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第38話 俺は


 そしてやってきた文化祭当日。

 いつもとは比較にならない緊張と喧騒。

 飾り気のない校舎は至るところに垂れ幕や、アーチなどの飾りつけが施され、見た目からして今日は祭りなんだと実感させられる。


 生徒は皆朝早くから来て、最終調整にも余念がない。


 演劇を出し物として選択したクラスの中で俺たちの順番は二番目。

 そういうわけだから、準備でてんてこ舞い。

 少なくとも午前中は文化祭を楽しむ余裕なんてない。


「なんかこれ着たらいよいよ始まるって感じやな」

「そうだな。もう逃げられないって言うか……」

「おいおい、主演が逃げたらシャレならんで」

「冗談、覚悟が決まるって意味だよ」


 衣装に袖を通しながら大吾と他愛ない会話に終始する。

 段々と外が騒がしくなってきた。

 一般客の入場が恐らく始まったのだろう。

 

 いよいよ文化祭が始まったのだと嫌でも実感させられる。


 着替えを終えた俺達は舞台裏へと急いだ。

 うちのクラスより前の順番、つまり一番最初の演目をこなすことになるクラスの面々がその時を今か今かと期待と不安を入り混じった表情で準備をしている。

 わけもなくウロウロとしている人もいるのは緊張からだろうか。


 ピンと伸びきった糸のように張り詰めた空気で満たされているこの場所は、楽し気な空気の満ちる校内の中では異質な空間だった。


「みんな準備はいいかしら?」


 ざわざわと。

 喧騒入り混じる空間に志乃のよく通る伸びやかな声が響いた。

 一瞬にして注目が志乃の元へと集まる。


「分かっているとはもうすぐ私たちの出番よ。準備はいい?」

「「おお!」」


 一際大きな声が開園直前の舞台裏に響いた。


 いよいよ本番なんだな、という実感が湧いてきて自然と体が強張るのを感じる。

 俺はゆっくりと深い呼吸で、その緊張をほぐそうと試みた。


──皆で作り上げた舞台だ。失敗は許されない……。

──だから、今も抱えたままの靄がかった感情を舞台に持ち込むわけにはいかないんだ。


 そんな俺の緊張を察してか、はたまた偶然か、大吾がガッと俺の肩を組んできた。


「本番前と言えばこれやろ、円陣。気合入るし、青春──って感じするやろ?」

「あら、いいじゃない。一致団結って感じでね」

「そやろ? ほら皆集まって肩組もうや」


 大吾の合図で、クラスの全員が作業の手を止め、互いに肩を組みあって不格好な円を形作った。


「それじゃ、大沢。音頭頼むわ」

「私なの?」


 驚いたように言うが、皆の期待したような目に押されて渋々と言った様子で、


「まあいいわ」


 と承諾した。

 そして少しの逡巡のあと、ゆっくりと、それでいていつもの凛としたよく通る声でポツポツと言葉を紡ぎ始めた。


「皆、私の手となり足となりよく働いてくれたわ。ありがとう」


 ドっと笑いが起きる。

 志乃の癖は文化祭を通じて、元から同じグループで仲の良かった俺たちだけじゃなく、皆に知れ渡っていた。

 そのせいで、一部の男女から猛烈な支持を受けることになったのだが……今は蛇足だろう。


「と、いうのは冗談よ。皆のやる気に支えられてきたおかげできっといい演劇になるわ。私だってここまで完成度の高いものになるなんて思ってなかったもの」


 飄々と平熱を保っていた志乃の熱が急激に上昇する。

 それは始めて見る志乃の一面だった。


「あとは見せつけてやりましょ。私たちの……全部を」

「「おお!」」


 志乃の熱のこもった言葉に後押しされて、クラス全員の熱気が急上昇する。

 ボルテージは最高潮だ。


「それじゃ、各自配置につきましょ」

「「っしゃぁ!」」


 円陣が解けて、皆が持ち場に戻る

 それでも、肩越しに触れあって無くても繋がっているのを感じた。



 ──そして間もなく俺たちの出番がやってくる。


 舞台袖。

 幕の裏側から聴こえるざわめき。

 きっと観客はたくさん入っているのだろう。

 もしかしたら、その中の一人に舞衣もいるのかもしれない、というか多分いる。


 改めて俺は息を呑んだ。集中しないと。


