夜戦を終えて
朝、窓から見える景色が壁という致命的な建築ミスのせいで大して光の入らない部屋の中でカイトは目を覚ました。昨日の最後の記憶があまりない。星を見て、ベッドに戻った後すぐに寝てしまったのだろう。寝ぼけまなこで体を起こそうとするが体が起き上がらない。手が上手く動かない。足も同様だ。手足がワイヤーで縛られている。何だ縛られているだけか。カイトはゆっくり目を閉じる。
(いや縛られてるー‼)
その事実に寝ぼけた頭が一気に覚醒した。一瞬「手足が分離してなくてよかった」と再び眠りに落ちかけたが縛られているのもかなりの大事件である。ベッドの上で芋虫のようにもぞもぞ動くがワイヤーは自力では解けそうにない。力が入りにくいせいかカイトの力でも引き千切れない。
「起きたの?」
いつものスーツを着たヤミコが視界に入ってくる。
「んーんーん!?」
言葉を発しようとしたが口が開かない。口にテープが張ってある。ということは今この状況は誘拐された時と大差ない状況ということか。いや呑気にそんなことを考えている場合ではない。一体これはどういうことか。そこが重要だ。
「今から仕事に行って夕方には戻ってくるからそれまで良い子にしててね」
「ん!?んん、んっんんんんん!?」(え!?俺、ずっとこのまま!?)
「寂しいのはわかるけどごめんね。出来るだけ早く帰ってくるから」
「んん‼んんん!」(違う‼ほどけ!)
「行かないでくれって?もう、寂しがりさんなんだから。じゃあいつでも私を感じれるように」
まったく話がかみ合っていないヤミコがカイトの目の前に置いたのはフリルの付いたピンク色のパンツだった。
「自由に使っていいからね♡」
ヤミコはそうして部屋から出て行ってしまった。カイトは結局手足を縛られたまま置き去りにされてしまった。一体この目の前のパンツで何をしろというのだろうか。悲しい気分になりながらカイトはどうにかワイヤーを解く手段を探す。パンツに触れないように寝返りを打つ。
装備の中にナイフがある。それを使ってワイヤーを切ればいい。カイトは転がって装備に近付こうとする。寝ぼけた時のようにベッドから落ちた。思いっきり背中から落ちたせいで後頭部を強打したが泣いてもいられない。どうにか体勢を起こして手探りでナイフを探す。
(ない!鞘はあるけどナイフそのものがない‼)
ナイフは刃渡りの小さいものが4本、大きめのものが1本あったはずだが全てなくなっている。どこかに隠されたか。それとも没収されたか。この部屋で隠せる場所があるとすればトイレか浴室だけ。カイトは足を縛られた状態でバカみたいにぴょんぴょん飛びながら浴室に向かいドアを開ける。するとすぐに洗面台の中に銃を見つけた。ナイフはない。恐らくどこかもっと見つけづらい場所に隠してあるのだろう。
銃が雑に隠されていたのはヤミコが銃でワイヤーを切るのは不可能だと思ったからだろう。
(甘いぜヤミコ)
手を後ろで縛られ、足も縛られたこの状況でナイフを探すのは無理だ。日が暮れてしまう。しかし銃でワイヤーを切るのは難しい。足を撃ってしまったら悲惨すぎる。
外に助けを呼びに行くか。そう思ってドアを見るがヤミコもそれは想定済み。ドアノブをワイヤーでグルグル巻きにされていてドアが開きそうにない。
(やっぱり詰めが甘いな)
ドアにワイヤーが巻かれているというのならそれを撃てばいいだけのことだ。少々狙いにくいが足のワイヤーを撃つよりは楽なものだ。カイトは尻を突き出した情けない格好で銃を構えるとドアノブを撃った。弾はワイヤー、ドアノブを貫通する。この銃の発砲音は火薬を使う銃と違い大きくはない。おそらく外の人には聞こえていないだろう。
ゴトリと重たい音を立てて壊れたドアノブが落ちた。
カイトがドアを押すとドアが開く。カイトはまたバカみたいにぴょんぴょんしながら移動する。受付に人はいない。人を呼ぶには受付のところまで自力でいかなければならない。しかし大きな難関がカイトに襲い掛かる。階段である。両足を縛られたぴょんぴょん移動状態での階段は危険すぎる。落ちても死にはしないだろうが痛そうだ。
階段の幅は広くない。踏み外せば真っ逆さまだ。怖かったがカイトはぴょんと飛んで階段を1段降りようとしたが早速無事に踏み外した。階段から転がり落ちる。
「なんだぁ!?」
階段から落ちた音を聞いて受付の奥から主人が飛び出してきた。そして階段から落ちて目を回しているカイトを見る。
「どうしたぁ!?」
「助かった」
「本当に大丈夫か?自警団呼んだ方がいいんじゃねえか?」
「いや本当に大丈夫だから気にしないでくれ」
