UFDS・野比忍と土愚犬犬
わいわいと賑やかな教室の中で、急に影山から土愚を見張れと言われて心底嫌な気分になっていた。
そもそも拙者は陸上部として西木戸や土愚とは一緒にいるので、今更言われるまでもないことだ。それを突然使命を思い出させるようなことを言って水を差すのだから気分が悪い。
「ね、忍ちゃんって影山くんと仲良いよね。本当に何とも思ってないの?」
「誰があんなやつ! 本当に腐れ縁というだけで大嫌いだ! 自分勝手で騒がしくてそれなのに……」
思い出すだけでムカついてくる! あの軽薄な態度で才能に満ち溢れているというのは許し難い! 努力もしていないくせに!
元より忍びたる者、特殊な訓練によって普通の人間より強くて当然だが影山はその中でも群を抜いた実力者。
嫉妬は醜い感情だと思うが、あいつに嫉妬していられる方が立派なものだ。比べても仕方ない、と思うやつの方が多い。
「にしても、部長が生徒会長辞退してよかったね~」
「あぁ。雌子は最後まで夜行先輩に入れるか部長に入れるか悩んでいたものな」
と、気分転換になる楽しい会話に戻れたのに、今度は影山からの着信があった。
出たくはない、がさっきの今で電話してくるのだから出ないわけにも行かない。
「すまない、電話だ。……はいもしもし。なんだ」
『忍! 神崎が屋上から落ちる! 向かいの校舎だ!』
聞いたこともないような影山の切羽詰まった声に、反射的に向かいの校舎の方を見た。
窓から見える景色は普段と変わらない遠くの校舎だが、見れば誰かが立っているのは見える。
あれは、従野だ。ゆっくり、ころんと、上を見ながら寝そべった。
「……え? おい影山……」
携帯は既に切れていた。バキンという衝撃の音が聞こえて切れた電話が、程なくしてズドンと人が落ちたかのような音がすぐ近くから聞こえた。
一体何が起きているのかーー
低い獣の唸り声がそばから聞こえた。
「ごめん、みんな、私……」
土愚さんが今までにないほどに牙を剥き唸っている。しかしケダモノの表情とは裏腹の哀しげでか細い声が、妙に耳を突いた。
「……、いい、行け、土愚さん」
何が起きているかは何もわからないままだった。
ただ、犬の表情というのはよくわかるもので、激しく猛りながら、苦痛と悲哀に表情を歪めた土愚さんの、取り返しのつかない行動を取ろうという決意だけは感じ取れた。
暴風雨のような衝撃とともに、四足の獣が窓を突き破り駆け抜ける。
彼女が何をするかはわからないが、破壊行動を見逃してしまった。
任務は失敗、影山の信頼も裏切った。根来や西木戸は目の前の土愚がいなくなって呆然としている。
拙者もまた取り返しのつかないことをしてしまった。ほんの少しの間、同じ部活で競った監視対象でしかないのに。
しかしそんな行動も、あの土愚の気迫を思い出すと間違ってはいなかった、と思わせてくれる。
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匂いと気配、そして影山くんの声でほとんどの事態を把握することができた。
屋上の神崎さんが落ちてくる、そんなの普通の人じゃ助けられない。
でも私なら、フルパワーを出した獣の私なら間に合うかもしれない。
そんなことをすればどうなるか、わからないわけじゃない。正体を隠していたのに化け物としてもうこのクラスにもこの星にもいられないかもしれない。
でも、ほんの数ヶ月過ごしたみんなが大事だから! 私は……!
「ごめん、みんな、私……」
獣心解放した土愚犬犬の本気の力は通常の一般的な犬とも忍者とも比べ物にならな超パワーを秘めている!
筋力、嗅覚、愛くるしい瞳の誘惑力、撫でた時のもふもふ感、その全てが地球従来の犬科動物を圧倒!
強靭な脚から駆け抜ける勢いのまま窓を突き破り向かいの校舎までの距離を圧倒的に詰めていく!
……が、まだ足りない。距離と高さがほんのわずかに届かないと超犬脳の土愚が導き出す中、神崎と従野を助けるには高さと勢いが必要。
必要なのは――ジャンプ台。
土愚の目の前にちょうど姿勢を低く駆け抜けるうってつけのそれがあった。
影山登、彼に謝る間もなく土愚はその前足を彼の背に当てて、跳躍した。
その反動、威力は凄まじいもので忍者の影山の肩甲骨をも踏み砕くほどであったが、彼女は飛んだ。
別口で従野と神崎を見つけ、追いかけていた風紀委員の藤岡頼人は、その光景をこう語る。
『あれは、犬のようで犬ではない新生物だった。そして何より、飛んでいた』
Undefined Flying Dogs.
未確認飛行犬。
それが、ちょうど落ちてくる神崎美空と、地べたに寝転ぶ従野ひよりの間に挟まったのだ。
Undefined Flying Dogs Sandwich.
「むぎゅっ!」
潰された従野が悲痛な叫び声を挙げる。
が、無事だ。結構な勢いをつけて落ちてきた神崎ももふもふの犬の毛皮によってトランポリンのように跳ねて地面に着地した。
潰された従野は、しかしその勢いと筋肉の圧力で潰されて意識を失ってしまっているが。
「おい、これは一体……影山!」
藤岡が影山の傍によると同時、未確認犬はその周りの様子を一瞥すると、一瞬の間の後、どこかへと去っていく。
その勢いは、その場の誰も追いかけることはできない。
ただ一匹、どこかへと消え去っていった。




