第11話 知ったばかりの知識はすぐに使いたくなる
シャワーを浴びて日課のストレッチをしていると、ピコンとスマホの通知がなった。
ストレッチを中断して見ると、
『おつ、莉愛ちゃんの都合は大丈夫そう?』
それは舞衣からの連絡だった。
『確認取れたよ。思ったよりノリノリでOKしてたぞ』
『マジ? 嬉しいんだけど!?』
そしてこちらが返信を打つより先に、更に舞衣のチャットが続いてきた。
『場所は隣町の方のショッピングモールでいい?』
相変わらず返信早いなおい。
送ってから五秒と経ってないんだけど……。
俺は返信が遅い方だ。
会話と違って、一度送信する文章を確認できる分、これでいいかな? と二度三度と確認してしまうからだ。
要するにデフォルトでなりきりチャットをしているみたいな感じなのだ。
ラグが発生するのは当然と言えるだろう。
『そういえば最近新しくオープンしたんだっけか』
バイト中に客が話していたり、そのショッピングモールの紙袋を持っている人を見た事がある。
夏休み明けに学校でも絶対に話題にあがるだろうから、機会があれば行ってみたいと考えていたからこれまた都合がいい。
明後日の昼前に集合することを決めて、それじゃあまた明後日という所で、思い出したように舞衣が、
『そう言えば一応聞いておきたいんだけどさ』
『なんだ?』
『莉愛ちゃんってイエベ? ブルベ?』
イエベ……ブルベ……?
なんだそれ?
唐突に出てきた唇に馴染のない言葉を反芻してみたが、やはり聞き覚えがない。
なんの専門用語なんだ……?
※ ※ ※
「なあ莉愛ってブルベ? イエベ?」
夕食時、早速知ったばかりの知識を使ってみた。
覚えたばっかの言葉ってとりあえず使ってみたくなるよね。
俺は何でもない事を聞くかのような表情をしながらも内心でドヤ顔をしていた。
あの後舞衣に教えてもらった所によると、このブルベ、イエベというのはその人の生まれ持った色、パーソナルカラーの分類だそうだ。
何でもそのパーソナルカラーの分類によって、よりその人に似合うファッションやメイクの色味というのが分かるから参考にしておきたいとの事だった。
舞衣曰く、本当ならもっと細かく分けられるんだけどとりあえずね、とのことだから俺のにわか知識じゃ分からないくらい奥が深い世界らしい。
一応俺も洗顔後に化粧水とか乳液で肌のケアをするくらいはしているが、そんなの舞衣からすると化粧のうちにも入らない入り口以前の知識なのだろう。
思ったより本格的にアドバイスしてくれるらしく頭が下がる思いだ。
莉愛も初めて聞いた言葉の様で、首をゆっくりと傾けた。
アッシュグレーの頭の上に疑問符が見えたような気がする。
「何それ? フルーツか何か?」
「それは多分ブルーベリーに引っ張られてるな。俺も最初はそうかと思ったから人の事はいえないんだけど……」
そして俺は舞衣からの受け売りと自分で軽く調べた所の言葉で莉愛にパーソナルカラーについて説明をした。
俺と同じく莉愛もやはり初めて知る概念だったようで、興味深そうに頷きながら聞いていた。
「はぇ~、凄いねその舞衣ちゃんって。なんかプロみたい」
「凄いよな本当に」
「ね、ね! ネットに診断の方法とか乗ってるからやってみようよ」
いつの間にかスマホで検索したらしい莉愛が、パーソナルカラーのセルフチェックができるサイトを見せてきた。
どうやら肌や瞳、唇の色とかから自分がブルベなのかイエベなのかが診断できるらしい。
こんなに簡単に見つかるって事は多分本当にメイクにおいては基礎的な知識なのだろう。
「俺もか?」
「ダメ?」
「いや……ダメではないけど」
「はい、じゃあやってみようよ」
莉愛に促されるまま机に向かい合わせになって、セルフチェックを始めた。
まずは肌の色……。
日焼けしていない分だけ、色白に見えない事もないが、どちらかと言えば黄色っぽい。
いやでもあんまり血色がよくないように見えるからブルベ……?
