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第23話 似非関西弁も時には役に立つ

 視線が痛い。

 それは莉愛に向けられるような羨望と嫉妬の入り混じった視線ではない。

 どこまでもピュアな、妬み、嫉み、憎しみ。

 ありとあらゆる負の感情を煮詰めたような視線だ。


 オカルト的な存在は信じていないが、本当に呪い殺されるんじゃないかと若干身震いしてしまうほどだ。


 謎の美少女転校生──つまり莉愛と俺が同居しているという情報は、即座に学年中に広がった。

 夏休み明けの浮かれた空気に降って湧いてきたこのゴシップネタは、思春期真っ只中の高校生たちの興味を刺激するには充分すぎるものだった。


 そして、その翌日の昼休み……教室の外から中を窺い見るような視線が一向に絶えない。

 ドラマか映画の撮影中かよっていうくらいの見物客が教室の外でたむろしている。


「なあ、さすがに大概とちゃうか」


 辟易としたように大吾が言った。


「俺まで見られてるみたいで飯進まんねんけど」


 はぁ、と大きなため息を一つ。


「珍しく同感ね。節操ってものがないんじゃないのかしら」

「さすがにこれだけ見られてるとね……」


 これには志乃も怜央も同感らしく、居心地の悪い空気が流れていた。

 

「もうほとぼりが冷めるまで待つしかないだろ」

「他人事やなぁ……一番の当事者やっていうのに」

「登校してる時からずっとこれでもう感覚が麻痺してるだけだよ」


 俺は俺でもううんざりしていた。

 朝からずっと同じ制服を着たやつらが遠くからひそひそ……ごにょごにょ……。


 聞こえないように小声で話しているつもりなのかもしれないが、基本的に視線と表情で何話しているかなんて丸わかりだからな。

 鬱陶しいたらありゃしない。


 普段から周囲の注目を集めている莉愛も、この好色な視線に対する耐性はあまりないようで苛立ちこそしていないが、居心地が悪そうにしている。


「ごめんね……私がもうちょっと考えて話せばよかったね」

「いや、莉愛ちゃんが謝ることじゃないよ。別に何も悪いことしたわけじゃないんだから」


 だから怜央、フォローに回るのが早いんだよ。

 普段ならその速さにお株を奪われたような気がして、敗北感を覚えたりなんかもするのだが、今はその優しさがありがたい。


「せやで、誠はともかく莉愛ちゃんは何も悪いことしてへんねんから。堂々としとき」

「大吾……俺はともかくって、どういうことだよ」

「うっさいわ。どこのラブコメの主人公やねん。お前が全男子を敵に回したんは事実やんか」

「いやいや……これは不可抗力に近いだろ。それに昨日散々ボコスカにしておいてその件はチャラになったんじゃないのかよ?」


 昨日の容赦ない非道な仕打ちを思い出してゾッと身震いがした。

 一歩間違えたらグラウンドに埋められていたかもしれない。

 本気で生命の危機を覚えたんだからな?


 そして俺は主人公なんかじゃない。

 主人公ってのは怜央みたいなやつのことで、俺には相応しくない。

 俺は怜央の友人AかBあたりで充分なんだ。

 それがノーマルレアの俺が目指すべき位置だ。俺は勘違いなんてしない。


「にしても……さすがにもう私我慢の限界なんだけど」

「奇遇やな、俺もや」

「ねえ大吾、一芝居打ちましょうか」


 志乃の目に粘っこい光が灯る。

 あーあ。どうやら志乃のスイッチが入ってしまったらしい。


「ほぉ、演劇部の脚本家さん直々のシナリオでっか」

「任せなさい。主演はあんた、助演は私。ジャンルはパニックものよ。もっともパニックになるのはあいつらなんだけど」

「ほ~、それで俺は何をすればええねん」

「ちょっと耳貸しなさい」


 そう言うと、志乃は大吾の耳に顔近づけてひそひそと計画を伝え始めた。

 近くにいる俺には聞こえてはいるが……それ、大丈夫なのか?


