そのに
――2――
犯人の出る時間帯は、だいだい絞られている。
部活動で遅くなった生徒たちが帰宅を始める。午後五時半から七時の間、といったところだ。
生徒たちに呼びかけ、集団行動を心がけさせてはいるが、夏には一般校との大会も控えているため活動停止も呼びかけづらい。
そうなると、必ず集団行動できずにあぶれた生徒もいるので……そう、“見せかけて”罠を張る。
「準備は良いですか? 陸奥先生」
『はい!』
そう、声まで錯覚させて頷くのは、“童顔の女子高生”の皮を被った陸奥先生だ。
犯人が付け狙ったイメージを元に、理想の女子高生イメージを作成。これで犯人を追い立てる予定、なのだが……。
「どうみても、笠宮さんなのよね……」
茶色の髪は、砂糖菓子のようにふわふわ。
鳶色の瞳は、アーモンド型で愛嬌があり、大きくぱっちりとしている。
優しそうな雰囲気を助ける幼さの残る美少女顔で、体つきも比例するように華奢だ。
そう、私の正体を知る唯一の女生徒。
笠宮鈴理。囮として制作された姿は、帰宅部で犯人に狙われようもない生徒である、笠宮さんにそっくりなものだった。
というか、頻繁に私の元に補習しに来る笠宮さんを毎日見ている身としては、陸奥先生の主観により美少女補正が発生する幻覚よりも、実物の方が可愛いといえるほどだったりする。どうなってんだ。
『観司先生?』
「いえ。なんでもないです。それでは私は後ろから伺っていますので、よろしくお願いします」
『はいっ、任せてください!』
気合いは充分なのか、軽い足取りで歩いて行く陸奥先生。
私はその後方で、陸奥先生が張ってくれた姿を消す能力で、ついていく。
うーん、こうして見れば見るほど笠宮さんだ。笠宮さんは男の夢を実現しすぎだろう。うらやまげふんげふん。
小雨がぱらつく中、笠宮さん風の陸奥先生が、こころなしかおどおどしながら歩いている。そんな仕草までそっくりとか、どうなっているんだか。じっと“彼”の行き先を見つめる私は、そう、ぼんやりと感想を思い浮かべていた。
「さて、と。私も念のため――【術式開始・形態・探索・展開】」
中型以上の生体の有無しかわからないため、犬猫なんかもサーチに引っかかってしまうが、それでもないよりマシな探索レーダー魔導術を展開する。
脳内に地図と、青の丸と緑の丸と黄の丸が表示される中々の優れものだ。
さて。
どうか、ここでひっかかってほしいものだけれど……。
どの程度歩いた頃だろうか。
雨脚が強くなって来た頃。脳内の地図に黄色の丸が映り込む。蛇行しているような、どこか不自然な動きだ。猫、ということも考えられるが……少し、様子を視てみる。
黄色い丸は街路樹の傍をうろうろとしているが、私の位置からではなにがあるのかわからない。そう、見守っていると、黄色い丸はぴたりと動きを止め、やがて陸奥先生から離れていった。
うーん、やっぱり犬猫だったか? 気になるけど、もう少し黄色い丸の動向を見守ったら、今日は諦めた方がいいかもしれない。
なんて、諦めかけたとき。
黄色い丸が急に動きを速めて移動する。
「陸奥先生!」
呼びかけながら丸を追う。
その先にあるのは、離れたところからぽつんと近づいてきていた、もう一つの丸だ。
丸の色は緑色。かつてどこかで私が認識したことがある生徒か、先生か。先生だったらまだ良いが、生徒だったら“もしかして”もあり得る。
「キャァァァァっ」
――悲鳴。距離を確認。
「【速効術式・剣弾・影縫い】」
――術式を即時選択。射程認識。
「【展開】!」
――目標固定。剣を象る影の弾丸!
黒い剣状の魔導術が、未認識の存在に飛来する。
だが、影すら見せなかったそれが捉えられることはなく、舞い散る木の葉の影を縫い止めるだけに終わった。
惜しい、が、救出という役目は果たした。
「大丈夫?!」
『無事ですかっ……あ、あれ?』
私と、未だ美少女モードの陸奥先生が駆けつけた先。
幸い、どうこうされる前だったのだろう。切り裂かれたビニール傘を手に座り込む、“見慣れた”女子高生の姿。
「観司先生と……え? あれ? ええっと……い、生き別れの姉妹でしょうか?」
「笠宮さん……無事で何よりです、が、ええっとですね」
『ち、違うんです! ええっと、これはその』
うまく誤魔化せずに混乱する陸奥先生。
訳もわからず首を傾げる笠宮さん。
新たに舞い込んできた厄介事にため息をつきながら、ひとまず、笠宮さんに傘を差しだした。
「まずは、温かいココアですね。話はそれから、が、良いでしょう」
ううむ。
一筋縄では、いかないかなぁ。
2016/07/29
誤字修正、ルビ修正いたしました。
ご指摘のほど、ありがとうございます。




