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第33話 役作りは大変だ


『そう、ジュリエットは俺にとって太陽だ!』


 九月の暮れごろになると本格的に演劇の稽古が始まった。

 本番まではあと半月。

 時間は意外とあるようでない。

 この放課後の稽古だって一分一秒たりとも無駄にできない。


「いい感じよ、誠。渋ってた割にはかなりいい演技するじゃない」

「そうか? ならよかったよ。皆頑張ってるのに主演が酷い棒じゃさすがに悪いからな」

「にしても意外な才能ね……ねえ、今度演劇部の助っ人に入ってくれない?」

「さすがにそれはお断りだ」

「ま、そういうと思ったわ」


 俺は思ったより演技の上達が早かった。

 というのもそれはある意味で当然だった。

 俺は常にプレイヤーとして、作り上げたキャラ【生田誠】を演じているのだ。

 その演技の矛先を俺が演じるロミオに変えただけ。

 いわばキャラ変更みたいなものだ。


「でも敢えて言うならちょっと演技っぽすぎるかもしれないわ。もうちょっと肩の力抜いて自然体を意識した方がいいかもしれないわね」

「演技っぽすぎるねえ……難しいけどやってみるよ」


 志乃はさすが演劇部ということもあって、脚本作成から小道具大道具作成の総指揮、果てには演技指導まで行っている。


 どんなマルチタスク能力してるんだよ。


「それじゃ、次は莉愛の番ね。3……2……1……」


 掛け声と共に莉愛が大きく息を吸って、


『ああろみお。あなたはどーしてろみおなの』


台本を見つめながらぎこちなく言葉を吐く。

抑揚がないせいか、どうしても演技として浮いてしまっていた。


「莉愛はまだちょっと台本を読んでる感じね。セリフが自然に出てくるようになれば……きっと良くなると思うわ」

「う~ん……難しいね。演技って」


 俺がロミオに強制的にキャスティングされたあと、何故か当然のように相手役のジュリエットは莉愛に決まった。

 さも当然かのように決定したわけだが、どうにも納得いかない。

 現実に関係がある分だけ意識してしまったやり辛さが残ってしまう。


 他にも大吾が


──誠がロミオやるんやったら俺、その親友役とかやらせてーや。

──あら、ちょうどいい役割があるわよ。ロミオの親友、マキューシオなんてどうかしら?

──それそれ、そういう役がよかってん。それってどんな役なんや?

──途中でボコボコにされて退場する役よ。あなたにピッタリね。

──どういうことやねんそれ!