 志乃が計画を大吾に伝え終えると、二人はくっくっと人の悪い笑い声を押し殺しながらニタリと笑って顔を見合わせた。


「それじゃ、莉愛ちゃん。今からこいつら追い払ってくるからちょっと待っててね」

「え……うん? ありがとう?」


 何をするのかピンと来ていない莉愛は首を傾げながら生返事をした。


「ねえ、誠。二人がやろうとしてるのって……」

「多分怜央の予想通りだと思うぞ」

「えぇ……」


 それで怜央も何をしようとしているのか察したようだが、いつもの様に二人の暴走を止めようとはしなかった。

 怜央も怜央で思うところがあったんだろう。


「よし、ほないこか」

「それじゃ、大吾。まずはよろしくね」

「まかしとき」


 大吾は意気揚々と答えてみせた。


「ああ、そうそう莉愛ちゃん。今から大吾がすることは全部演技だから、怖がらないであげてちょうだいね」

「怖がる……?」


 莉愛だけがこれから何が起こるのかを理解していないようだ。

 俺はとりあえず「驚く必要はないからな」とだけ伝えておいた。


「それじゃ、大吾いくわよ。3……2……1……アクション!」


 志乃の合図と共に大吾が机を思いっきりバンと叩いて乱暴に立ち上がった。

 何事か、と視線が一瞬にして大吾に集まる。


「お前らなぁ!」


 大吾はその視線一つ一つに対して、むしろ睨み返して応えてみせた。

 そのままズンズンと大股で歩き、教室の扉をバン、と開けて


「何見とんねんワレェ! 見せもんちゃうねんぞゴルァ!」


 ドスの効いた大声で、野次馬をしていたやつらに向かって怒鳴りつけた。


 ただでさえ関西弁というのは知らない人からしたら、怖いと思われがちだ。

 そのうえ更に腹の底から捻りだした大声。

 そこにいる野次馬たちは皆、自分達がキレられたんだと本能的に理解するだろう。

 心当たりがあるやつらは尚のことだ。


 突然の大声に固まることしかできない野次馬たちに、大吾は更に畳みかけるように、


「大沢ぁ! 顔控えとかんかい! 顔ぉ!」


 と怒鳴りつけた。

 いつの間にか、大吾の隣に移動していた志乃がスマホでパシャリと写真を撮る。


「大丈夫よ、これでしっかり写真に残しておいたから。あとでこの写真を持って生徒指導部に報告に行っちゃおうかしら?」


 芝居がかったよく通る声だ。

 大吾の声が腹の底に響くような怒気を前面に出した声だとすれば、志乃の声は音の解像度が高く聞く者に一種の説得力を与えるような声だ。


 志乃の言葉を聞いて、野次馬たちが一斉に目を伏せる。

 少し離れた場所にいた生徒たちはそそくさと立ち去り始めていた。


「おら、はよ散らんかいタコォ!」


 その言葉を最後に教室の前の野次馬は全員消えた。

 残っているのは今の騒ぎを聞きつけて、何事かと教室から出てきて遠巻きに見ている人ばかりだ。

 莉愛目的の野次馬を見事に蹴散らすことに成功したわけだ。



 すっかり静かになった教室。

 ここでも気まずい空気が流れるかと思いきや……。


 二人が戻ってくると自然と拍手が起きた。


「よくやってくれたぞ!」

「さすが大吾! おっかねえ」

「大沢さん……痺れる……」


 口々に二人を褒めたたえ、ヒューヒューと口笛を吹き出すやつまで現れる始末だ。

 ほんとこのクラスは……。


「おつかれ。助かったよ」

「なんや誠。気にすんなって。俺も当事者や」


 感謝の言葉を口にすると、大吾は二ッと笑ってそれを制した。


「そんなことより見た? あの顔。私の想像通り……ううん、想像以上に良い怯え方してくれたわ」


 あーうん、志乃はそっちが計画を実行した本音だろうな。


 まともぶってるけど、実はこいつ中々に癖の強い性格をしている。

 自分の作った脚本で役者も観客も思い通りに操りたいから、という理由で脚本家を目指しているという若干サイコパスな一面がある。


 生まれる時代が違えば独裁者になってたかもしれない。


 こうして、野次馬問題は大吾と志乃によって力づくで解決されることとなった。


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