第37話 本心をさらけ出すのは怖い
「それで……衣装はどうかしら? キツかったりしない?」
「ああ大丈夫だ。肩の所もこの通り、ちゃんと動かせるよ」
「私はスカートを踏んじゃわないかだけが心配だけど……他は大丈夫」
初めての衣装を着てのリハーサル。
実際に本番と同じ環境でできる数少ないチャンスのうちの一回。
俺たち以外の演者も演出班からもピリピリと刺すような緊張感が放たれている。
「うん、二人ともよく似合ってるよ」
「ありがとう怜央。スポットライト、頼んだからな」
「任せてよ。立ち位置は完璧に頭に入れてあるからさ」
ドンと胸を叩く怜央はまた一段と大人びて見えた。
成長期なのだろう、実際に背も伸びてきている様に見えるのは気のせいじゃないはずだ。
「それじゃ、始めましょうか。演者は皆舞台袖に、演出班は配置についてちょうだい」
志乃の合図で俺たちは舞台袖へと移動する。
いよいよ始まるんだな、という予感が現実感を伴って襲ってきた。
俺は……上手くできるんだろうか。
「なんや、柄にもなく緊張しとるみたいやん」
その緊張を気取られたのか、大吾が茶化すようにダル絡みをしてきた。
「ああ緊張してる。誰かさんが変なアドリブ入れないか、気がかりで仕方ないよ」
「言ってくれるやん……まあでもその顔できるんやったら大丈夫やな」
「大吾に心配されるまでもなくな」
そう言いながら、心の内で大吾に感謝した。
靄のかかった視界が明瞭になっていくのを感じる。
息を大きく吸って、ボーっとしかけていた脳に酸素を送り込んだ。
「それじゃ、スタートするわよ。準備はいい? それじゃ、リハーサルスタート!」
志乃の合図と共に、音楽が流れ始める。
主役の俺と莉愛は最初からいきなりの出番だ。
「それじゃマコくん、いくよ」
「ああ」
莉愛は、あの日を境に吹っ切れたように演技が上手くなった。
というより演技をしなくなった、と言った方がいいかもしれない。
まるでそれが自然の姿だ、とでも言うかのように自然な芝居を見せるようになった。
もう心配事は何もないはずなのに……
俺の鼓動はどうしてこうも強く、早く脈打っているのか。
その答えが出ないままリハーサルの舞台の幕が上がった。
最初は俺と莉愛が言い合うシーンだ。
もう何度も練習した。
演技は体に染みついている。
『ボローニャのジュリエットじゃねえか。どうしてこんな所にいやがる』
「そういうあなたはヴェローナのロミオね。どうしても何も私がそうしたかったからいるの。悪い?」
『ああ悪いね。ここは俺たちヴェローナの領域だ。失せな』
『まあ、ヴェローナの犬は躾がなってないのね、野蛮で怖いわ』
幼い頃は仲が良かったロミオとジュリエットは成長するにつれて敵国同士の人間だ、という義務感が先に立ち、いがみ合うようになってしまった。
本当は、心の内では幼い頃からずっと愛し合っているのに。
これはそんな二人が告白一つで、いがみ合う国同士を、世界を変えてしまう物語だ。
正に主人公だ。
莉愛の演技は自然で、俺の演技も努力の甲斐あってそこそこのレベルにまで到達した。
高校生の文化祭のクオリティにしてはかなり高い方だろう。
俺達を見る志乃がニンマリと満足そうな表情を隠せていないのが何よりの証拠だ。
少しは癖を抑えろよ……
全てが順風満帆だ。
なのにどうして……。
『ああロミオ、あなたはどうしてロミオなの』
『ジュリエットも……俺のことを?』
物語中盤、ロミオは気付いてしまう。
ジュリエットもまた自分と同じ気持ちでいることに。
それでも二人は対立する国同士の人間。
結ばれることは難しいんだ、と自分を納得させて諦めようとする。
それはまるで、ノーマルレアで凡人なことを言い訳にして、SSRで主人公側の人間、莉愛への思いを押し殺す俺と同じようで──。
──違う、共感するな。抑えろ、演じろ。素の自分を演技に出すな。これは……余分な感情なんだ。
演技に熱が乗ってしまう。
演技じゃなくて俺自身の感情をさらけ出すことになってしまう。
そんなこと……ただのプレイヤーに過ぎない俺に許されるはずがないのに。
そして物語は佳境に入る。
いがみ合うヴェローナ帝国とボローニャ王国はついに戦争に突入し、それに伴ってジュリエットも国に強制送還されることになってしまう。