 というやり取りの後、ロミオの親友、マキューシオ役に内定した。

 こいつに至っては演技をする気がないらしく、セリフを勝手に関西弁にしたりアドリブを頻繁に入れてくるから、こっちはこっちでやり辛い。


 志乃は諦めたように、「こうなることは想定してたし、コミカルなお調子者キャラってことになってるからまあいいわ」と自分を納得させていた。

 なんと言うか……お疲れ様。


「それじゃ次はここの部分を通しでやってみましょうか」

「「はーい」」


 その日の演技指導は下校時間ギリギリまで続いた。



※※ ※



 稽古開始から一週間。

 皆セリフも覚えてきてようやく演技らしい掛け合いが見られるようになってきた。

 俺も志乃の丁寧な指導と、家で演技書を読み漁った結果自画自賛だがそれなりの演技力を獲得することができたと思う。


 大道具小道具も、照明などの演出部も今の所順調で全てが順風満帆に見えた。

──ただ一つ、莉愛の演技を除いて。


『ああロミオ、あなたはどーしてロミオなの』

「莉愛、カットよ。また台本を読むだけになってるわ」

「うう……ごめんなさい」

「謝る必要はないのよ。莉愛が頑張ってるのは皆知っているんだから」


 莉愛も周りと差が付き始めているのを自覚しているのか、段々と焦るようになっていた。

 そのせいか、一瞬良くなりかけた演技もまた元の形だけのものに戻ってしまった。


 それにしてもこの感じは演技が上手くならないことで悩んでいるというよりかは……

 俺は気になっていることを口にした。


「なあ莉愛、何か引っかかってるんじゃないのか? 演技自体以外のことで」

「え? うん、何で分かったのマコくん。エスパー?」

「いや……何となくな」


 二カ月も朝から晩まで一緒に居れば考えていることも分かってくる。

 それにそもそも莉愛は大抵のことが表情に出るから分かりやすいのだ。


「そうなの、莉愛? 何でも大丈夫よ。話してみて」

「だって……志乃は今ただでさえ忙しいのに、関係ないかもしれないことで時間を使わせちゃうのは悪いかもって思って……」

「私のことなら大丈夫。皆が指示通りに動いてくれるのってこんなに快感なのね。嬉しくてゾクゾクしてるくらいだから大丈夫よ」

「別の意味で大丈夫ちゃうやろ、それは」


 また志乃の癖が顔を覗かせている……。

 とはいえこれは莉愛に気を使わせないために言ったんだろうけど。


「じゃあ、いいかな? 聞いても」

「ええ、大丈夫よ」

「どうしても理解できない所があるんだ。そこが気になって……」


 莉愛が言うには物語中盤のロミオの行動の理由が分からず、ジュリエットに感情移入しきれないらしい。

 物語中盤、大吾が演じるロミオの親友マキューシオがジュリエットの従妹兄にボコボコにされて治療のために国に戻る事になってしまう。

 ロミオはその親友の敵討ちのためにジュリエットの従妹兄を決闘で大怪我をさせて、謹慎処分を食らってしまうのだ。


「このシーンがどうかしたの?」

「だって、ロミオはジュリエットのことが好きなんでしょ? なのにどうして、自分が危ない立場になることが分かっててこんなことをしたのかな」


 確かにロミオがした行動によって、ロミオ自身は本国に強制送還されそうになり、その後も立場が悪くなってしまう。

 ジュリエットと添い遂げたいのなら、その従妹兄とは仲良くすべきなのに……。


 志乃のことだ。

 ここのシーンにだってきっと意図があるんだろうけど……。

 俺にもそれが分からなかった。


 ただ、俺は気になりこそすれ演技に支障が出ない。

 俺はただ、覚えたテクニックをキャラに当てはめて演じているだけだから。

 だから志乃に演技っぽ過ぎると言われるのだろう。


 莉愛はその真逆だ。

 テクニックを使おうとはせず、ひたすら自分とジュリエットを同一視、つまり役作りをしようとしている。

 だからその時のキャラの感情が分からないと演技に支障が出てしまうのだろう。


「ああ、このシーンは原作に準拠してるのよ。だから私も自分で解釈してあてはめたから正確とは言えないんだけど……」


 志乃はそこで言葉を紡ぐのを辞めた。

 何か思う所があったようだ。


「いえ、ここは違うわね。私からアドバイスすることは何もないわ。だから、何でロミオがそうしたのかは、ジュリエット、つまり莉愛が自分自身で解釈を見つけるしかないと思うの」

「でもそれってどうしたらいいの?」

「ふふ……それはね」


 志乃の怜悧な目に嗜虐的な光が灯った。

 嫌な予感しかしない。


「デートしてきなさい」

「誰と、誰が?」

「莉愛と誠。二人で、よ」

「何で?」


 本当に理解不能だ。

 今の流れからどうして俺と莉愛がデートをする、という話になるんだ?


 さすがに志乃も言葉が足りないと思ったのか、その意図の説明を始めた。


「莉愛はジュリエットと自分を同一視できれば、きっと演技が上達すると思うの」

「そこまではいい。ならどうして……」

「だから、一回本当の恋人みたいに振る舞ってもらうわ」

「はい?」


 忙しくてついに頭がおかしくなったのか?

 それともおかしいのは凡人の俺の方なのか?


「そうすれば、ジュリエットがどうしてロミオを好きになったのか分かるでしょ? そうすれば、ロミオが何を考えて、どう動くのかが分かるはずだから」


 もっともらしい理由をつけて言っているが、それで演技が上手くなるとは思えない。

 どう考えても俺と莉愛をからかっている……ようには見えないのがタチの悪いところだ。

 嗜虐的な光は変わらずに灯っているが、それはふざけている時の目ではない。

 人を思い通りに動かそうとしている時と同じ雰囲気を纏っている。


 そうだとしても……。


「いやちょっと待てって。恋人みたいに振る舞うって……」


 そう、いくらなんでも恋人みたいに振る舞うというのは抵抗がある。


「フリよフリ。その日一日恋人同士の演技をしなさい。決めたわ。これは演技指導担当兼、学級委員長としての命令よ」

「そんなめちゃくちゃな……莉愛も何か言ってやれよ」

「私は……いいよ」

「え?」


 莉愛の口から出たのは肯定。予想外の言葉だった。

 俺はてっきり莉愛も難色を示すものだと思っていたのに。


「それでジュリエットの気持ちが、ロミオの気持ちが分かるなら私やってみるよ。皆に迷惑かけたくないし」

「莉愛……」


 それはおふざけに乗っかっているようには見えない。

 躊躇いや羞恥、俺と同じ気持ちはありながらも真剣な光を目に宿していた。


「なら決定ね。デートの脚本は私が考えてあげるから安心なさい。二人は私の指定した場所に行って、恋人のように一日を過ごすの。いい?」


 それは半ば強制で、俺に選択肢は残されていなかった。


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