃線とでもしようか。攻撃は攻撃線から一ミリのズレも絶対に起こらないし、そこに割り振られている攻撃のカウントダウンも絶対に1秒のズレもない。
攻撃はすべてカイトの目にのみ映る攻撃線の軌道と同じ軌道を描き、攻撃の瞬間はカウントダウンがゼロになったタイミングとなるのだ。
カイトはニードルベアに向かって進み続ける。弾丸のように飛んでくる棘をナイフで叩き落す。ニードルベアとの距離はどんどん縮む。そして大きく飛び込むように前転するとニードルベアの懐に入り込んだ。カイトは『インパクトマグナム』の銃口をニードルベアの心臓に向ける。そして引き金を引いた。爆発のような銃声が静かな森に響く。撃たれたニードルベアの胸にはバレーボールくらいの大きさの穴が開いていてそこから後ろの景色が覗いている。
苦しそうな鳴き声を上げながらニードルベアが倒れる。カイトは『インパクトマグナム』をホルスターにしまうと死んだニードルベアに手を合わせた。モンスターとはいえ生き物だ。手くらいは合わせておかないと罰が当たる。
「さて、ここからが重労働だ」
カイトはニードルベアの巨体を背中に乗せて歩き始める。と言ってもニードルベアが大きすぎて乗せて運んでいるというよりかはほとんど引きずっているのと変わらない。カイトはそのままアーケイドまで歩き依頼主のところまでニードルベアを運んだ。依頼主は当然驚いていた。ニードルベアをここまで運んできたこともニードルベアの胸に大きな穴が開いていたことも。
しかしカイトはけろっとしていて報酬を受け取るとさっさとその場を後にした。