第34話 初々しさは必要ない
──デートのシナリオは考えてあげるから、二人はそれを完璧に遂行するの。分かった?
真剣さと愉悦。
相反する感情をそれぞれの目に携えた志乃。
その瞳はある種の強制力を持っていて、断ることができなかった。
恋人のフリをして、デートをしなさい──一度不意打ちで正常な判断力を奪ってから要求を飲ませる。
プロのやり口だ。
完全に志乃の手のひらの上だがそれも悪くはない。
志乃に限って何の策もなくそんな突拍子もないことは言わないだろう、というある種の信頼感があるからだ。
デート前日になると志乃からシナリオならぬデートプランが届いた。
「ねえ、マコくんにも届いた?」
「志乃からのシナリオか? 届いたぞ」
「ごめんね、私のために付き合わせることになっちゃって」
付き合う、が脳内で別の意味に変換されてしまう程度には俺の判断力は正常さを失っていた。
純粋な意味で付き合う、の方ね。
「いや、それは気にしないでくれ。せっかくの文化祭のためだもんな。成功のためなら俺に協力できることはさせてくれ」
そう、これはあくまで文化祭の演劇を成功させるための、訓練の一環なのだ。
──舞い上がってはいけない。
──勘違いしてはいけない。
浮き上がる俺の気持ちを押さえつけて、俺は【生田誠】が取るべき言葉を選び続けた。
「ありがとう、マコくん」
目を宝石のように輝かせて莉愛は柔和な笑みを浮かべる。
その表情が見られるなら、一日付き合うなんて安いものだ。
「それじゃ、そろそろ演技の練習は切り上げて明日の予定を確認するか」
「そうだね。今日も練習付き合ってくれてありがと」
「これに関してはお互い様だろ。やっぱり一人で練習するのと相手がいて練習するのだと空気感とかが全然違うからな」
そう、俺と莉愛は毎日のように放課後や夜に時間ができると演劇の練習をしている。
今もちょうど練習がひと段落してそろそろ休もうか、としているところだったのだ。
「明日の目的地は……海浜公園か」
「あ、ここ知ってる。花がいっぱい咲いてるので有名なんだよね」
「心なしか雰囲気も西洋感があるし、それも関係しているのかもな」
志乃がデートの目的地として指定されたのは花畑で有名な海浜公園だった。
この時期ならちょうど夏と秋、それぞれの季節の花々が入り混じって咲き乱れているのかもしれない。
写真映えもするスポットだし、確かにデートをするには都合の良い場所だと思った。
「それはいいんだが……『その一、朝は家を別々に出て駅前で待ち合わせること』っていうのはどういう意図があるんだ?」
「多分、家を一緒に出るならただのお出かけと変わらないから、じゃないかな」
確かにそうだ。
普通に家から一緒に出て、海浜公園に向かうのだといつも通りの俺たちそのままだ。
細かい所から変えていけってことなのだろう。
「なるほどな。じゃあ、明日は俺が先に家を出るよ」
「うん、私も用意したらすぐに追いつくね」
「てことは明日は起こせないからな。頑張って起きてくれ」
「う~……それが一番難しいかも」
俺は意図的に話を次へと進めなかった。
──その二、服装もガッツリ勝負服でいくこと。
勝負服って何だよ……そんなの持って……。
持ってたわ。都合よく。
夏休みの最後、舞衣と莉愛とで買い物に行った時に、舞衣の
「男でも普段使いしないここぞって時の服を一着は持っておくべきだよ!」
という脅迫にも似た力説に屈して買った服があったんだった。
結局普段使いするには少し気合が入り過ぎている気がして、タンスの底に眠らせておいてあるその服は袖を通される機会を今か今かと待ちわびているはずだ。
「まさかここまで計算づくだったりしないよな……」
俺は志乃が少し怖くなった。
※※ ※
視線が気になって仕方がない。
胸の内側を掻きむしりたくなるようなムズ痒さがある。
待ち合わせ五分前。駅の改札口近く。
上下セットアップのジャケットで、髪形もばっちりキメて来た俺に注がれる視線はいつもと少し違っていた。
