そのよん
――4――
異界の入り口に立つと、押しつぶされそうなほどの威圧感を感じる。
わたしの耳から、鳴り響く警告音が消えないような錯覚。
「ついに、来ちゃったね。夢ちゃん、有栖川さん」
「ええ、そうね。二人とも、準備は良い?」
「ああ、問題ないよ。いつでもいける」
夢ちゃんに言われて、わたしは改めてみんなの装備を見る。
夢ちゃんとわたしは、“魔導衣”と呼ばれるモノを身につけている。特殊加工された冒険専用の制服に着替え、ブレザーをベストに、ローファーをブーツに替え、全身を覆う外套をつけた姿だ。
これに、わたしは両前腕に六角形の小盾をつける、という補助型の一般的なものなのだが……。
「……なによ?」
夢ちゃんは、相変わらず不思議なものを持っている。
「ううん、なんでもないよ」
ボタンを押せばあめ玉が出てくるようなプラスチックのボックス、というのはスーパーに行けば一種類は売っていると思う。
そんなあめ玉ボックスを、わざわざ丈夫な素材でつくって無骨にしたような片手で持てる長方形のケース。中には、パチンコ玉がぎっしりと詰められている。
左手にそれを持ち、右手に持っているのは細い鉄パイプだ。この鉄パイプ、指揮棒サイズなのだが何故か布が隙間無く巻かれている、という不思議な仕様。
そして、目元には大きな防塵ゴーグル。気にするな、という方が無理がある。
実のところ、夢ちゃんの本気装備を見ることこそ初めてではないが、それをどうやって扱うのか見るのは初めてだったので、楽しみだったりもする。
「魔導衣っていうものは、格好良いね」
「そういう有栖川さんも、すごいね……」
「そう? 父様が作ってくれたんだ。ありがとう」
異能科にも専用の装備はある。だが、他に優れた装備を持っていて、学校側が許可をしたのなら、その格好でも構わない。
有栖川さんの装備も、そういった事情なのだろう。ブーツ、黒スト、ハーフパンツ、シャツ、半袖の上着。どれも特殊加工が施された一級品だ。
なにより目を引くのは、後腰に装着された、鎖が巻き付いたショートソードと、腰の両側に装着されたSFチックな二丁拳銃。よく見れば、右手首に煌びやかな腕輪がつけられている。ぶ、ぶるじょわじー……。
「そういうスズリも、その、個性的な装備だね?」
「っていうか鈴理。それって観司先生のじゃないの?」
「あ、あははは」
そう言われて、笑って誤魔化すしかない。
わたしの“頭の上”で装備の一部みたいになっている、黒いもふもふ。
もふもふなのにひんやりしていて気持ちが良いそれは、決して装飾品なんかじゃない。
『わんっ』
未知先生の使い魔。
契約魔獣の、“ポチ”は、何故かずっと、わたしの頭の上から離れない。
ここに来る途中、激励の言葉を投げかけていた九條先生ともすれ違ったが、なにも言われなかったのでいいのだろう。でも、未知先生……できれば、一言おっしゃってください。い、いいのかなぁ?
「ま、良いわ。確認もOKってことで、行くわよ、二人とも――」
「入り口でトロトロするなよ、絞りカスのグズどもめ」
「――あ”?」
後からそう言われ、振り返ると、白いベストの三人組。
異能科の男子生徒が、わたしたちに悪意を飛ばしてきたのだけれど……ど、どうしよう、慣れすぎちゃったのかな? 異能科の、エリートクラスだと思うのだけれど……危険性は、これっっっぽっちも感じない。
「有栖川さん。君もこんなのに関わらない方が良い。品位がおちる」
そう告げるのは、黒髪を適当にセットした男の子。
後の二人は、にやにやと見ているだけでなにもしてこない。取り巻き? なのかな。
「見村君、クラスメートといえど、私の友達を馬鹿にしないでくれるかい」
「友達は選べ、と言ってるんだよ。そんな絞りカスじゃなくて、僕みたいなエリートと付き合った方が君も――」
「選ぶよ。だから、君は友達ではない。私の友達は彼女たちだ。彼女たちを馬鹿にすることは、許さない」
「ちッ……許さない? はっ、言うじゃないか! で? 君はどう許さないつもりだい? 君の言葉で君の父親がどうにかしてくれのかい? ハハハッ、お笑いぐさじゃないか。君は稀少な能力に助けられているだけで、本当はどこの――」
見村君? の言葉。
俯く有栖川さんの、横顔。
鉄パイプを構えようとする夢ちゃん……って、それは待って。
「あの」
「――チッ、なんだよ、絞りカス」
彼の言葉は不快だ。
悪意に満ちている。
でも、それ以上に幼稚だ。これまでわたしに襲いかかってきた変質者たちのように、“他人の人生を欲望のままに蹂躙してやろう”という、極限の害意が見られない。
「録音、させていただきました」
そう見せるのは、ICレコーダー。変質者撃退七つの秘密道具の一つだ。
他にもスタンガン、防犯ブザー、催涙ガス、照明弾など色々あるが、装備できたのはこれだけだった。
「なっ!? こ、姑息だぞ!」
「後のお二人は、なにも言ってません。見村君に押しつければ、なんのおとがめも無いと思いますよ?」
でも、でもだよ。
ちっぽけな悪意だとしても、悪意は悪意。