瞳は……唇は……。
「なんていうか……自分じゃあんまり分からないな」
簡単チェック! とか書いてあるわりに難しかった。
何せこちとら知識0の素人なのだ。
自信を持ってこっちだ! と断言できるほど自分の肌の色とかを日頃から見ていたりしているわけではない。
結局餅は餅屋。分かる人に頼るのが一番なのかもしれない。
「う~ん、私もちょっとわかんないな」
同じく莉愛も確証が得られないようで、腕とスマホの診断表を交互にジーっと見つめている。
そんな莉愛だったが何かを思いついたように手をポンと叩いてこっちを見ていた。
「ねね、それじゃお互いにお互いをチェックしてみようよ」
「え?」
「自分じゃ主観入っちゃってなんか自信持てないからさ。他の人に見てもらった方がいいんじゃないかなって思って」
「俺が? 莉愛を」
俺が見られる分にはまだいいが、莉愛はいいのか?
そんなに相手にまじまじと見られるのに抵抗とかはないのだろうか?
「それじゃあ、私からね」
気にしているのは俺だけなようで、莉愛は遠慮なしに顔を近づけてきた。
息がかかりそうな距離まで顔と顔とが近づいて。
自然と呼吸を止めてしまう自分がいた。
そんな俺の様子などお構いなしに、莉愛はジーっと穴が開くくらい俺の顔を見つめて、時たまスマホに視線をやって、真剣に確かめている。
──恥ずかしい。
目立たないように隠してあるがニキビの跡とかもあるし、気付いてないだけで今俺の顔に油が浮いているかもしれない。
って何だよこの恥ずかしがり方。少女漫画のヒロインかよ。
ある種の拷問にも似た時間はやがて終わりを迎えた。
莉愛はすーっと顔を離すと、自身なさげに
「多分、どっちかって言うとイエベなのかなぁ……」
と呟いた。
ちくしょう、分からないならとんだ恥かき損じゃないか。
まあ何にせよ同居している幼馴染に顔を凝視されるという初見殺しにもほどがあるイベントを耐え切ったのだから? 俺のプレイヤーとしてのスキルもレベルアップしてきたんじゃ……
「じゃあ次はマコくんの番ね」
前言撤回。
まだまだ修行が足りませんでした。
「ほら早く」
莉愛は口を少し尖らせて、顔を近づけてきた。
そこに微塵も恥じらいはなく、むしろわくわくしているようにも見える。
どんなメンタルしてるんだよ……本当に。
プレッシャーに耐え切れなくなって、ついに莉愛のパーソナルカラーの診断を始めた。
再び息がかかりそうな距離まで顔と顔が近づいた。
改めて見ても……やはり相当に顔立ちが整っている。
化粧っ気がないせいでどこか素朴で野暮ったい雰囲気があるものの誰が見ても美少女だと言うだろう。
怜央とか舞衣とかで耐性をつけといて本当によかったな。
そうじゃなければ、このドギマギとして早くなる鼓動が表情にまで伝播していたかもしれない。
「へへ、じーっと見られるとやっぱりちょっと照れちゃうな」
いくら莉愛でも自分が見られる側になったら恥ずかしいのか、顔を少し赤らめて視線が泳いだ。
「……っ!?」
その反応するのは反則でしょ。
せっかく機械的に済まそうと思っていたのに台無しだ。
だから、
「お互い様だ」
と言って泳ぐ莉愛の瞳を真っすぐ見据えてやる事にした。
些細な復讐だ。
とは言ってもこっちだって恥ずかしくなるから半分自爆みたいなものだ。
復讐はやはり何も生まない。
とりあえずなるべく早く終わらせようと、目の前にある莉愛の顔をチェックしていく。
大きな瞳は爛々とした光を放ち、吸い込まれそうなほどに黒く。
色白で透き通るような透明感のある肌はどちらかといえば青みがかっているように見える。
そして、ぷっくりとして艶のある血色の良いピンク色の唇……
これらの情報を照らし合わせると……。
「多分……莉愛はブルベかな?」
確証は得られないがどちらかといえばブルベなんじゃないかなと思った。
「やっぱり? 私もそうなんじゃないかって思ったんだよね」
「ならそれでよかったんじゃ……」
「いやいや、自分一人じゃ自信なかったし」
骨折り損な気がして、一気に体の力が抜けていく。
「俺、皿洗ってこようかな……」
疲れ切った俺は、他のパーソナルカラー診断を探し始めた莉愛の前からそそくさと退散することにした……。