微笑ましいものを見るような、或いは怨めしいものを見るような視線が半々。
こそこそと遠くから俺を見て、
「どんな子が来るんだろうね」
みたいなことを言っているやつまでいる。
一見して気合の入っていると分かる服装をしている弊害だ。
注目が集まるのには慣れている。
正しくは俺と一緒にいる相手と……ついでに俺に、だが。
だが、俺一人でいる時にここまで注目を集めているのは初めてだった。
それは俺がさっきからそわそわと数十秒毎に時計を確認して、前髪を細かく弄っていて……そんな落ち着きがない行動のせいかもしれない。
何がデートだ。
そう、今日はただ莉愛といつも通り出かけるだけだ。
今更珍しいことでもないだろう。
……恋人に見えるように振る舞う、という課題は与えられているが。
だからこの胸の高鳴りも、どんな格好でくるのかという期待交じりの待ち遠しさも、全部俺のロールプレイによるものだ。
この感情も俺の演技に過ぎない。
演技が上手すぎて、俺自身すら騙されかけているだけだ。
そう自分を納得させた所で、もう一度駅の入り口の方に視線をやる。
来た、莉愛だ。
遠目で俺の視力じゃまだどんな表情をしているのか分からないが、あれは莉愛だ。
莉愛もまた俺に気が付いたのか、歩調が速くなった。
花柄のフレアワンピースが軽やかに揺らめいている。
その服には見覚えがあった。
舞衣に着せ替え人形にされていた時に、「カワイイ系の服も持っておきなよ」と言いくるめられて買っていたあの服だ。
そう言えば一度も着ているのを見たことがない。
俺の今日の服装と同じで着る機会がなかったのを引っ張り出してきたのだろう。
なんだ、似た者同士じゃないか。
「お待たせ、待たせちゃってごめんね」
ズレ落ちかけた薄手のカーディガンをなおしながら莉愛は申し訳なさそうに頭を下げる。
「俺が早く出ただけだから、気にしないで」
俺はなるべく柔らかい声音を意識して答えた。
実際家の洗面台は一つしかないし、先に準備を終えて出た俺が、先に待ち合わせ場所についているのは当然だ。
本当に気にすることじゃない。
駅で合流して、いざ目的地へ。
という前に俺にはやることがあった。
──その三、服装はキチンと褒めること。
志乃からの指令だ。
もちろん、できる好青年の【生田誠】ならその程度のこと造作もない。
今までだって、一緒に買い物に行く程度の時でも、新しい服を着てきた時には必ず褒めるようにしていた。
だって実際似合ってたし……。
いつも通りやればいいんだ。
だが……どうしてか今日は言葉が出てこない。
その理由は莉愛にあった。
まるで、見せつけてくるように体を動かし、頬を薄紅色に染めながら期待したような目を向けてくるのだ。
飲み込む息と吐きだそうとする言葉。
その二つが喉元でぶつかり合い、言葉を口にするのを阻害する。
「その……なんだ……? その新しい服も似合ってる。いつもより……いい感じだ」
語彙力。
俺の貧相な語彙力では、五割増しで可憐に映る莉愛を的確に褒めることなどできない。
恋人らしくするならもっと……甘い言葉で、それこそ演劇のセリフの様にロマンチックな言葉で褒めたたえるべきなのに。
しかも目すら見れずに逸らしてしまう始末だ。情けない。
きっと莉愛も、気の効かない俺の言葉に頬を膨らませて、そして呆れるのだろう。
俺はそう思って再び莉愛に目を向けた。
予想に反して莉愛は、耳元まで真っ赤にして恥じらっているように見えた。
……きっと恋人らしく振る舞えという志乃の指令を守っているのだろう。
俺の気の効かないセリフにもフォローを入れてくれたのだ。
「ありがと……マコくんも、その服似合ってる」
「お……おう」
なんだよこれ。
ぎこちない、気まずい、今すぐセットが乱れるくらい強く頭を掻きむしりたい。
「じゃあ、行こうか。電車も来るし」
「うん……」
これじゃあ本当に……初々しい恋人同士みたいじゃないか。
俺たちが目指すのはロミオとジュリエット。
演劇の中の彼らのように、もっと大人な余裕ある恋人を演出しないといけないのに……。




