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7月29日 ―17―

 少し長く話したから、いい加減、力も入るようになってきた。

「そろそろ、体も調子戻って来たから、佐橋さん達の所へ、行こうか?」

「本当に? まだ休んでてもいいわよ?」

「いや、大丈夫。佐橋さんが、回復したら来いって、言ってたし」

「ところがどっこいってねー。今日はもう帰ることになったから来なくていーよー」

「なっ! 唐突に現れないで下さいよ、佐橋さん。慣れないです」

 いつの間にか部屋の前に居た佐橋さんが声をかける。

「太郎さんの言う通りよ。なんとかならないの?」

 そう言う割に、平然とした声で彩さんが尋ねた。

「僕としては普通にしてるだけなんだけどなー。どうしたらいいんだい?」

「もう少し、現れる前に存在感を臭わせてくれませんか?」

「それこそ僕はどうしたらいいんだい? もっとわかりやすく言ってよ」

 そうだな。喋りながら近づいてくるとか? でも、一人でそれはただの変人だし。えっと、足音とかかな。

「体臭とか、かしら?」

「いや、別に直接、臭わなくても」

 年頃の女性が平然と体臭とか言わないで欲しい。もっと他にあったでしょ?

「それで、いつから居たんですか?」

 突然現れるから本当にいつ来たのかわからなかった。

「いやー、太郎君が、実は俺――Mなんだ。ってカミングアウトしたあたりから、かな?」

「そんなの、するつもりないです!」

「つもりがないだけなの?」

「ごめん、違う。事実が無い」

 彩さんが、もしかして! みたいな感じで聞いてくるので、すぐに訂正する。

「あら、ごめんなさい。隆昭さんの血縁だし、そうかと思っちゃった」

 またしても、親父か! そんなもんが遺伝してたまるか! もし、万が一、仮に、俺がMだとしても、親父の血が理由なんて絶対に認めない。

「まあ、いいじゃないか。それより、太郎君が大丈夫なら帰るよ。頑張った太郎君が倒れちゃったから、アリアちゃんも居ないし今日は話をする時間はなしでって事に決まったから。お爺さん達も、まあ無理してもらってもねって言ってくれたしねー」

「俺、もう平気ですよ」

「こっちが平気じゃないんだよー、太郎君。もう一度決定をひっくり返して集まってもらうとか、向こうも困るでしょ?」

 ……その通りですね。

「いいじゃない。今日のところは帰って、また今度ちゃんと挨拶しましょうよ。アリアと一緒に。ね?」

 彩さんに言われて素直に頷く。どうしても、という訳じゃない。佐橋さんだけが困るならどうでもいいが、そう言う訳でもない。なら、今日は大人しく帰るのがいいだろう。

「なら、行こうか。譲司さんは先に車の方に向かってるから。ところで太郎君は本当に大丈夫なのかな?」

 佐橋さんが、俺の体調を気遣ってくれた。

「はい。休ませてもらえたのでだいぶ良くなりました」

 それを聞くと、俺を立たせるために右手を差し出してくれる。

「なるほど、それは良かった。それじゃ―――」


 ―――。

「佐橋さん。俺、さっきまで力が入らないって、休んでたんですけど……」

 自分で先程、もう大丈夫と言った気がするがついそんなことを口にしてしまった。そう言う俺は、アンプとマイクを抱えて、佐橋さんと彩さんに付いて介護施設の入り口に向かっている。

 佐橋さんがアンプを片したと聞いて車まで持って行ったのだと思っていたが、佐橋さんに言われて見れば部屋の隅に鎮座していた。

「いやー。でもそう言いながら、ちゃんとアンプ持って来てくれるあたりは流石だよねー。まあ、厳正な勝負の結果だから仕方ないよ」

 何が厳正な勝負だ! 来たときも聞いたが、ふざけんな!

 佐橋さんが差し出してくれた右手を俺も右手で取ろうとしたら突然、親指以外をそれぞれ組み合わされた。そして、気付いた時には親指は佐橋さんの親指に組み伏せられていた。佐橋さんの口がカウントを刻み――強制的に指相撲がスタートしていた。

 結果、行きと同様に勝負に負けた俺がアンプを運んでいる。もちろん抗議はしたがすぐに諦めた。何を言っても暖簾に腕押しな感覚が拭えなくて、文句を言うのが馬鹿らしくなってしまったから。

「亮さん。安定して穢いわよね」

 少し呆れた感じで彩さんが言う。そう言いながらも俺が抗議している間は黙って、……いや、俺が必死に文句を言う様をクスクスと笑いながら眺めていた。彩さんも大概だと思う。

「穢いなんて人聞きが悪いなー、彩ちゃん。僕はいつでも必死なだけだよ、僕のためにねー」

 その言い草が余計に俺の神経を逆なでする。

 何と言おうが、卑怯者でしかないんですよ。今日は麗華さんのことに、行きにアンプを運んだこと、それに今と。いつか一矢報いてやるので覚えてやがれ!

「太郎君。そんなに熱い視線で見つめられると、いくら僕でも照れてしまうよ。暑い暑い」

「冷たくしてやろうか!」

 我慢の限界でつい、怒りが言葉になってしまった。

 心の臓を止めれば、いい感じになるんじゃないかな!

 だが怒り心頭の俺を余所に、隣の彩さんは声を上げて笑っていた。

「――、はぁー。あら、ごめん、太郎さんと亮さんのやり取りが新鮮というか、仲良さそうで羨ましいというか」

「最初に言ったじゃんかー。僕と太郎君はマブだってー」

「寝言は寝て言え、ばいいんじゃないかな、佐橋さん。それより彩さん。こんなのが羨ましいなんて」

 頭おかしいんじゃないの? イライラしか募らないですよ?

「頭おかしいんじゃないの? って顔で見ないで欲しいわ。前は気にしないようにしていたし、気にならなかったけど、もう決めちゃったから。今じゃ、そういう風に出来る相手も身内しかいないし。だから羨ましいの」

 そう言えば、俺と同じで人と関わるの止めたんだったな。まあ、その前から俺はそんなに地を外では出さない奴だったけど。佐橋さんはかなりレアケースだ。羨ましがられても、そんなの俺だって親父と佐橋さんしかいない。

 身内っていうのは、きっと『彩』の人達のことだろう。それだけでも、俺より人数が多い。そう思ったら、高望みなんじゃないかと思えてきた。それに彩さんの場合、俺みたいにコミュニケーション能力に問題を抱えている訳でもないから、その気になれば何とでもなるだろう。

「羨ましがらなくても、これから、すぐにでも、どうにでも、なるんじゃないかな。最悪、俺でも、いいんだろうし」

「そうかしら? ……そうね。そう思って頑張るわ。ちなみに、太郎さんは最悪のケースなんかじゃないのだけど。むしろ、……。まあ、いいわ。それに、その場合は私じゃなくて、太郎さんの方に課題がある様に思うのだけど?」

「仰る通り……。頑張るよ」

 結構意識して普通に話せるように頑張っているのだが、まだ佐橋さんと話す様にとまではいかない。俺の課題か、何とかしないとな。

 そうして話していると、玄関口の向こうに車が止まっているのが見えた。譲司さんが車を回して来ていたようだ。車まで行きアンプをトランクに積んでから乗り込む。

「よし。それじゃ、帰るか」

 それを確認した譲司さんが言う。そのまま静かに車は発進して帰路についた。

無駄も多く長い話ですが、お付き合い頂いている皆様ありがとうございます。

真面目っぽい会話より、馬鹿な会話を書いている方が楽しいのです……。

一つの発話がコンパクトになりますしね。

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