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夜戦、第2ラウンド

互いに鼓動を感じながら眠りに落ちる。


などというオシャンティーな終わり方ではない。


夜の戦いはまだ終わらない。俗にいう「夜は長い。楽しもうぜ」というやつだがカイトはまったくもって楽しくない。むしろここからが命をかけた本当の戦いである。状況は先ほどの若干しんみりした雰囲気から一変。今ベッドの上にいるのは少年とか弱い少女ではなく、か弱い少年と猛獣である。


カイトは危機感を感じていた。なんだかんだで何も考えずにヤミコを抱きしめてしまったがそのせいなのか腕の中のヤミコの息が荒い。


(まずいな。本当にまずい。いつこの腕の中の爆弾が起爆するかわからんぞ)


今カイトにできる選択は2つ。1つはこのまま抱きしめ続けること。もし爆発してもこの腕の中の爆弾をこのまま腕の中で抑え込むことができる。ただし確実に抑えきれるかはわからない。相手はヤミコだ。力で勝てるかは怪しい。さらに興奮させる恐れもある。もう1つは今すぐ反対を向いて寝ること。これはハイリスクハイリターンの危険な選択だ。


ヤミコから離れれば興奮は落ち着くかもしれないがそれは同時に興奮し切った獰猛な怪物を完全に解き放つのことになる。カイトの身がどうなるかわからない。


この一触即発の状況でカイトが選んだ行動は現状維持だった。今の状況のヤミコに背を向けるなど怖くてできるわけもない。だからこのまま寝る。これ以上刺激しなければ大丈夫なはずだ。寝てしまえば何も起こらない。心を静めてゆっくりと目を閉じる。


「いやんっ」


「よいではないかー」


壁越しに男女の声が聞こえた。隣の部屋だ。


「よいではないかー」


「あーれー」

間違いなく隣の部屋だ。カイトは思わず目を開いてすぐ近くにあった銃を手に取ると迷わず壁に向かって発砲した。隣から男女の驚いた悲鳴が聞こえたがそんなことはどうでもいい。


(何しとんじゃ!?このアホー‼)


こっちはどうにか悶々としているヤミコを腕の中に抱えて眠ろうとしているのに刺激するようなことをされてはたまらない。この宿はどうやら思っていたよりも壁が薄いようで少し大きな声を出しただけで隣に聞こえてしまうようだ。それなのにおかまいなしにパーティータイムが始まってしまうのだからやはり男女が同じ部屋に寝泊まりするのは良くない。不純だ。不潔だ。ふしだらだ。


(まったく、場所を選べ場所を)


お盛んなカップルに呆れつつ、恐る恐る腕の中のヤミコの状態を確認する。ヤミコはカイトの胸元に顔をうずめていて表情は確認できない。しかし明らかに息は荒く、カイトの服をぎゅっと力強く掴んでいて飢えた獣のような状態になっている。どうやらヤミコにもそこそこの常識というか、踏むべき段階というか

気軽に超えてはいけない一線のようなものはあるようで必死に我慢しているのが伝わってくる。


(あー大変だこりゃ)

見てわかる通りヤミコは爆発寸前である。もしかしたら今日中に2人は大人の階段を上ってしまうかもしれない。主にカイトが一方的に襲われる形で。普通の青少年ならばそれでもいいのかもしれない。しかしカイトとしては良くない。ヤミコのことは嫌いではないが恋愛的に好意があるわけではない。それゆえにどうにかしてこの状況を回避する手段を見つけたい。遊びの関係はごめんだ。カイトは意外とまじめだった。


「ヤミコ?」


ヤミコがびくりと体を震わせる。次の瞬間、ヤミコがカイトに馬乗りになる。


「やっぱり我慢できない」


「待て!落ち着け‼」

ヤミコの目はまっすぐにこちらを見ている。口元は笑っている。それは先ほどまでのとろけきった顔ではなくまさにヤミコの中に眠る本性。あるべき本当の姿。カイトにはヤミコ体中から暗闇の中でもはっきり見えるほどの黒く淀んだオーラのようなものが見えたような気がした。それはヤミコの圧が生んだ幻覚か、それとも本当にある気配のようなものなのか。どちらにせよ今のヤミコはどう見ても良い状態ではない。


「私だけを見て私だけを聞いて私だけの匂いに包まれて私だけを感じて私だけと生きて」


私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ


ヤミコがゆっくりと顔を近づけてくる。その眼の奥には鉛筆で塗りつぶしたような不出来だが底知れぬ暗闇が見える。ヤミコの長い黒髪が垂れてカイトの頬を撫でた。それはただの髪の毛であったはずだがまるで生者を地獄に引きずり込むための無数の手のように感じられた。


