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第9話 バイトには合う合わないが存在する

 休憩を終えてフロアに戻ると、さっきまで店長とのんびり話していたのが申し訳なるくらいの忙しさに襲われた。

 そうか、テレビの件を除いても妙に忙しいと感じていたのはいつもよりフロアのスタッフが一人少ないからか、と今更ながら気が付いた。


 この時間にシフトに入っているのは俺と怜央に舞衣、それともう一人の四人だけだ。

 本当なら店長含めて五人なのだが……。

 

 それでも店長は本気でヤバい、手が回らなくなる、って時には必ず戻ってくるのだから不思議なものだ。

 店長、戦隊モノの登場人物説……あるな。


 忙しさに目が回りそうになりながらも、俺は別のことを考えていた。

 さっき店長から聞いた合格基準の話だ。

 基本的には大丈夫だろうが、一点だけ気になる点があった。


 服装のことだ。

 インドア派なのか、必要な時以外には外に出る事のない莉愛は大抵ラフな服装で過ごしている。

 さすがに面接の場にTシャツにジーパンという恰好で来ることはないと思うが、あまりオシャレとか自分を着飾る事に無頓着な莉愛が余所行きの服を持っているとは思えない。


 俺も同性の服装についてだったらある程度アドバイスが出来るだけの知識は修得してあるんだが……異性の服装について、となると全くと言っていいほど知識がない。


 自分にとって必要な知識だけ集めると誰かのために動こうとした時に困るんだな……。

 

 考えながら忙しく動いていると、隣でひーひー言いながら慌ただしく作業をしている舞衣が目に入った。


──そうか、知らないのなら知ってるやつに聞けばいい、か。


 何も全部自分だけでやろうとする必要はないのだ。

 


 正直俺は人に頼るのが苦手だ。

 人に頼る、ということは即ち弱みを見せる、ということだ。

 キャラを作って凡人だけど完璧な人間に見せたい、と考えている俺にとって自ら弱みを見せるのはなるべく避けたいことだった。


 とはいえ、それは自分の話だ。

 他人のため、という理由であれば弱みを見せるデメリットよりも、人のために動けるという姿勢を見せられるというメリットが上回る。

 そういう風に考えれば自分自身を納得させることができた。


「なあ、舞衣ってさ。オシャレだよな」

「はぁ!? と、とつぜん何言ってんの?」


 目を大きく見開いて驚いた舞衣の手がぴたっと止まる。


「いや、だってさバイトに来る時も毎回オシャレな恰好してるし、俺はよくわからないけどメイクも服装に合わせて雰囲気とか変えてるだろ?」

「ま……まあ? そうだけど」


 少し恥ずかしそうに、誇らしそうに舞衣は答えた。


「なんか誠らしくないじゃん……。あ、もしかして金欠とかだったりする? もしそうならちょっとくらい奢ってあげてもいいけど……?」

「何だよその褒められ慣れてないやつみたいな反応は」


 それに悪い男に引っかかって貢がされてそうな反応だ。

 それかもしかして俺って金が無くて困ってるように見られてたのか?

 

