そのさん
――3――
異界への遠征。
迷宮への探索。
まるで一昔前のRPGのように、パーティーを組んで迷宮に挑む。もちろん、表層にしか進ませないし、空気を肌で感じさせることが目的だから、層を移動するための場所には私たち教員が監視をしている。
それでも毎年けが人を輩出してしまう要因は、主に、エリート生徒たちの“驕り”にある、の、だけれど……。
「この様子なら、今年は大丈夫そうね」
「たっぷり脅しかけたからなぁ」
「僕が治療施設の職員に挨拶に行っている間に、体調不良を訴える生徒が続出だったからね。何が起こったのかと思ったよ」
毎年利用している旅館の一室。
お酒こそ飲まないが、豪華な食事に舌鼓を打ちながら、私と獅堂と七は浴衣姿で食卓を囲っていた。
ちなみに、獅堂が他の職員に解放されるまでは陸奥先生もいたのだが、獅堂が来ると恐縮して戻ってしまった。ごめんなさい、陸奥先生。
「だが、あれだ、未知、おまえの弟子」
「弟子? ええっと、笠宮さん?」
異界の前で行われた、九條獅堂特別講師による演説。
私は七同様、別の仕事があったので聞きにいけはしなかったのだが、又聞きした限りでは相当たっぷり脅したようだ。
まぁ、大怪我する生徒が出る年もあるからね。今、異界を経験しておくのはどうしても必要なことだから中止もできない以上、どんな手段であろうとけが人を減らす努力をしたことに対して、私は何も言えないよ。
でも、何故それに私の弟子、笠宮さんが出てくるのだろう? 思わず、刺身を分け与えてごろごろしているポチを撫でながら、首を傾げた。
「どいつもこいつも、多かれ少なかれビビッていたが、笠宮っつたか? あいつ、けろっとした顔で俺を見てやがったぜ」
その言葉に、思わず顔が引きつる。
ついでにポチを強く撫でてしまい、ポチがひっくり返った。あわわわ、ご、ごめん。
笠宮鈴理。
私の弟子、ということになってしまった少女。
幼少期から変質者に付け狙われる体質に苦労し、ここ最近では悪魔との事件に何かと巻き込まれている彼女は、私の“正体”を知る数少ない人間だ。
変質者に付け狙われることで身につけたという、観察力と順応力。その幼少期からのある意味では英才教育となってしまった経験は、順応力をブラッシュアップしてしまったのか。
思い返せば、そうなのだ。
悪魔としての姿を見せたポチ。彼の前に立ち続けていられることは、実のところ“普通”ではない。
悪魔とは、存在するだけで魂を軋ませる。なのに立ち上がって戦えていた彼女には、それだけで特殊な才能がある。嬉しく思ってくれるかは、微妙だが。
「初めは七からおまえが弟子をとったと聞いて、どんなおもしろビックリ人間かと思ったが」
「ちょっと、聞き捨てならないんだけど」
「……思ったが。なるほど、あれは面白い。おまえのトンデモ人間を惹きつける力は本物だな、未知」
「いやまって、それも聞き捨てならないんだけど!」
トンデモ人間って。
いや、七? 笑ってないで否定して。
否定できない? うぬぬ。
「放って置けない子だったのよ。まだ爪痕も、敵も残っている。でもこんなに平和になって、明日に怯えて生きなくても済むようになって、それでも戦うことを強いられていた。だから、放って置けなかったんだと思う」
「未知らしいね。僕は、未知のそういうところ、とても好ましく思うよ」
「そうじゃないよ。臆病なだけ。傷つくのも傷つけるのも、もうたくさん。それだけ」
長い戦いだった。
たくさん出会って、たくさん別れて。
たくさんわらって、たくさん泣いた。
あんな目に、子供たちを遭わせたくない。それはきっと、先生としては当たり前の感情なんだと思う。
私は先生だから。だから、子供たちが、生徒が傷つく姿は見たくない。そんな、ごくごく当たり前の感情。
「当たり前にできるのは、それがおまえだからだ、未知」
「そうだよ、未知。未知だから、できることだよ」
「……あー、もう。獅堂も七も、私に甘すぎるよ」
顔を合わせて笑い合う獅堂と七の姿に、唇を尖らせる。
あー、もう、幼児退行しそうになって困る。いつまでたっても、この人たちの傍は居心地が良すぎる、から。
「と、まぁ、話は戻すが」
「へ?」
「おまえの弟子だよ。弟子」
「あ、うん」
と、そうだ。
ただ気に入った、とか、面白そう、とかだったらわざわざ“私たちだけ”の空間では話さない。
騒がしいのが好きな獅堂だ。陸奥先生のことだって、逃がしはしなかったことだろう。
「ありゃ、厄介事を引き寄せやすい性質だ。今回の迷宮探索、何かしらの“対策”を取って置いた方がいいだろうな」
「あー、そうか、そうね。でも迷宮は四人以上のパーティーに牙を剥く。どうすれば良いかなぁ」
うーん、ひいき云々よりも、迷宮の性質のせいで引率は難しい。
魔導術で防衛する? いや、迷宮、というか異界でどんな現象を引き起こすかわからないな。
魔法なら……いやいやいや、いつ変身するつもりよ。死ぬわ。社会的に。
「ねぇ、未知」
「なに? 七」
「“それ”じゃ、だめなの?」
「うん?」
七が指さした先。
お腹を膨らませて転がる、黒い子犬。
「あ」
うん。
背に腹は代えられないし、挨拶も交わしてたし。
「ポチ。お仕事、お願いね」
『わんっ』
確かに、これ以上無い選択肢、かも。
2017/04/02
誤字修正しました。




