9月 ―4―
ドリンクを取って部屋へ。
ちょうど空いていた部屋は、二ヶ月前にアリアちゃん達と相部屋をした部屋だ。あの時も確かこの部屋しか空いてなかったんだよな。あの時は久々のカラオケだったからかなり楽しみにしていた。
今日は一週間後の本番に向けてリストの曲でも歌って帰ろう。
先週に、一度合わせた時にはもう皆かなり仕上げてきていたな。この時期に上手くいってませんじゃあ、困ったことになるのだろうけど。
それぞれ、自分の担当はちゃんとこなせる様になってきていた。かなり楽しい舞台になると思う。今から俺自身、楽しみで仕方がない。そういう訳で、学園祭の前に自分で流れを確認して通しておこう。学園祭でやる曲を一曲目から順番に予約する。
一時間ぶっ通しで歌った。曲の順番とかも佐橋さんのセンスがいいと、改めて思わされる。激しい曲と静かな曲のバランスとか、時間帯におけるその分量とか。
しかし、学園祭で俺らが一時間も舞台を使っていいのだろうか? まあ、俺の知ったことじゃないか。
さて、この後はどうしようかな?
この部屋に来ると、アリアちゃん達と会った時を思い出す。佐橋さんに、「相部屋でいいお客さん来ちゃった♪」って言われて、対策を練っていたところで――。
ガチャ――。
そうそう、この音がして二人と入口付近で対面したんだったな。
「兄ちゃん。何してんの? 歌わないの? 何年もそうしていたみたいに見えるけど……」
「アリア、何じゃないわ。あれは思い出に浸っているのよ」
「え?」
声に思わず顔を上げる。
入口に、良く見知った黒髪の綺麗なお姉さんと赤髪幼女の二人組が居た。
「兄ちゃん、浸れる程、思い出あるの?」
「その疑問は失礼じゃないかな! あるよ、それくらい!」
「そうよ。最近だって、一生モノの想い出を作ったばかりじゃない」
彩さんはやっぱり良くわかってる。
そうだよ。二人にに会ってからのことは大事な思い出ばかりだから。
「女装して接客なんて忘れたくても忘れられないでしょ?」
それは違うよ! ただの忘れ去りたい過去だから!
「確かにそうだね、彩ねえ。でもさ、その思い出って浸れるの?」
「え? あ、ああ。そうね。浸れる、んじゃないかしら? 太郎さんクラスになると」
「その俺は別格な風に言うの、ベクトルが嫌な方を向いているから止めてくれないかな? そもそも、何しに来たの?」
そう、何でこの二人、ここに居るのだろうか? 相部屋キャンペーンでもあるまいし。
「兄ちゃん、馬鹿だなー。カラオケしに来たに決まってるじゃん。だいたい、兄ちゃんが悪いんだよ? 困るよ、カラオケ行くなら言っといてくれないと」
「ご、ごめん?」
何で謝ってるんだろう? 俺がカラオケに行く報告をアリアちゃんにするなんて決まりはなかったはずなんだけど。
「別に今まではそんなこと言わなかったじゃないか。それに何で俺の部屋?」
「彩ねえ、兄ちゃんが口ごたえするよ」
「それ、使い方間違ってるよ、アリアちゃん。口ごたえは正しくは、目上の人に逆らって言うこと、だよ」
「彩ねえ、兄ちゃんがあたしより上に立っている気でいたよ」
え? 駄目なの? 目標ではあるけど、ヒエラルキーでは同等だと思ってたのに!
「事実はどうであれ、相手をどう見るかは本人の自由よ。事実はどうであれ、ね。そこは余裕を持って、受け流してあげた方が格好良いわよ、アリア」
「なるほどー。じゃあ、そうするー」
「酷い。それ、彩さんとアリアちゃんだけじゃなくて、『彩』での共通見解だよね!」
「あら? なら問題ないじゃない。『彩』の共通見解なら、太郎さんの見解でもある訳よね」
「……これからは口ごたえしません」
もういいよ、それで。
「駄目よ、それじゃあ。イエスマンとお話しても面白くないじゃない」
「そうだよねー、彩ねえ」
「俺に何を求めてるの!」
「あたしは、兄ちゃんが楽しければいいよ?」
「私もね。それと、まだまだ私の目標であり続けて欲しいわね。太郎さんの頑張ってる姿を見ると私も頑張れるから」
「……急にそういうこと言うの止めて。切り替えに付いていけないから」
「切り替えとか要らないのに、ね。彩ねえ」
「そうよね。こういうのは冗談と混同しちゃわないと言うの恥ずかしいものね。太郎さんがいつも通りに返してくれないとこっちが照れるじゃない」
「……ごめん」
何これ、俺が悪いの? 本当に、そうなの?
「それより、ここに来た理由だったわね。理由は三つよ」
「三つも?」
「ええ。一つ目は、家に帰った時に母さんに太郎さんがカラオケに行ったって教えられて、たまには一緒に行ったらって勧められたから」
「二つ目は、あたしが行きたいって彩ねえにせがんだからだよね。帰ってきたら兄ちゃん居ないんだもん。家を出た時から兄ちゃんの部屋に入るのは決めてたから、部屋が満杯でここに来た訳じゃないよ」
「三つ目は、私がやりたいことがあったから。太郎さんと一緒じゃないと出来ないのよ。いい機会かなと思って」




