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7月29日 ―16―

「それにしても恥ずかしい話ね。つまり、父さんに嫉妬してたのよ、私は。自分に出来ないことを出来る人が嫌いだなんて」

「恥ずかしくないよ。そういうのって、別に、誰にでもあると思う」

 俺なんか劣等感の塊だ。気を抜くとすぐに思考がマイナスへと振れる。だから自分より優れた人を見れば羨望も妬みも抱く。でも、誰しも多かれ少なかれ、そんなものだとも思うから。

「そうかしら……。でも、やっぱり嫌なのよ。だから、太郎さんに謝らなきゃいけないの」

 俺に?

「今日、太郎さんが何とかするって、任せてって言ったのを聞いて思ったわ。またアリアを助けてあげるのは、私じゃない誰かなんだって。羨ましくて、悔しくて、妬ましかった。そんなことを思った自分が恥ずかしくて」

 アリアちゃんの部屋を出る時に受けた違和感の正体は、きっとそれだったのだろう。

「……それで良いと思うよ。それに今日は、彩さんが何とか、してくれた。助けてくれたでしょ?」

「良くないわ。そのまま流すのは、嫌。太郎さんは私の一番近い目標だもの。私は今日まで間違いに気付こうとしなかったわ。本当にみっともない。

 でも、太郎さんは私のそれが間違いだってもう知っているのだものね。今の私が目指すべきなのは、遠い目標じゃなくて、近くで頑張っている人だと思うから。だから、みっともない私を太郎さんの前でさらに取り繕うなんて、したくなかったのよ」

 仮に彩さんの言う通りだとしても、もう今現在で追い付かれて同じラインに立っている気がする。もしかしたら、先を歩いているのかも……。

「そんなこと、無いよ。別に俺は、彩さんの考えが間違いだなんて、思ってない。むしろ、必要なことだと、思うよ。俺にとって、三年間が必要だったように。突然は気付けないと思うから。それに、俺は、目標にされるような、奴じゃない」

「いいじゃない。私が太郎さんを目指そうって思ったの。それにやっぱり間違いだったの。周りに――自分より年下のあんなに小さな子に寄りかかって、いつまでも無力で可哀そうな自分を慰めて。そんなの、許されるはずもなかったのに」

 口ではああ言った上に自分のことを棚に上げてとも思うが、彩さんの言う通りだ。親父があれだけ自身を酷使した様を見ただけに、アリアちゃんが同じ立場に立っていると思うと何とも言えない。

「昨日、帰る時に隆昭さんに言われたの。アリアに私を支えさせるのは酷だって。失礼なことを言っているのはわかるが少し考えてみてくれないかって言われて、昨日の帰りは考えてみたわ。そんなはずないって思った。私はアリアを、私に出来る範囲で支えるだけ。支えてもらってるなんて、そんな訳ない」

 親父は昨日の時点で感じていたらしい。俺で一度経験してるから敏感に反応したのかもしれないな。彩さんが『彩』の話はしていたのだし。

「なら、何で認めたの? 自分が負担になってるって」

 親父の言葉に納得出来ていないのなら、彩さんは今だって自分が間違えてたなんて言わないだろう。

「今日……私、アリアを泣かせてしまったの。初めてだったわ、あの子をあんな風に泣かせてしまうなんて。太郎さん達が出た後すぐにあの子が起きたから、その事を伝えたら、何で私が残ってるんだって怒りだして。最初は、今日だけはどうしても成功させなきゃいけないって。だから、私が太郎さんのフォローをしてあげなきゃ駄目なんだって。そう言う話だったのだけど」

 彩さんが、その先を言いづらそうに言葉を切った。

「……段々と話しが逸れて行って、普段は私が聞き流していることもあって、溜めこんだ分が爆発しちゃったんだと思う。私が、アリアの一番の希望はいつも聞き入れてくれないって言って、泣きだしてしまって。いろんなことを切り捨てて、私がアリアに時間を使うのはもう嫌だって、我慢出来ないって。

 ……後悔したわ。私はあんな風にアリアを泣かせてしまうことを続けて来たんだって。何様だったのかしらね。アリアを支えるつもりでいて、でも実際はあの子が痛々しく泣く姿が目の前にあって……」

「それで、なのかな?」

「ええ。もう止めようって。ちゃんと知ってしまったのに、今までの様になんて出来る訳ないもの」

「でも、彩さんが、そう決めたことを、アリアちゃんは、ちゃんとわかってくれてるの?」

 俺が尋ねると、彩さんが「一応は」と返してくる。

「まだアリアとの話、終わってないのよ。泣きやむの待ってたら時間が無くなちゃって、アリアが手紙書くって言って、書き終わったらそれ持たされてすぐにここへ来たの。だから、帰ってからもう一回ちゃんと話すことになっているわ。

 お店のことも似たようなことだから、母さんとも話さないと。それに今まで迷惑をかけてしまったから、二人にどうやって償えばいいのかも考えないといけないわ」

 それじゃダメだと思った。俺もすぐにそういった思考に走るから言えた義理じゃないのだけど、言わせてもらおう。

「苦労も、心配も、かけたかも知れないけど、そんなに重く考えてると、二人をさらに不安にさせると、思うよ」

「でも、それじゃ私は―――」

「違うよ。彩さんが納得出来るかは大事だけど。そこは、それより大事なことが、あるでしょ? いいんじゃないかな? 今まで、ごめん。もう大丈夫って、それだけで」

「そう、かしら? ……そうね。ありがとう、太郎さん。そういう所も含めて、ちゃんと話し合うわ。もう嫌だもの。アリアを泣かせるのは。……でも、なんだかそのまま言うと、一人でカラオケに入り浸ってしまいそうで怖いわね」

 彩さんが、最後を冗談めかして言う。

 親父、春先のことを彩さんに話したな? 覚えとけよ!

 余計な事を言った親父への報復を決意しつつ、彩さんの冗談には苦笑で返す。声に出すのは別の事だ。

「よく、話し合うと、いいよ。それにしても、似てる、のかな?」

「そうね。似てるんじゃないかしら? 事の大小はともかく、何も出来なかった。出発点が同じで」

「やるべきことが、あるから、余計なものは、見ないことにして」

「その時、もっとも近くにいる人に気付かされて。馬鹿な話。まして私は、支えたかった子の負担になって」

「俺のことで、無茶してくれた、親父だから、アリアちゃんには、酷だって、言ったんだろうしね」

「そうね……。あの――」

 彩さんが、一呼吸入れて言葉を続けた。

「話、してくれて、それに、聞いてくれて、ありがとう、太郎さん」

 貰った言葉に、静かに返す。

「どう、いたしまして。こちらこそ、聞いてくれて、話して、くれて、ありがと」

 照れくさい……。

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