7月27日 ―7―
「さて、アリアに頼まれてしまったので少しいいですか?」
「はっ……はぃ」
今日初めてお姉さんに話しかけられた。その事実に緊張が膨れ上がり、少し声が掠れてしまった。ちなみに、先の棒読み説得はノーカンとさせてもらいたい。
「そんなに緊張しないで下さい。私まで緊張してしまいます。えっと、じゃあ、アリアのお願いの話でしたね。あっ、名前まだ言っていませんでしたか。自己紹介でもして緊張をほぐしましょうか」
そう言ってはいるが、お姉さんが緊張しているようには見えない。どうやら、気を使わせてしまったみたいだ。
「えと、……はい。あの、……山田、太郎って、……言います。き、緊張も、その、あるかも、です。けど、喋るの、……苦手、なので、その、すいま、せん」
「そうなんですか。こちらこそ、ごめんなさい。余計なこと言いましたね。えっと、それで、お名前は山田太郎さんですね。……山田さん、……太郎さん。……えっと、太郎さんって呼んでいいです?」
全然余計じゃないです。とか言えないので返事だけ返す。
「あ、はい」
淡泊な返事の理由がもう一つ。綺麗なお姉さんに名前の方が選ばれたのが、少し嬉しくて舞い上がっている自分が居た。どこかに飛んで行ってしまわないように手綱を握るので一杯一杯――冷静な自分が呼び掛ける。声に出してたあたり、ただ呼びやすかっただけじゃね?
「じゃあ、太郎さん。私の自己紹介がまだでしたね。橋本彩華です。彩りに華でサイカです。みんな、彩の字を取ってアヤって呼ぶので太郎さんもそうして下さい。親まで呼ぶんですよ。だったら最初からアヤカって付ければ良かったのに。まったく」
最後の方は愚痴みたいになっていた。しかし、アヤさんだと思ってたな。サイカさんね。あれ? でもアヤさんって呼ぶんだったら、本名がわからなくてもいいのか?
「はい、……えっと、彩さん、……ですね」
「はい。よろしくお願いしますね。アリアには後で、自分で自己紹介させましょう。じゃあ、今度こそ本題に入りましょうか」
そう言って、彩さんは赤髪幼女のお願いの内容について話し始めた。
「えっとですね――アリアは介護施設で太郎さんに一緒に歌って欲しいんです」
いきなり無理難題を吹っ掛けられた。
ふう。この話は最早、聞いても無駄だろう。断るための言葉を考えておく必要があるな。
「話見えないですよね。今から説明します。アリアは介護施設や児童施設といった所で、ライブというか、公演というか、カラオケ大会というか、そういったことをやっているんです」
なんか三つ出たけど最後のだけ敷居低そうだな。結局どれをやっているんだろう?
「もともとは、アリアのお母さん――エレナさんって言うんですけど。エレナさんがやっていたことなんです。エレナさんも歌が凄く上手いんですよ。介護施設で働いていたんですけど、そのときにお年寄り達と一緒に歌ったことがあって。それ以来お年寄り達から歌って欲しいとお願いされるようになりました。それで勤務先の介護施設で定期的にエレナさんが歌う場が用意されるようになったんです。エレナさんは皆が喜んでくれるからやっていて楽しいって言ってました」
なんだか、カラオケ大会が一番近い気がしてきたな。それにしても、お母さんがやっていたことを今はあの子がやっているのか……。何かあったのだろうか?
「でも、三年前にエレナさん、倒れてしまって。快調に向ってはいるのですけど、まだ病院に居るんです」
なるほど、それでなのだろう。
「えと、……お母さん、の、……代わり、に?」
「はい。ただ、今はエレナさんの代わりだとは考えていないと思います。エレナさんが元気になっても、あの子は続けるでしょうから。最初はエレナさんの代わりを務める使命感だけ、だったみたいですけど。ある日、他の施設の施設長さんが来ていてウチにも来て歌って欲しいと誘われることがありました。エレナさんなら絶対に断らないって、アリアはそこへも出向くことになったんです」
凄いな。まだあんなに小さいのに、母親の代わりに自分と一回り以上に歳の離れた人達の前で歌って、望まれて、また歌ってとやってきたということになる。俺には考えられないな、そんなこと。
「幸い、新しい場所でも無事に受け入れられて上手くやっていくことが出来ました。それが嬉しかったのか、あの子は自分の活動の場所をより広く求めるようになっていったんです。この頃にはもう、エレナさんの代わりなんて考えはなくなっていたと思います。それを見たウチの父が『彩』という団体を勝手に立ち上げて、父を窓口として勝手に依頼を受けるようになりました。父は無駄に顔が広いので、月に数回位の依頼を常に持って来ていて、今回、太郎さんに一緒に来てもらいたいのもその内の一つになります」
えと、つまり、歌を提供するサークルみたいなものを作っていて、そこには月に数回くらいのオファーが来るという。そして、そのオファーの一つに俺が飛び入りで参加する、と。あれ、カラオケ大会なら敷居低そうだと思ったけど、敷居上がってませんか? あと彩さん、お父さんのこと嫌いですか?