それを向けたら“どうなるか”っていうのは、誰もが知っておかなければならない。誰しも、自身の尊厳を脅かすナニカとは、戦わなければならない。
「ひどいことを言わなければ、これは消します」
わたしがそう告げると、彼らは舌打ちをして去って行く。
「スズリ……ありがとう」
「鈴理、あんた図太くなった? やるじゃない」
「えへへ。実は録音できてなかったんだけど、どうにかなっちゃった」
そう、実のところ、迷宮の電波にでも影響されたのだろうか。
録音なんかまったくできていなかったから、再生してみせろと言われたら危なかった。
けれど人間、どーどーとしていれば、けっこう信じてくれたりする。
「さて、余計な時間をくっちゃったけど、行こっか!」
「うんっ」
「ああ、よろしく、リーダー」
『わんっ!』
そう、気合いは十分で入った迷宮。
だけど、資料ではわからない、肌で感じる“空気”に、わたしたちは思わず足を止める。
さっきまでは初夏の熱に当てられていたというのに、ここはどうだろう。“雲に覆われた空”。“ビルよりも背の高い木”。“見たこともない植物”。“じめじめとした肌寒さ”。
気温も、環境も、生態系ですらなにもかも違う。言葉通りの“異界”であり、こんな環境が幾つも続くのが“迷宮”であるのだという。
「ここから出てきたんだ……」
「石畳を歩いていたはずなのに、出てきたのは木の洞? 笑えないわね」
「ユメ、スズリ、気をつけて。いっそわかりやすいほど危険みたいだね」
有栖川さんの真剣な言葉に、頷く。
油断できない場所で息をする事って、こんなにつらいことだったかなぁ。
「ミッションを確認するわよ」
「うん!」
「この第一層中腹には、ひときわ目立つ木がある。その木の葉は青白く、炎に当てても燃えないから、特殊な繊維に使われる。これをひとり十枚、持って帰ること」
「ああ!」
気合いは充分。
空回りなんて、している暇はない。
「んじゃ、行くわよ! 作戦は、探知で潜行、適宜戦闘で! 【術式開始・形態・探索・展開】!」
「はいっ!」
実のところ、わたしも夢ちゃんも後衛型だ。
だから並びは、有栖川さんが先頭、真ん中に夢ちゃん。後にわたし。普段は横並びで移動して、探知に合わせて直ぐに陣形を移動する。
正直、わたしは作戦立案はさっぱりなのだけれど、夢ちゃんは後ろから指示を出すのは得意だといって、この役目を買って出てくれた。
……うう、面目ないです。
「――未確認生体。有栖川さんと鈴理は警戒。【展開】」
夢ちゃんの言葉に、身体を緊張させる。
見上げれば、上空。奇声を上げながら飛びかかってくる、二つ首の鳥。
その鳥はわたしたちを補食しようと滑空――仕切る前に、首の付け根に風穴を開けて、墜落した。
「コンプリート。とりあえず、私が一番温存きくから雑魚はこれでいくわよ。……って、どうしたの? 二人とも、口開けて」
「す」
「す?」
「すごいよ夢ちゃん! あんなことできるんだ!」
「いや、本当に。私が銃を抜くより速いんだな、ユメ」
夢ちゃんは、鉄パイプを向けて一言唱えただけ。
なのに、あっという間に倒してしまった。
「そ、そう? 一族秘伝だから詳細は内緒だけど、この程度なら任せて」
「なら、私も負けてられないな」
そう、有栖川さんは口角をあげてニヒルに笑う。
おお、この表情はわたしや夢ちゃんじゃ似合わない。かっこいい。いいなぁ。
「それなら、ちょうどいいね。第二波、十二時の方向、来るよ!」
夢ちゃんの言葉に、我に返って前を見据える。
見渡す限りの大樹。気配を感じるのは、斜め上!
「【起動】!」
「【術式開始・形態・防御・展開】」
わたしが防御陣を展開するより早く、有栖川さんが二丁拳銃を抜き、ワードを唱える。
引き金を引き、発射されるのは銀光の弾丸。降り立つナニカの胴を易々と貫く。
『キシャアアアアアッ』
「【展開】」
同時に、貫かれたそれの背後から出てきたもう一体は、わたしの防御陣に弾かれ、夢ちゃんの弾丸に打ち抜かれる。
「……えっと、猿?」
「に、似たナニカだね。こんな極彩色かつ手が四本もある猿は、故郷にもいないよ」
「ロシアってどんなところよ。似たようなのがいるの? まぁいいわ。ガンガン来るわよ。作戦変更、鈴理は中央で防御を! 私と有栖川さんは中距離遊撃!」
「りょーかい!」
「任せて!」
夢ちゃんの指示に合わせて、有栖川さんが二丁拳銃を構える。
その背中は堂々と自信に満ちていて、なんだかかっこいい。
「【炸裂】!」
「【展開】!」
有栖川さんが、当たると爆発する弾丸を連射。
夢ちゃんが、針の穴を縫うような精密射撃。
波のようにやってくる猿の魔獣を退けながら、わたしは防御に集中する。
(よし、ここなら――斜め!)
平面に張った結界の角度を微調整。
弾かれた猿の魔獣が有栖川さんの炸裂弾に巻き込まれるように調整すると、単純思考の彼らはびっくりするほどうまいこと、自滅してくれた。
「鈴理もやるじゃない」
「この調子でサポートは任せたよ、スズリ」
頼ってくれることが嬉しくて、思わず笑顔で頷き返す。
まだまだ先は長いけど、うん、これならなんとかなりそうかも?




