7月27日 ―6―
――歌い終わった。色々、無理なんじゃないかとか考えていたが、歌ってみれば呆気ないものだった。歌い始めると俺の言語能力も正常に機能してくれるらしい。いつも通りに歌うことが出来た。話すのは文字通りお話にならないのに。
今度から人と接する時はミュージカル調にしようかな。そうすれば円滑なコミュニケーションが――駄目だ、ただの変人だろ、それ。むしろコミュニケーションを阻害する気がする……。昔はここまで酷くなかったんだが、どうにかならないだろうか……。
さて、とにかく、歌はいつも通り。つまり、上々の出来だ。結果を確認しよう。自分の歌は自分じゃ良し悪しもわかり辛くて、評価出来ないからな。気を落ち着けて二人の方を見ようとする。
「なーなー、兄ちゃん! すごく歌うまいな! うまくないとこまるなーとは思ってたけど、本当にこんなにうまいとは思わなかったよ。兄ちゃん、あたしと一緒に歌って!」
いつの間にか、赤髪幼女が隣に座ってこっちに身を乗り出していた。
近い!
少し驚いてしまった。おまけに、デュエットのお誘いを受けた。しかし、褒められるのは悪い気はしないが今重要なのは、この子の評価じゃない。どちらの歌も聞いたお姉さんの評価だ。ちょうど、そのお姉さんが口を開いた。
「私は……アリアの歌が、今のお兄さんの歌に劣っているとは思えないかな」
……そうか。あえて同じ歌にした分、優劣もはっきり出るとは思っていたし仕方がない。この子には悪いけど勝てたらいいなー程度の期待しかしていなかった。俺にやる気がなかった訳じゃなくて、それだけこの子が上手かったということだけど。ごめん、俺は力になれなかったみたいだ。
「なに言ってるの? 彩ねえ、ホントに今の歌聞いてた?」
「聞いてたわよ。結果、アリアの歌が劣っているとは思えないって言ったの」
「そんな――」
「でもね、お兄さんの歌がアリアの歌に劣っているとも思わなかった」
「へ?」
へ?
どういうことだろう。お姉さんは、さも困ったと言わんばかりに軽く頭を掻きながら言葉を続ける。
「参ったわね。歌が上手い人なんてそこらじゅうに居るのね、知らなかった。アリア程に歌える人なんて、そうそう居ないと思っていたのだけど。……はぁ、アリアの方が上手いって言って、すんなりこの話は終わるはずだったのに……」
「彩ねえ、言ってることよくわかんない。決められないから勝負は引き分けとか言うつもりかな?」
「そうよ。二人の歌に優劣をつけるなんて、私には荷が重い。勝敗については私の負けでいいわよ。本当に参ったわね」
「ホント? ……やったー、兄ちゃん! 彩ねえに勝ったよ」
そう言うと、俺の手を取ってとび跳ねて喜ぶ。俺の腕まで一緒になって跳ねた。
「あ、……え、えと、よかっ、たね」
俺自身もお姉さんの言葉は未だに信じられなかった。この子の歌と同等? そんな訳ないだろうに。気を使ってくれたのだろうな。
「それで、アリアが勝ったのだけど。どうしたいの?」
「えっ、えーっと、どうしたかったんだっけ?」
こっちを向いて俺に尋ねてきた。もちろん、この子がわからないのに俺が知る訳がない。記憶が確かならば負けた時の話はしていたが、勝った時の話はしていなかったと思う。
「なら、もういい? ほら、アリアの番でしょう。曲入れないと」
「ま、待って。やってもらいたいことがあるよ! これは、きっと勝ったときの希望ともそんなに違っていないはずだよ」
「何? 出来ないことは出来ないわよ?」
「そんなに、難しいことじゃないよ」
そう言って、俺を見て続ける。
「この兄ちゃんを次にじいちゃん達の所に行く時に、連れてくことに決めたよ。だから、説得して」
俺? お爺さん達の所ってどこ? 説得より先に説明して。
「私言ったはずよね。出来ないことは出来ないって」
「出来ないことじゃないよ! せめて努力してから言ってよ!」
「だいたい、お兄さんに迷惑でしょう?」
「だから、説得してって言ってるんじゃん!」
「オニイサン、コノコトイッショニオジイサンタチノトコロヘイッテクレマセンカ?」
お姉さんは説得を試みた――しかし、お姉さんの言葉は俺には届かない。もの凄い棒読みだった。
「えっと、……よく、その、話、み、見え、ない、……です」
「駄目だったわ、アリア。私の努力は水泡に帰した」
お姉さんが、女の子の下に崩れ落ちる。もしかして、お姉さんは落ち着いている風だが、愉快な人なのかも知れない。
「彩ねえ! あたしのこと馬鹿にしてるでしょ!」
赤髪幼女は、目に涙を浮かべてお姉さんを睨んでいた。
「そんなこと――あるわね」
「むー、彩ねえなんか、道端でばったり出くわした女子高生に“おばさん、お金貸してくんなーい?”って言われればいーんだ!」
「誰がおばさんよ! 本当にそんなビッチが居たら、私には前科が付くわね」
ビッチって……。というか話逸れてますよー。
「うっ、彩ねえが犯罪者になるのはやだなー」
「あら、そうれはどうも。さて、お兄さんとはお話しておくから顔洗ってきなさい。目が真っ赤よ」
「え? ホント?」
「ええ、ホント。こうなるとは思っていたしね」
「ぜったい? 嘘じゃないよね?」
「しつこい! 本当だって言ってんの! さっさと行け!」
怒鳴られて、赤髪幼女が背筋をピンと張った。このお姉さん怖いです。
「うー、怖いよ彩ねえ。……じゃあ、お茶を摘みに行ってきます。後は頼んだよ、彩ねえ」
そう言って、部屋から出て行った。お茶を注ぐの間違いでは? あれ? でもグラス持ってないし、顔洗いに行ったんじゃなかったっけ?
「お茶じゃなくて、お花でしょう。茶摘みって何しに行ってんのよ……」
お姉さんがぼやいていた。どうやら、お花を摘んでるので見かけなくても探さないでね的なあれだったみたいだ。確か登山用語で、由来は花を摘んでいる姿に似ているからだったとか。茶摘みって立ってやるよな……。いや、これ以上考えるのは止めよう。気になる人が調べればいいんだ。