「実際慣れてないし……」

「いやいや、舞衣に限ってそんなことはないだろ」


 舞衣も莉愛とは違うタイプだが、相当な美少女の部類に入る。

 黙っていればクールでお淑やかな印象を与えるのに、目元を綻ばせて笑う姿はどこか幼さの残る可愛らしいものだ。

 口調がちょっときつい事もあるが、基本的には人当たりがよくて優しい、いいやつだ。


 違う高校に通っているから普段の様子は知らないが、友達が少ないって事も無いだろう。

 それにバイト中でも度々ナンパされている姿も目撃しているし、舞衣にとっては俺の言葉なんて耳にタコが出るくらい聞いた言葉だろうに。


 だから初々しいその反応は俺にとって意外すぎるものだった。


「ねえ、今日の誠やっぱりちょっとおかしくない?」

「どっちかって言うとおかしいのは舞衣の方だと思うんだけどな……」


 少し照れくさくて面と向かって褒めた事は無かったが、ここまで照れられるとこっちの方が恥ずかしくなってしまう。

 へへ、そうでしょ~、みたいな感じでドヤ顔で調子に乗ってくるものだと思っていたのに。

 どうにもキャラがブレてるみたいだ。


「それでさ、舞衣に聞きたい事っていうか……お願いがあるんだけど」

「やっぱり金欠? いいよ今月のバイト代入ったばっかりだから困ってるなら力になれると思うんだけど」

「うん、一旦お金の話から離れようか……。それにバイト代が入ったばっかりなのは俺も同じだし、浪費癖もないから別に困ってもないよ」

「お金じゃないの……? じゃあお願いって何?」


 ひょっとして俺バイト先の友人に金の無心をするようなクズ男だと思われているのか、と疑いたくなるような対応だ。


「ファッションとかメイクについて教えて欲しいんだ」

「え……? 誠、もしかして女装でも始めるかんじ?」

「いやどうしてその結論になるんだよ!?」


 甚だ心外である。

 大体仮に女装するとしたら俺じゃなくて怜央とかだろう。

 髪形とのバランスでどうにか誤魔化しているが、輪郭が角ばって見えるのがコンプレックスだ。

 とても中性的とは言えない顔立ちだから女装なんて似合うはずが無い。

 似合う似合わない以前の問題としてもちろんやる気もないのだが……。


 誤解を解くべく俺は早々に事情を説明する事にした。


「実はさ、知り合いの子がここでバイトしたいって言っててさ」

「え、それってもしかして誠のカノ……」

「違うって。ただの幼馴染だよ」

「な~んだ、マジびくった」


 そこで舞衣が胸を撫で下ろす必要はないと思うんだけど……?

 というかその思春期特有の男女の知り合いイコール恋愛関係って解釈する思考は勘弁してくれ。


 またしても逸れかけた話題を元に戻すべく俺は話を続けた。


「なんて言うか……オシャレとかそういう事にあんま気を使わないやつでさ。それで、ここの面接受けるならちゃんとした服とかメイクしておいた方がいいかなって」

「なんか不思議じゃない? ここってどっちかっていうとオシャレとかそういうのに興味がある子ばっか受けるイメージがあったんだけど」

「あ~、それはそうなんだけどな……。実はそいつ……【夕陽莉愛】って言うんだけど、この夏こっちに引っ越してきたばっかりでさ。バイトの経験もないから俺と同じ所でバイトできないかなーって感じのノリなんだよ」

「え~、何その理由! めっちゃ可愛いじゃん」


 舞衣は両手で大げさに口を抑えて目を輝かせた。

 どうやら舞衣の琴線に触れてしまったらしい。


「あ~、それだったらさ。今度一緒に買い物いかない?」

「いいのか?」


 こっちとしては願ったり叶ったり……なのだが。


「良いに決まってるじゃん。だってこれから一緒にここでバイトするかもしれないんでしょ? そんなの先に仲良くなっておいた方が絶対よくない?」

「まあ……確かに? こっちとしてもありがたい話だけどな」


 バイト先を辞める理由の大半は人間関係に起因する。

 それは誰が悪いとかじゃなくて、合う合わないの問題なのだ。


 カフェ・シエルでも、せっかく入ってきたのに他の人との空気感が合わずに、馴染めずに、ほとんど会話しないまますぐに辞めてしまった、というケースはいくらでもある。

 何だったら俺が四月にここでバイトを始めてから四カ月。新しく入ってきたバイトの半分近くはもう辞めてしまっている。

 同時期にバイトを始めて残っているのは怜央と舞衣だけだ。


 逆に言うと雰囲気さえ合ってしまえば多少の不都合にも目を瞑れてしまう……というのはバイトの悪い所なのだろう。

 俺も最初は驚いた習慣がいくつかあったが、今ではもうすっかり気にならなくなってしまった。

 例えばどうせ制服に着替えるのに、私服に気合いを入れてくるのが暗黙の了解になっていることとか。

 店長が仕事しないこととか……店長が仕事しないこととか。


 だから、バイトを始める前に実際に働いている舞衣と知り合いになれるのは莉愛にとってもかなり良いことだと思えた。


「はは、何それウケる。なんていうか誠の莉愛ちゃんに対するノリが完全に保護者なんですけど」

「ちょっと自覚はあるよ。なんていうか……危なっかしくてほっとけないっていうか」


 過保護だな、という自覚はある。

もちろん早くこっちの生活に馴染んで欲しいという理由もあるのだが……。

どうしてだろう?

目を離すと大事故を起こしてしまいそうな気がして、どうしても放っておけないのだ。


「あ~、庇護欲そそる系女子なんだ」


 勝手に納得したように頷いた舞衣の目がキラリと光る。


「え、てことは美人系っていうよりカワイイ系?」


 そこから舞衣の怒涛の質問攻めが始まった。

 サボりから戻ってきた店長に怒られるまで舞衣の質問攻めは続いた……。


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