 隣にいる莉愛は、そんな緊張なんてどこ吹く風のように、いつも通りの自然体でいるように見えた。

 どうしてかは分からないが、それでこそ莉愛なのだろう。


 隣で出番を一緒に待っている莉愛が、そっと俺の頬に手を触れた。

 瞬間、頭に熱が昇るのを感じる。


「ねえ、マコくん。こっち向いてよ」


 そういって、優しく、それでいて力強く俺の顔を莉愛の方へ向き直らせた。


「やっと目が合った」


 莉愛はそう言って柔和な笑みを浮かべた。

 その瞳は慈愛に満ちた優しい光で溢れている。


「私ね、知ってるんだ。マコくんがいろいろ考えて……悩んでいるのは知ってるんだよ。というか……分かるんだよ。だってずっと一緒にいるんだもん」


 言葉の出てこない俺を待つことなく莉愛は続ける。


「いつもいろいろ考えてくれて……私にはそんなことできないからすごいなって思うんだ」

「莉愛……」


 触れたままの莉愛の手が優しく頬を撫でる。

 包み込まれるような心地よさに、自然と鼓動は落ち着きを取り戻す。


「だからこそ今はさ、今だけはさ。私だけを見てよ。何も考えず……っていうのはおかしいかもしれないけどさ。いつも通りの私たちで行こうよ」


 いつも通りの俺……本当の俺。

 

「……ああ、そうしよう」


 煮え切られない返事。

 せっかく莉愛が励ましてくれたのにその返しはないだろう。

 俺は……俺は……


 思いを口にしようとしたその時。

 開演のベルが鳴った。


 幕が開いて。

 俺たちの舞台が始まる。



※※ ※


 幕が開いて、舞台が始まった。

 本番の一体感というやつなのだろうか。

 皆が皆、今までで一番の演技をしているように感じる。


 なのにどうしてだろう。

 俺だけがその中にいない。


 演技は問題なくこなしている。

 セリフも緩急も、動きも何一つ問題がない。

 完璧だ。


 ただこの違和感はなんだ。

 集中しているはずなのに客席が妙に目に入る。

 皆観客のことなんて忘れて舞台の相手だけを見て、最高の演技をしているのに。


 自分一人だけ白昼夢を見ているような、幽体離脱をして上から見下ろしているようなこの違和感はなんだ。


 いや、何故かなんて本当は分かっている。

 皆もう演じていないんだ。

 演技とかそう言うのを忘れて、自分のありのままの気持ちと、登場人物を完全にリンクさせて、振る舞っている。


 その中で俺だけがまだ、演技をしている。

 皆裸で演じているのに、自分だけ服を着ているような気がした。


──ずっと恐れてた。

──自分の本当の気持ちが表に出てきてしまうのが。

──それが今まで作り上げてきた【生田誠】というキャラクターを壊すことになるんじゃないかって。


でもそれは自分を納得させるための言い訳に過ぎなかったんだ。

俺はただ、自分の本当の気持ちと向き合うことを避けていただけだったんだ。


本当は分かってるんだろ?

自分がどうしたいかなんて。


逃げるな。


逃げるな。


逃げるな。



何がノーマルレアだ。何が凡人だ。

俺の人生の主人公は俺だ。

何が好きで、何が嫌いか、全部俺が、俺自身が選ぶんだ。


俺は殻を、五年間かけて育ててきた殻をかなぐり捨てた。


 気付けば、物語は終盤。

 ヴェローナ帝国に強制送還されて……二度と会えなくなるかもしれないジュリエットに覚悟を決めて愛を伝えるシーン。


 分かってるよな。

 もう演じるな。

 客席なんてどうでもいい。

 衆目の中、ロミオが覚悟を決めてジュリエットに告白したように。


 立場も、プライドも、今はそんなのどうでもいい。


 ただ莉愛を、ジュリエットだけを見つけて、心の内から滲み出るこの気持ちを叫べばいい。


「好きだ! ジュリエット!」


 がなり声で、裏返りそうになる声を必死に抑えて、もはやヒステリック気味に叫んだ。


 この気持ちは、嘘でも、演技でもない。


 志乃に謝らないと。

 ここはもっとロマンチックに愛を語るところだったのに。

 


明日で完結します。

どうか最後までお付き合いください

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