無事にワイヤーを断ち切ったカイトは自分の部屋に戻って紺色のスーツを着る。ホルスターに銃を収め、頭に「それ本当に前見える?」と聞かれそうな見た目をしているごつごつしたゴーグルをつける。隠されていた数本のナイフは全てトイレと戸棚にそれぞれ隠してあった。刃渡りの小さいナイフを手足の、刃渡りの大きな銀色に光るナイフを腰の鞘にそれぞれ納めた。
準備完了である。
宿屋の店主に金を払って外に出ると朝のまぶしい日差しに目を潰される。宿の部屋が暗かったせいで余計に明るく感じている。カイトは仕事のある酒場Fallen Angelsとは反対方向に歩きだす。ヤミコがいる可能性もあるからだ。今日は仕事を休む。武器を新しく手に入れなければならない。
カイトの持っている銃。その名も『マグナ・マグナ』。思わず頭首を傾げたくなってしまうようなダサ、ではなく不思議な名前だがこれがこの銃の正式名称だ。この『マグナ・マグナ』は普通の銃とは違い鉛の弾丸ではなく強力なレーザー弾を撃ち出す。そのため武器屋で弾丸を購入するという普通の方法では弾を補充できない。そのうえカイトは『マグナ・マグナ』の弾の補充方法を知らないし、その算段も今のところない。故にもう1つ、弾を補充できる武器が必要なのだ。
武器屋はこのアーケイドに数多くある。しかしカイトが向かう場所は1つ。昨日であった少女、カスミの店である。特に意味はない。だがせっかく知っているのだからちょっと行ってみようなかなという程度の気軽な気持ちである。こんなところをヤミコに見られたら殺されかねない。
前に迷った道へと再び向かう。今度は迷うこともなくカスミと出会った場所まで無事にたどり着いた。前回はここでカスミに出会い、ヤミコに手と目を没収されそうになった。その場所をまっすぐ通り過ぎて進む。すると一軒のボロい店の前に2メートルはある大きな狸の置物があった。日本でたまに見かける笠を被った信楽焼の狸の置物だ。異世界に来てそんな渋い一品を見ることになるとは思わなかった。
ドアのない入口から店の中に入る。店の中はあまり広くない。置いてあるものはヘルメットや防弾ベストのような防具やスコップやキャンプ用品など武器とは関係ない道具ばかり。銃などの危険物はレジカウンターの奥に置かれていて小型の銃はショーケースに、大型の銃は壁にずらりと並べられていた。映画などで見るガンショップのようだ。
店の中には客はおろか店員すらいない。
「あの、じゃなくて。おーい誰かいないのか」
日本にいる時のように丁寧な呼び方で店員を呼ぶところだったがここはアーケイド。丁寧な口調よりも荒い言葉遣いの方が身を守るのに適している街だ。カモだと思われてぼったくられても困る。実際ぼったくられても気が付かないのだから。
返事が返ってくる様子はない。
(不用心だなぁ)
銃などの危険物を扱っている店だというのに入口も店内がら空きなんてことがあっていいのだろうか。こんなガバガバセキュリティーでは何か盗まれても文句言えない。とりあえず店員も来なさそうなので店の中に置いてあるものを見ることにした。防具はスーツを着ているし、ゴーグルをつけているせいでヘルメットは被れないのでいらないだろうと思い他の便利道具を見る。
バーナー、ランタン、スコップ、釣り竿。なんだかキャンプ用品を見に来たような錯覚に陥る。男子としては使うかもわからないこういった道具につい魅力を感じてしまう。バーナーとランタンはともかくスコップと釣り竿を使う機会はこの先おそらくないだろう。しかしついつい手に取って見てしまうのはやはり男子ゆえの性というやつだ。
そんな調子で気が付けば小一時間ほど店のものを眺めていたカイトだったがふと自分の本来の目的を思い出す。今日はキャンプ用品を買いに来たわけではないのだ。
「おーい!本当に誰もいないのか‼」
「ハイハイハーイ‼いるッスよ‼」
今度は店の奥から聞き覚えのある特徴的な喋り方の返事が返ってきた。声の主がドタドタと音を立てて現れる。現れたのは昨日と同じつなぎの作業着の上半身だけを脱いで薄汚れたタンクトップを露わにした大胆な格好をしているカスミだった。動くたびに揺れる2つの果実に目が釘付けになりそうな青少年のカイトだが少し上を向いてできるだけ見ないようにする。
「あ、昨日のスーツさんじゃないッスか」
「カイトだ」
「も、もちろん覚えてるッスよ!?」
そう言ってカスミは目をそらす。カイトは訝しげにカスミを見ながらここに来た要件を話した。
それを聞いたカスミはしばらく考えた後に壁に並べられた銃の1つを取ってカウンターに置いた。
「これはどうッスか?ARK-35。反動も強くないし威力もある。癖がなくて扱いやすい銃ッス」
それは俗にいうアサルトライフルだった。カイトは銃に詳しくはないのでとりあえずランボーとかがいつも乱射しているタイプの銃というふんわりとした印象しかない。
