第12話 ファッションはデッキ構築に似ている
よっぽど楽しみだったのか、その日莉愛はいつもより早起きだった。
珍しく一緒に朝食を食べている間もどこかふわふわとして浮かれているように見える。
「そんなに楽しみなのか?」
時計をチラチラと気にしている莉愛に声をかけると、満面の笑みを浮かべて頷いてた。
まるで遠足前の小学生だ。
そういえば、実際に小学生の頃の遠足や家族で遠出する時とかも莉愛は浮かれていたっけな。
三つ子の魂百までとは正にこのことか。
微笑ましく見ているとふと忘れていた黒歴史の一つを思い出してしまった。
小学校低学年の頃の遠足で、自然公園に行った時。
──俺ここには家族で来たことあるから、案内してやるよ!
みたいな感じで調子に乗って莉愛を含めた友達数人を連れて探検にでかけた。
しかし、同じような木々が続く森の中でうろ覚えの記憶はあてにならなかった。
結果、莉愛たちを散々連れまわした挙句迷子になって大恥をかいたのだ。
あ~、何で今になってこんなことを思い出すんだよ!
せっかく忘れてたのに!
三つ子の魂百までとは言うが、俺は変わった。
もうあの頃のような向こう見ずな俺ではない。断じて違う。
過去の自分を否定するかのように、今日のために用意しておいた会話デッキを入念に確認する。
もちろん舞衣と莉愛の仲を取り持つため(まあこちらはほとんど心配していないが)でもあるが、最大の目的はふとした弾みに俺の過去についての話題に話が逸れてしまわないようにコントロールすることである。
そんな事になったら作り上げてきた【生田誠】のイメージが崩壊しかねない。
それは何としても避けたいことだった。
莉愛の笑顔につられて緩みかけた唇をきゅっと結んで、気を引き締め直した。
※※ ※
さて、別にデートというわけでもないのだが、仮にも異性二人と出かけるという事になればそれなりに服装にも気を使うというものである。
どこまでも平凡な俺自体にはファッションセンスのファの字も無ければ、磨いていこうとする気概もない。
それでも高校生になって、友人と遊びにいく機会はどんどん増えてくるわけであって、完全に無頓着というのも【生田誠】のイメージにそぐわない。
ではどうするのが一番良いかと言われれば、無難を極めることである。
大事なのは良くも悪くも周囲と比べて浮かないことであって、求められるのはファッションセンスというよりはTPOをわきまえられるか、という空気読みのセンスだ。
喜びたまえ。同じような悩みを抱える諸君らにもピッタリのコーディネートがある。
──きれいめカジュアル
カジュアルとフォーマルのちょうど中間あたり。
そもそも高校生にフォーマルなファッションが求められる状況は少ないが、周囲から浮かないカジュアルさでありながらもしっかりと清潔感を印象付けらられるきれいめカジュアルは高校生男子にとっては救世主となりえる存在だ。
それに周囲の空気感に合わせてカジュアル寄り、フォーマル寄りに現地でカスタムできるのも都合がいい。
というわけで今日着ていく服装としてチョイスされたのは、落ち着いたカーキ色のスポーティーなジャケットにタイトな黒スキニーを合わせた量産型の典型とも言える服装だ。
平均的な身長だがやや細身なことが特徴な俺にとって、アウターでボリュームを出しつつ、細身な足を強調できるこのコーデは俺の体型に合っているという自負があった。
それにこのジャケットはカフェ・シエルに着ていったことがないアイテムだから、舞衣にも目新しい印象を与えられるんじゃないかと思って選択してみた。
限られたアイテムの中から、シナジーの高い組み合わせを選んで装備する。
ファッションとはさながら、カードゲームのデッキ構築みたいなものである。
準備を終えて、部屋を出ると向かいの莉愛の部屋からドタバタと音がしているのが聴こえた。
この分だといつものTシャツやジーンズではなさそうだ。
一応コンビニにでかける時なんかはアウターも着ていることがあるから全く服がないというわけではないのだろう。
時計でまだ時間に余裕があることを確認した俺は、コーヒーでも飲みながら莉愛の準備が終わるのをゆっくりと待つ事にした。
※※ ※
莉愛の用意が終わったのはもうすぐ出発だぞ、と声をかけに行こうかと思い始めた頃だった。
「ごめんね、待った?」
階段を少しドタバタと音を立てながら降りてきた莉愛がリビングへとやってきた。
「いや、全然。まだ出る時間には少し早いしな」
お決まりのセリフを口にして、振り返る……。
そこにいたのはいつもの莉愛ではなかった。
Tシャツを着ているのはいつも通りだが、今日はその上にネイビーブルーの涼し気なデニムジャケットを羽織り、足元はゆったりとしたハイウエストのショートパンツによって、細く伸びやかな足が十全に強調されている。
全体的にボーイッシュで中性的な印象のファッションでとてもよく似合っていた。
「へへ、どう……かな?」
本人は自分らしくないと思っているのか少し恥じらいを見せているが、どうして恥ずかしそうにしているのか。むしろ誇っていいまである。
「こういっちゃ悪いんだが……見違えたよ」
思わず感嘆の息を漏らしてしまいそうになるのをグッと堪えて素直に賞賛の言葉を口にした。
自制心が無ければ、拍手をしていたかもしれない。
「実はアメリカでマネキン買いしたやつなんだけど……合わないかなと思って今日初めて着てみたんだ」
「いやいや、今まで着てなかったのがもったいないくらいにしっくり来てるぞ」
「なんかマコくんにそう言われるとくすぐったいなぁ……」
照れたように少し俯いて、口元を手でぽりぽりとなぞった。
そこで何かに気が付いたのか「あっ」と小さな声を上げて、手を顔からぱっと離した。
その理由はすぐに分かった。
「実は今日、メイクもしてみたんだけど……変じゃない?」
はにかみながら、莉愛が感想を求めてるような目を向けてきた。
そう、服装に気を取られて気が付いていなかったが、いつもスッピンに近い莉愛がメイクをしていたのだ。
リップのおかげか唇はいつにも増して艶やかで、肌は更に透明感を増しているように見えた。
ナチュラルメイク、というよりは本当に下地にファンデを軽くつけただけの薄化粧に見えるがそれでもいつもの三割増しで綺麗に見えた。
見慣れているのに思わず心臓がバクンと大きく跳ね上がる様な気さえする。
思わずこっちが照れて目を逸らしそうになってしまうが、それは心の内だけにしておいて【生田誠】が取るべき選択肢を取る。
それはつまり少しキザかもしれないという恥じらいを捨てて、素直に褒めるということだ。
「全然変じゃないぞ。よく似合ってる」
「よかったぁ……ママのお下がりだったんだけどこれならまた使ってみようかな」
「そうだな。使い方とかも今日、舞衣に聞いてみようか」
「うん、そうだね。舞衣ちゃんと会うの楽しみだなぁ……」
「それじゃ、時間だしそろそろ行こうか」
二人揃って家を出た。
二人で近くのスーパーまで買い物とかならあったが、ちゃんとした外出はそういえばこれが初めてだな。
並んで歩く莉愛との距離が無意識のうちに少し離れてしまっている気がするのは……多分気のせいじゃないんだろう。