そんなジュリエットに覚悟を決めて伝えるんだ。
『好きだ!!』
かくして二人は結ばれ、二人の立場を超えた愛に感銘を受けて戦争は終わりを迎える。
そんなハッピーエンドだ。
「お疲れ様、よかったわよ」
「まあ、俺は分かっとったけどな。誠と莉愛ちゃんなら上手く行くって」
「調子いいこといいやがって……」
大吾のいつも通りの軽い言葉に俺は笑って見せる。
「ただ一つ気になったのは……最後の方ちょっと緊張した?」
「え?」
「また演技が演技っぽくなってたわ」
本当に鋭い。
俺が最後、演技を流したことに気が付いたようだ。
「ちょっと緊張したのかもな。本番ではなんとかするよ」
「そう……ならいいわ」
その演技は自然で、志乃は微塵も疑った様子は無かった。
ああ、こういう時なら自然に【生田誠】として演じられるのに。
分からない。
ラストシーン。
『好きだ』
そう莉愛に行ったときの俺はちゃんと演技ができていたのだろうか。
※※ ※
「おーい、誠? 大丈夫?」
「ん、ああ悪い怜央、ボーっとしてた」
「珍しいね、誠がバイト中にボーっとしてるなんて」
「ん~……ちょっと疲れてるのかもな~」
莉愛のことが、演技のことが気になってバイトに集中できないでいた。
オーダーミスもあったし……本当に今日の俺はダメダメだな。
「そっか、いろいろ忙しいもんね、誠は」
「忙しいのは怜央も同じだろ? 演出プラン全部覚えなきゃいけないんだから」
「それはそうだけど、やっぱり裏方でいいから少しは緊張しなくて済むし」
「やっぱり怜央が主人公の方がよかったんじゃないかな~……なんて」
「無理無理、僕は誠みたいに演技できないし」
「本当にそうかね~」
カフェ・シエルの爆発的な人気は収まりを見せ、忙しい時間でも会話ができる程度には余裕が生まれている。
だからと言ってサボっていいわけではないんだが……。
「おい、生田」
「はい!」
背後から圧のある声を掛けられて、背中がピンと伸びる。
振り返れば店長が眉間に皺を寄せて立っていた。
「お前またオーダーミスしたな。今日二件目だぞ?」
「え……」
「慣れてきてタルんできたかぁ? いや……そういう感じでもなさそうだな」
店長は俺の顔を眉間により一層の皺を寄せてジロジロと観察する。
そして、「よし」と頷いてあっけらかんと言った。
「生田、お前、今日帰れ」
「え?」
「え? じゃないだろ。今日のお前は使いもんにならねーよ」
「でも……シフトはまだ」
「私が穴埋められるから心配すんな。それよりお前はお前のことを考えろ。何で悩んでるのかは知らねえけどな」
図星だ。
心の内を読まれてひやりとした汗が背中を流れ落ちるのを感じた。
なおも抵抗を見せる俺に向けて、店長は再び口を開いた。
「なあ、生田。お姉さんがいいことを教えてやろう」
「は……はぁ」
「いいか、少年。迷った時ってのは結局行動を起こすしかねえんだよ。どう転ぶかなんて誰にもわかりゃしねえ。もしかしたら最悪の結果になるかもしれない。でも、やるしかねえんだ。モヤモヤを抱えたままにしてるのが一番よくねえ」
「つまりどういうことですか?」
「分かってないフリするのは止めろ」
またまた核心を突かれて、俺は言葉に窮した。
そんな俺を見て、店長は俺の肩をポンと叩いた。
「要するにだ。さっさと解決して、またバイト入れって話だ。今日の分の穴埋めはしてもらうからな」
本当にダサい。
勝手に悩んで、周りに迷惑かけて。
それが本当に好青年【生田誠】のすることか?
違うだろ。
さっさと自分の気持ちに素直になって、このモヤモヤを晴らすんだ。
でも……怖い。
こんなにも自分の、俺自身の気持ちに素直になるのが怖い。
分かってるんだ。
俺が自分をノーマルレアの凡人、主人公じゃないと割り切ってプレイヤーに徹するようになったのは……理不尽から逃げるためだって。
傷つかないようにするためだって。
本当の俺はやっぱり隠せなくて、どうしようもなく胸の内から出てきて、その思いを今まで打ち消すように生きてきた。
そしてそれで上手くやってきた。
上手くやってきてしまった。
だから俺は怖いんだ。
俺自身の気持ちを──莉愛が好きだという気持ちをさらけ出すのが……




