そのさん
――3――
笠宮鈴理は居住区にある学生寮に住んでいる。
彼女の実家は都内でも海辺にあり、実家から通うのは遠かった、という理由だという。
通り魔に遭ったショックから落ち着いて貰うために雑談に興じたところ、そう、あっけらかんと話してくれた。
表面上だけかも知れないがさほどパニックになっている様子もなかったので、ざっくりと、陸奥先生が笠宮さんモドキになっていた理由も込みで説明すると、彼女はほわっと笑って頷いてくれる。
「なるほど、そうだったんですね」
「ご、ごめんね、笠宮さん。僕もまさか、笠宮さんそっくりになるとは思わなかったんだ」
「だ、大丈夫です! 昔から、変質者に好かれやすい容姿なんじゃないかなぁ、っていうのは気がついていましたしっ!」
「そ、それは大丈夫じゃないんじゃ……。み、観司先生、僕はこの子が割と心配です」
「ええ、わかります」
「ほぇ?」
のほほんとした笠宮さんの、その鋼のメンタルはどこから来るのであろうか。
そういえば以前、不良生徒に絡まれていたときも「慣れている」と発言していたし……。
うん、笠宮さんの保護についても同時進行で考えておこう。
「ところで、笠宮さんはどうしてあんな時間に?」
「み、観司先生――ええっと、実は、一人で復習をしていたら眠くなってしまって……」
「居眠り、ね……いえ、想定外だったわ」
「えへへ」
「えへへじゃないの。変質者のことは各クラスで呼びかけられているでしょう?」
「ごめんなさい」
しょぼんと反省する笠宮さんに、苦笑する。
まぁ、今後気をつけてくれれば良い。復習をして、頑張って授業に取り組むこと自体には好感が持てるしね。ただやっぱり心配だから、早く帰って欲しいけど。
「あの! 観司先生、陸奥先生」
「? どうしたの?」
「今回の件、わたしもお手伝いできませんか?」
覚悟を決めたような、そんな瞳で直訴する笠宮さん。
そんな彼女に私がなにか言うより先に、陸奥先生が声を上げる。
「だ、だめだよ! 危険すぎる!」
「でも……でも、放っておけば、他の人が犠牲になっちゃうんですよね」
「それを食い止めるのは、私たちの仕事です。笠宮さんが囮になる必要はありません」
「あ、あります!」
これ以上食いつかれないように厳しめに告げるが、笠宮さんに引く様子はない。
彼女に、何があったのだろうか。
「ええっと、僕じゃ頼りないと思っているのかも知れないけれど、笠宮さんに心配かけたりしないように、これ以上被害は出さないって約束する。そして、約束は“なにがあっても”守る。それじゃあ、安心できないかな?」
「そうじゃ……そうじゃ、ないんです」
笠宮さんは、そう、苦しげに首を振る。
なにが彼女をそうまでさせるのかわからず、私は彼女の目線に合わせて屈んだ。
「どうして、そこまでこだわるのか、私に教えてくれないかな? もちろん、無理じゃなければ――」
「十二回、です」
「――え?」
「三歳の頃から、物心ついたときから数えて、変質者に狙われた数、です。細々とした、不良の方に絡まれた数を含めると、幾つかわかりません」
ね、年一ペース……。
流石に言葉をなくして、顔が引きつる。
「最初は怖くて眠れませんでした。五回を越えると慣れました。七回目で真剣に対処を学びました。十回を越えて、全寮制の学校に通うことを決意しました。十一回目は、未然に防ぎました。今回が、十二回目です」
ふわふわの、砂糖菓子のような少女。
そう思っていた自分を恥じる。彼女は今日まで、乗り越えてここにいる。
「目をそらしてきたんです。自分が、変質者好みの容姿だってことに。でも、もう、目をそらしていたくありません。わたしに、戦うチャンスを下さい……っ」
「笠宮さん……。そう、そうよね」
――まだ、私が魔法少女だった頃。
強かったから、能力があったから、だから惰性で戦っていた、小娘だった頃。
どうしようもなく強い敵が現れて、怖くなって、戦いから逃げて、逃げた先で傷つく人たちを見たときに、やっと逃げる意味を知った。
自分が持って生まれたモノ。授かって立ち上がったモノ。全てから逃げるのはとても簡単で、だからこそ、逃げて戦うのは難しい。
このふわふわで、心優しい少女がそれを望むのなら、先達者としてできることはなんだろう。
「陸奥先生、ごめんなさい」
「いいえ。僕は、観司先生を誇りに思います」
「言い過ぎですよ、もう」
肩の力を抜いて、頬を緩める。
笠宮さんは緊張に肩を強ばらせ、ぎゅっと唇を噛んで、それでも目を瞑ろうとはしなかった。
「無茶はしないこと」
「ぁ――――はいっ!」
「絶対、私と陸奥先生の約束は守ること」
「はい、はいっ」
「それから――自分の身を、一番優先すること。約束、守れる?」
「はい! ぜったいに守り抜きます!」
強く頷く笠宮さんを見て、それから、優しく目を眇める陸奥先生を見る。
なら、良い。力強く共に居てくれる人が在るのならば、頑張れる。
「決戦は明日の金曜日。お休み前に片付けましょう」
「はい!」
「はいっ」
魔法少女じゃなくたって、私は、先生なんだから。
2016/07/29
誤字修正いたしました。
ご指摘のほど、ありがとうございます。