「あの、それって、……俺が、その、混ざって、……いいん、です、か? お、俺も、……『彩』に入、る、……っていうこと、ですか?」
「今回は特別共演者とでも言って出てもらうことにするんじゃないかと、たぶん。そのあたりの細かいことは、無駄に仕事にそつが無い父が何とかしてくれると思います。……あの、団体って言っても、アリアと私、あと父ともう一人だけですから大したものじゃないんですよ。だから、仮に入ってもらうことになってもそんなに身構えないで大丈夫だと思います。――それにしても、そんな事を聞いてくれるっていうことは脈ありだと思っていいんですか?」
絶対断ろうと思っていたけれど、母親の話があったのが良くなかった。母さんは俺の目標だ。その母さんにここで聞けば、迷わずやれって言うんだろう。きっと『とりあえず、やれ。やってみなきゃわからないだろ? 楽しくなきゃ、楽しくすりゃいい。それでも無理なら、止めちまえ。楽しいは正義だ』とか言うに決まっている。
……こんなこと考えてるから断り辛くなる。
「えと、少し、……考えさせ、て、……その、下さい。あの、……やってる、ことって、あの子が、う、歌う、……ことだけ、ですか?」
「そうですか。まあ無理を言っているのですから、そのお返事を頂けただけでもありがたいと思います。そうですね、えっと、活動は基本的にはアリアが歌うだけなのですが――宣伝だとか言ってたまに休日の公園でゴミ拾いとか、ボランティアみたいな活動もしてますね。宣伝になっているとは思えないのですけど。『彩』の名前も出さずにゴミ拾いするだけですし。そもそも公園で名前売っても依頼は来ないと思いますし」
先程から、たどたどしい質問に彩さんは丁寧に答えてくれている。申し訳なくなってくるが、もう少し話を聞いてみたい。
「はあ、……えと、大変、そう、ですね。あの、……大体、話、は……わ、わかり、ました。でも、一つだけ、……その、わからない、ことが、……あります」
「何でしょうか?」
「今、何か、……問題でも、あります、か? お、お話から、あの子だけで、十分に……、その、やれている、そんな、……えと、印象を、受け、ました。お、俺、やる意味、……その、あり、あり、ますか?」
「そうですね。意味は十分にあると思います。いくら上手くても、力強く歌えても、あの子の歌声は女の子のそれなんです。歌を聞いてくれる人が増えていく一方で、あの子の声に合わない曲も歌う必要が出てきました。あの子の声に合うように曲を少し変えることもあるのですが、歌を聴きに来ている人、みんなが満足いくようにはならなくなってきています。……あー、なんか知ったようなこと言ってますけど、今までのことは全部受け売りです。『彩』メンバーの亮さんという人が言っていたことです。それで、そのことをアリア自身が痛感しているみたいで、亮さんに相談していたのですけど……」
「えと、……つまり、だ、男性の、歌声が、その、ひ、必要と、いうこと、……ですか?」
「そういうことみたいですね。あまりわかってないですけど、男声が加わることで出来ることが広がるそうですよ。ただ、歌が上手くないとアリアとの落差が出てしまって良くないそうで、頼める人が居なかったんです。亮さんも、いやー、僕には荷が重いなーって言ってました。そうしたら今日、条件を満たす方が居た訳ですね」
彩さんが言い切り、静かに俺に視線を送った。
行き当たりばったりで書いたのを後悔しました。
良く分からない理由付けで話を進めています、ごめんなさい。
だめだなぁ、自分。




