7月29日 ―15―
「とまあ、そんな感じで」
経緯を全部話すと割と長い話しになってしまう気がしたので、彩さんには要点をまとめて話した。
話を聞いた彩さんが俯きがちに話し始める。
「……そう。太郎さんと違って、私のはもっと子供っぽい理由だわ。でも、やっぱり似てるのかもしれないわね。隆昭さんに言われた時には、あまり実感もなかったのだけど」
そうなのだろうか? 彩さんの事情をしらないから何とも言えないが……。
でも――。
「あの、話を聞く前に、一つだけ」
「何?」
彩さんが俯いたまま小首をかしげる。
「俺が、どうだったとか、じゃなくて。どんなことでも、その人にとって、大事なことはあると、思うから。子供っぽいとか、そういうことは、絶対に、無いと思う」
「……ありがと」
言い切ると、彩さんが少し顔を上げて答えてくれた。それから一息吐いて、彩さんが話し始める。
「私ね、何も出来ないの。大事な時にはいつも。それが悔しくて堪らないの」
彩さんが苦笑して言う。その表情からは自嘲の色が見て取れた。
「最初はお店だったわ。些細なことだったのだけど。母さんがギックリ腰になって。ああ、この話をしたこと、母さんには内緒にしてね、怒られちゃうから。
それで、しばらくお店に出られなくなってしまって。母さん、立てないくせにお店を開けるって言って聞かなかったの。高校休んでお店出ようとしたら、父さんが休業して店に出るって。私は学校に行けって言われたわ。少し遠い高校に通っていたから、帰ってくるのも遅くてあまり手伝えなくて。父さん任せで、母さんのために何も出来ない自分が嫌になった」
それは、仕方のないことだと思うけど、割り切れないんだろうな。自身で割り切れないなら、納得できるまで自分にできることをやり続けるしかないんだと思う。
「それで、お店の手伝いを最優先にすることを決めたの。母さんが元気になってからも。一番、大事な時に何も出来なかったから、出来る限りお店に出ることで埋め合わせたいと思ったわ。その頃から、部活も止めて、友達の誘いも断るようになった。理由は太郎さんと同じよ。やることがあるのだもの、他のことは邪魔だったの」
それが彩さんが人と関わらなくなっていったっていう理由か。なら佐橋さんには、何とかならないか? って言われたけど、俺が何か出来るってものじゃないと思う。
自分で良くわかる。誰かが何かをしても、彩さん自身が納得出来ないなら、どうにもならないことだ。
「麗華さんと譲司さん、何も、言わなかったの? 部活のこととか」
「言われたわよ。聞かなかったけど。太郎さんだって、そうだったでしょう? しばらく続けてたら何も言わなくなったわ」
頑なに聞き入れない彩さんと、溜息を吐いて諦める二人。想像に難くないか。
「その後、三年前にエレナさんが倒れてしまったのは前に話したわね」
「えっと、アリアちゃんのお母さん、だよね?」
「そうよ。エレナさんと母さんが友達で、よくお店に遊びに来てくれたのよ。アリアを連れて。それで、アリアは前から妹みたいな感じだったの。それが、エレナさんの事で、塞ぎ込んでしまって。見ていられなくて、お店に出るのも一度止めて一緒に居たわ。
どうしたらいいかわからなかった。だから、とにかく一緒に居てあげようって。今度こそ、私は何か出来るんじゃないかって思ってもいたのだけど」
彩さんはそこで言葉を切ってから、少し眉を顰めて続ける。
「一緒に居てあげるだけで、アリアのために出来ることが何も見つからなかった……。どうしたらいいのか悩んでいた時に、父さんがアリアに言ったのよ。歌ってみないか? って。
アリアは、最初は父さんの提案に戸惑っていたみたいだったわ。その反応を見た父さんが無理やり介護施設に連れて行って、アリアにお爺さん達と話をさせたの。お祖父さん達の話は、エレナさんの人柄についてもあったけど、歌のことについての話が多かった。話を聞くうちにアリアがやる気になって行くのが見ていてもはっきりわかった」
アリアちゃんの切っ掛けって譲司さんだったんだ。見ていられなかったのかもしれないな。譲司さん、アリアちゃん大好きだし。
「それで、アリアちゃんは立ち直って、しばらくして『彩』ができた、と」
「そういうこと。……でも、また私は何も出来なかった。何とかしてあげられるのはいつも父さん。私じゃない。だから私、父さんのそういう所が好きじゃないのよ」
そう言えば、『彩』の説明を受けた時に、彩さんってお父さんが嫌いなのかって思ったな。
「私はアリアが大変な時に傍にいてあげられるようにしようと思ったわ。それしか出来ないのだもの。私はアリアを救ってあげられない。一緒に居てあげられるだけ。だから高校を出た時に決めたの。アリアと、一回離れてしまったけど、お店、この二つのために私の時間を使おうって。
でも去年に母さんが、私が大学に行かなかったらお店開けないって言いだして。母さんがお店出ないと私が頑張る意味がなくなっちゃうから、仕方なく譲歩したの。だから、今年で大学一年なのよね」
自分にあるのはたった二つ。それ以外は邪魔。興味、楽しみは妨げになる。そういうのは無意識にシャットアウト出来るようになる。俺自身、それは知っている。だから本やキャンドルの時のことも、その辺が理由だったのだろう。




