7月28日 ―16―
「やっと、終わった」
洗濯物を干し終えてリビングに戻る。時計を見ると時刻は四時半を指していた。今更ながらに思う。
今日、二人、連れてきて良かったんだろうか?
二人には、ずっと親父の相手をさせっぱなしだった。
「お疲れ、太郎」
「はいよ。もう遅いから洗濯物は俺の部屋に干しといたから」
「部屋干しは臭うからあまり好きじゃないんだが」
「何か言ったか?」
「いえ、何でもないであります。太郎殿」
「ならばよし! だがこんな惨状、二度と御免だからな」
「悪かったって。もうしないから」
口だけじゃないことを祈るよ。
それにしても、さっきから気になっていたのだが、テーブルの上にお茶をした痕跡があった。親父、あんたの尻脱ぐいをしている間に、あんたは随分と優雅なひと時を過ごしていたみたいだな。
「これか? 彩華ちゃんが、市販のティーバックでも入れ方で味がだいぶ変わるって教えてくれてな。実際に入れてくれたんだ。入れ方のメモも貰ったから、僕一人でも今度からおいしい紅茶が飲めるって訳だ」
「ごめんね、太郎さんまだ頑張ってたのに。太郎さんの分も今入れるから。それと隆昭さん、さっきも言いましたけど、メモの通りに入れるんですよ?」
そう言ってお茶の準備をしてくれる。俺がお客さんになった気分だ。でも、何で親父は寛いでて、彩さんが働いてるんだろう? 親父に問い詰めたとしても意味ないんだろうな。「彩華ちゃんが、やってくれるって言うから」とか阿呆みたいな返事が返ってくるに決まってる。
それと紅茶の入れ方について親父に念を押した辺り、彩さんもわかってる。レシピ通りに作らない男、山田隆昭だ。
とりあえずアリアちゃんの向いに腰を下ろして一休みしよう。しばらく動きたくない。
「お疲れだね、兄ちゃん」
「うん、なんか、心労が。掃除とか、自体は、問題なかったん、だけど。ごめんね。せっかく来て、もらったのに、親父の相手ばかり、させちゃって」
「いいんだよ、そんなことは。だいたい、あたしが来てみたかったんだもん。タカアキは面白いし、楽しいよ」
「そうよ。私も今日、来れてよかったって思ってるわ。はい、お茶入ったわよ」
俺の前にお茶を置いてくれる。ありがたい。
「うん、ありがと。それと、親父。日が落ちる前に帰りたいから、少し休んだら出るよ」
「そうしな。アリアちゃんも居るし、遅くならない方がいいだろう」
「じゃあ、兄ちゃんは休んでてよ。彩ねえ。あたしはミナトさんに挨拶したけど、彩ねえはまだだよね。行こ?」
「アリアはしたの? そうね。あの、ご挨拶させてもらってもいいですか?」
彩さんが親父に尋ねる。まあ、答えは決まっているよな。
「もちろん。むしろ、お願いしようかと思っていたよ、彩華ちゃん」
「ありがとうございます」
「じゃあ、アリアちゃん。彩華ちゃんを案内してあげてくれるかい?」
「りょーかいだよ、タカアキ」
「待て、親父。俺も」
おいおい、二人で行かせるのかよ。別に問題はないけど。お客さんを放置とか――いや、今更か。
「太郎さんは休んでていいわよ。すぐに戻ってくるから。というか、休んで。疲れてるんでしょう? 顔に書いてあるわよ。しばらく動きたくないって」
ここで顔に書いてあるとか。相も変わらずだ。
「……、わかった」
「じゃあ、行って来るね」
アリアちゃんがそう言って、二人は母さんに挨拶へ行った。二人を見送ると親父が口を開いた。
「太郎、お前いい子達に会ったな」
「何だよ、急に」
「いや。彩華ちゃんはもちろんのことだが。アリアちゃんも四、五年もすれば間違いなく美人になるだろ。今はまだ美人っていうよりは、可愛い感じが強いけどな」
「そういう意味かよ。二人を変な目で見るなよ? 変態。まあ、概ね賛成だけど」
「冗談はさておき、実際な、良い子だから、二人とも。安心して『彩』にお前を預けられるよ」
「そんなの親父に心配されることじゃないだろ?」
「馬鹿だな。親父だからこそ心配するんだよ。他人ならお前が何しようが心配なんかしない。だいたい、やりたいこと見つけたって昨日電話で聞いたときは、春先のこと思いだして頭抱えたぞ」
「何だよ、春先って」
検討は付いているが聞き返す。親父が継ぐ言葉が俺の予想を外すことを祈って。
親父が俺にスライムカレーを見せたことを失敗だったと思っているように、俺も親父に春先にやりたいことを見つけたと連絡を入れた時のことは失敗だと思っている。というか、なかったことにしたい。
「カラオケの話に決まってるだろ。カラオケサークルに行って来たって言うから、これで安心。と思ったら、一人カラオケを極めるとか意味のわからないこと続けやがって」
「でも、楽しくは過ごせてたよ。まあ、悪かった。今は、ちゃんとそれじゃ駄目だったって理解してるから。それに、ヒトカラだって二人と出会えた切っ掛けになったと思えば悪くないだろ?」
「僕は、結果オーライって嫌いだな。後から出てきた結果で、その時の判断を正当化しようなんて虫がいいと思わないか? そんなのに頼ってたら、いつか大きな失敗をするのは目に見えているだろ」
「それ、親父が言うのか? 生憎、俺は結果オーライどんとこいだ。それを言えるってことは、結果自体は間違いなく満足いくものになってるはずだからな」
「母さんみたいなこと言いやがって……。話が逸れたな。『彩』ってのは良い環境だと思ったよ。四人しかいない団体にあの二人がいる訳だろ。だから、これ以上の場所はないと思ってしっかりやるんだな」
「わかってる。歌えなくても『彩』でやっていくって決めてるんだよ。やりたいことより、目指すものがはっきり見えるからな」
「アリアちゃんだろ?」
「何で親父が知ってるんだよ! 母さんのことも話したことないだろ?」
俺の目標の話になったので、さっきの疑問を解消することにした。
「お前見てればわかるだろ。親父舐めんな。それを知ってればアリアちゃんのことは、話してみれば何となくな。だからこそ、春先も何やってるんだって思ったわけだから。母さん目指してるのに、サークル行って帰ってきたら一人でカラオケが良いって、絶対にあり得ないだろ。母さんは、人と関わるのを楽しんでいる感が強かったからな」
理由が釈然としないが、まあ、そうなのだろう。親父ってそういうものなのかも知れない。
「そうかよ……。ああ、その通りだ。あの子みたいになりたいと思った。自分次第ではあるけど、『彩』で頑張ることがそれに繋がると思ったんだよ」
「そうか。まあ、頑張れ。楽しんでやれよ」
「はいよ。やるからには全力で、だな」
「それと、誘ってくれた二人にはちゃんと感謝しとけよ」
「それもわかってる。二人のために出来ることがあれば全力を尽くすよ。とりあえずは、明日だな」
それから、くだらない言葉を二、三交わしていると彩さんが戻って来た。
「ごめんなさい。少し時間かかってしまって」
「いや、全然、待ってないよ。それより、何か、あったの?」
彩さんの後ろから入って来たアリアちゃんが、若干涙目だ。
「いえ、ちょっとね」
「……兄ちゃん、口は災いの元だよ。気を付けた方がいいよ」
やっと気付いたんだね、アリアちゃん。どうしてこうなったのか、なんとなく想像がつく。麗華さん程じゃないにしても、母さんも年相応って見た目じゃないからな。