「んーちょっとねえ」
しかしカイトはお気に召さないようだ。叫びながら乱射するつもりはない。
「じゃあこっちはどうッスか?MM-4。これも扱いやすい銃でハンターたちがよく愛用してる銃ッスね」
カイトはその銃を持ってみるがサイズが大きいため重量は当然『マグナ・マグナ』より重たい。それっぽく構えてみるがどうにもしっくりこない。
「もっと小さくて威力のあるものが欲しいな」
大きい銃を採用しようか迷ったがやはり大きな銃はダメだ。重量はともかく邪魔くさい。そして何故か定期的に銃を持ったムキムキマッチョな頭をよぎる。もっと小さくて威力のあるものの方が扱いやすい。
「それならこれッス!フォース7マグナム‼反動はデカいッスけど、威力は抜群ッス‼」
カイトはそれを手に取って構えてみる。先ほどのアサルトライフルよりはこちらの方が扱いやすそうだ。大きさは『マグナ・マグナ』よりも少し大きい程度だがこの程度ならば邪魔になることはない。
このマグナム銃にするのもアリかもしれない。
「機械生命体は倒せるのか?」
「小型のならギリギリ装甲を貫通するかもしれないッス」
「・・・モンスターは?」
「小型のなら弱点に当てれば一撃で倒せるかもしれないッス」
どうやら少し検討した方がよさそうだ。威力的に小型の機械生命体の装甲をギリギリ貫けるかもしれないという程度でモンスターに関しては弱点に当てなければならないうえにそれで倒せるかどうかも怪しい程度という一瞬にしてこのマグナム銃が頼りなくなるような情報が羅列された。
「ちなみにもっと威力のある銃は?」
「あるにはあるッスけど・・・使い物にならないと思うッス」
「一応見せてくれ」
「じゃあついてきてくださいッス」
カスミに連れられてカウンターの向こう、店の奥へと進む。店の奥には工房があった。何に使うのかもわからない機械がたくさん置いてあったり、鉄を熱する炉のようなものがあったり、作りかけの何かがあったりと思わず目を奪われるようなものばかりだ。そんな工業な空間を通り過ぎてあるドアの前に辿り着いた。カスミがドアを開ける。その部屋には1つの分厚いコンクリートの塊があった。コンクリートの塊はボロボロで砕かれたような跡がある。
「ここは?」
「ここは作ったものの性能を試す実験場みたいなものッス」
カスミは部屋のすみっこに置かれていた銀色のアタッシュケースを目の前に持ってきて蓋を開けた。
中には真っ白な銃が1つ入っていた。カイトはそれを手に取る。手に取ったその銃は普通とは違った。まず普通の銃にあるはずの弾倉を入れる場所がなかった。普通の銃は弾倉に弾を込め、その弾倉を銃の持ち手の下の部分にいれるのだ。その構造はカイトの持っている『マグナ・マグナ』も同じだ。弾倉を入れる場所がないということはつまり、この銃は弾倉を使わないということだ。
そしてこの銃が他の銃と何より違う点は形だ。筒状の銃身に銃の持ち手をそのまま付けたような簡素な見た目をしていた。
「これは『インパクトマグナム』。自分が作ったマグナム銃ッス」
カスミは目を守るためのゴーグルをつけると『インパクトマグナム』を手に取り弾を込めて両手で構える。そしてコンクリートの塊に向けて引き金を引いた。爆発したかのような発砲音、コンクリートの塊への着弾とともにカスミの体がわずかに後ろに吹っ飛ぶ。カイトはそれを受け止める。
「大丈夫か!」
「自分は大丈夫ッス。それより当たったところを見てほしいッス」
カスミに言われて弾の着弾点を見る。それを見てカイトは目を丸くした。着弾した場所が大きくえぐれていたのだ。まるで爆発でも起こしたかのように。地面にはそこそこ大きなコンクリートの破片がいくつか転がっている。
「この銃は射程距離が短いうえに自分の体がちょっと吹っ飛ぶくらい反動がヤバいッスけど、機械生命体の金属装甲を粉砕するほどの威力があるッス」
「すげぇ。こんなにすごいのに何でこんなところに置いてあるんだ?」
「誰にも扱えないからっス。マグナムの数倍の反動なので片手で撃てば脱臼不可避、両手で撃っても体への負担は凄まじいッス。なので実用的な銃じゃないんスよ」
ゲームや漫画でマグナム銃は下手に撃つと反動で脱臼すると聞くがソレの数倍の反動がある銃など常人には使えない。そのうえ射程距離が短いのならば尚更だ。
「俺にもちょっと撃たせてくれないか?」
カイトはカスミに弾を込めてもらい、銃を構えた。しかしその構えは両手ではなく片手だ。
「ちょちょちょっ‼片手じゃ怪我するッス‼」
「大丈夫。いいから見てな」
カイトは引き金を引いた。また爆発のような発砲音が響いた。