「私だけを、愛して」


ゆっくりと顔が近づいてきて、唇と唇が近づいていく。しかしそれらが触れ合うことはなかった。2人の唇をカイトの手が遮った。


「どうして遮るの?私だけの愛を感じて。私だけに愛を感じさせてよ」


「これは・・・たぶん愛じゃ、ない」


「愛だよ。純愛だよ?こんなにもカイトを、カイトだけを想っているんだから」


「・・・重い」

大した恋愛の経験などないカイトには愛とか恋とかそんなことはよくわからない。違いもわからなければ意味だってよくわかっていない。きっと誰かに教わったところで理解もできないだろう。だがそんな中でも1つ言えることは押し付けるだけの好意に意味はないということだ。


「私たちは互いに想い合っているはずなのに・・・。今朝会ってた子が原因かなぁ。それともクラスメイトだった田中さん?それとも城ケ崎さんかな?ずいぶん馴れ馴れしくしてたよねぇ。俗にいうギャルってやつだったもん。距離感バグってる頭空っぽの子だったなぁ。何度もカイトに匂いこすりつけて。本当に不愉快だった」


「城ケ崎は見た目は怖かったけど優しくていい奴だった。悪く言うな」

自分の悪口ならばまだしもこの場にいないまったく関係ない他人を悪く言われるのは気に食わない。クラスメイトだった城ケ崎とはあまり仲が良かったわけでもないがたまに話したりする程度の仲で確かに距離感はバグっていたが友達思いの優しい女の子だった。頭空っぽなどと文句を言われるのはおかしな話だ。


「よくノート貸したり借りたりしてたよね。飴貰ったりとか」


ヤミコはそう言うとカイトの手を取り、そのまま自分の胸に押し当てた。


「でも城ケ崎さんはどれだけ頼んだってこんなことしてくれないよ?私だけが何でもしてあげられる。ノートの貸し借りもするし飴だってたくさんあげる。してほしいこと何でもしてあげるよ?胸だって触らせてあげるしもっと大事なところだって構わない。痛いのも酷いもの恥ずかしいのも、殺されるのだって」



『カイトになら何をされてもいい』


『私になら何をしてもいいんだよ?』


迫るヤミコにカイトが感じたのは焦りでも、恐怖でもない。ここまでくると感じるのは1つ。哀れみである。今のカイトの目に映るヤミコは視界を鉛筆で完全に黒く塗りつぶされた盲目の少女でしかなかった。

何でもいいから手を伸ばしたい。何でもいいから近づいてきてほしい、何でもいいから見ていてほしい。そんな悲しい願い。


カイトはなんだか目の前のヤミコがかわいそうになってきた。必死な感じと暴走するその姿が。本来であれば慈悲をかける理由はない。こっちはもう何度も似たような被害にあっているのだ。ヤミコには少しくらいお灸をすえてやるべきなのかもしれない。だがそれでもついつい甘くなってしまうのはヤミコが長い付き合いである幼馴染であるからなのかもしれない。


カイトは体を起こすと面と向かってヤミコに言う。


「少し外の空気吸いに行かないか?」




「うおっ見ろよ。すごい星の数だ」

宿の屋根の上に立ったカイトが夜空を指さして言う。夜空にはその暗闇を埋め尽くさんばかりの星が明るく輝いていた。元の世界ではなかなか見られない光景だろう。アーケイドの外周区は灯りはちらほらついているがそれほど明るくないうえに灯りの数自体が多くない。外周区の人々は夜にはほとんど眠ってしまうのだろう。中央区はたくさんの明かりがついているようで中央区と外周区を隔てる巨大な壁越しにも光が漏れているのがわかる。しかし夜空に浮かぶ星の光は消せないようだった。


「天の川どころか天の海だ」


「・・・・・」


「小学校くらいの時に街が大規模な停電になった時もこうやって家の屋根で星を見たよな。その後2人とも親に怒られたけど」


「あの時、カイトは「望遠鏡があればな」って言ってた」


「今の俺もそう思ってる。必要な時に限っていつも天体望遠鏡がない」


天体望遠鏡というのは星を見るためにある、というよりも星を見る以外の使い道がないというのに肝心な時に限ってなぜかいつも手元にない。一体いつになったら天体望遠鏡は手軽に持ち運べるものになるのだろうか。これだけの数の星、望遠鏡を覗き込まなければ損だ。まあ覗き込んだところで小さな光の粒にしか見えないだろうが。


「気分は落ち着いたか?」


「少しだけ。でもあの場で言ったことは嘘じゃない」


真顔でそう言われると怖い。できることなら嘘であってほしかった。今、カイトは落ち着いているように見えるが実際は少しだけ恐怖を感じていた。先ほどまではヤミコに対して哀れみを覚えたがその気持ちは少しずつ本能的な恐怖のようなものに変わりつつあった。星空を見たことによって多少を冷静さを保っているが手先は少しだけ震えている。


「冷えてきた。戻ろう」


「うん」

ヤミコの顔は先ほどよりは穏やかなものになっていた。


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