7月28日 ―11―
「ありがと、彩さん。助かった」
「私は何も。太郎さん、凄い手際良かったわね。邪魔しちゃってたんじゃない?」
「そんなこと、ない。卵とか、俺より、綺麗に、作れて、たし」
本当に、邪魔なんてとんでもない。ある程度の指示で何して欲しいか汲み取ってくれて、とても楽だった。
「ねえ、できたんじゃないの? 早く食べたいよ」
アリアちゃんが、空腹に耐えきれず声を上げたみたいだ。
「アリア、行儀悪い。すぐ持って行くから」
彩さんが答えて、先に二皿持って行く。その後に俺も続いて、テーブルの上に四つ冷やし中華が並んだ。
「これこれ。やっぱ、俺が作るのとは違うな。具が載ってる」
「予想通りかよ! 何食ってんの? 普段」
「太郎が作り置きしていってくれた奴と、カレーとシチューと冷やし中華、あとはコンビニ弁当とか、定食屋とか」
「コンビニ弁当にするくらいなら、定食屋に行ってくれ。それと、親父の中華麺にタレかけただけの奴を冷やし中華と呼ぶのは、冷やし中華愛好者達を怒らせるから止めなさい」
「まあ、そんなことはどうでもいい。いただきます」
親父はさっさと話を切り上げて食べ始めてしまう。やれやれだ。
「あたしも。いただきます」
親父につられるように、アリアちゃんも料理に手をつける。この二人が食事に夢中になっている間は、静かに食事が出来そうだった。
「じゃあ、私達も食べよっか」
「そう、だね。いただきます」
「いただきます」
そうして、賑やかな二人が食事に熱中していたこともあり、静かに昼食の時間は過ぎていった。俺のお手製冷やし中華が好評を得て食事は終わり、お茶を入れて一息ついたところで親父が口を開いた。
「そういや、太郎。『彩』が何をするのかは、アリアちゃんから軽く聞いたんだが」
料理中は二人に意識を向けていなかったが、そんなことを話していたのか。
「こんな可愛いお嬢さん達と、どこで知り合ったんだ? あり得ないだろ、お前が」
「親父の言いたいこともわかるが、もう少し息子に期待してもいいんだぞ?」
「それが出来たら苦労は無いな」
「そうかよ。知り合った経緯は、悪いけど二人に聞いてくれ。今日は早めに帰るからな。正直、良くできた親父殿のせいでやることが山積みだ」
「人前で褒めるなよ、太郎。照れるじゃないか」
「褒めてねえ! ……ちょっと、家の中見てくる」
「あたしも行く!」
「あー、えっと」
「太郎さん、話は私がするから連れてってあげて」
「うん、わかった」
そうして、親父の相手を今度は彩さんに任せて、アリアちゃんとリビングから出た。
とりあえず、家の戸を片っ端から開けて行こう。リビングの向いは廊下になっていて、戸と窓を開け放つと縁側のようになる。まずは、ここからにしよう。
ざっと見たところ、ここの廊下は散らかっていない。さすがに親父も母さんの周りを散らかすことはなかったみたいだ。ということは、この廊下に面した部屋も掃除に手間取ることはないだろう。とはいえ、ここはいつでも念入りに掃除するのだが。
「アリアちゃん、手伝って、くれるかな?」
「うん。何すればいいの?」
「戸を、開けるから、一緒に、やって」
「りょーかいだよ」
そうして、二人で戸を開ける。先程まで暗闇で覆われていた廊下も、今では眩いばかりの光を受けて、その状態をはっきり確認することが出来る。やはり、ここは綺麗なままだ。もっとも、散らかっていないだけで、掃除をする暇はなかったのか少し埃が溜まっているのは見て取れた。
そのまま、今いる廊下に面した母さんの仏壇がある部屋に入る。この部屋もやはり廊下と同じように少し埃で汚れているが、それだけだった。
いつもは帰ってきて真っ先にここで線香をあげるのに、今日はバタバタしてまだだったな。仏壇の前へといき、蝋燭に火を灯す。
「この人が、兄ちゃんのママ?」
後ろについて来ていたアリアちゃんが、仏壇に置いてある写真を見て尋ねてきた。
「そうだよ」
写真の中の母さんは笑っている。親父と選んだ笑顔の写真だ。俺の首を片腕に抱え、空いている手をカメラに向けて差し出している。
確か、この写真を撮ったのは中学の卒業式の日で、家に帰って来た後のことだ。卒業式の後、先に帰って庭で土いじりをしていた母さんは、もうその制服は着ないのだからと、写真を撮ることに決めた。
俺に異論を挟める訳もなく、家に居た親父まで母さんは引っ張り出してきた。写真とかあまり好きではなかったので、乗り気じゃなかった俺を片手で押さえて、もう片方の手をカメラのタイマーをセットしている親父に向けて差し出している。結局、親父のミスでタイマーは働かず、そのまま撮影が行われてしまった。
その後、ちゃんと三人で写真は撮ったのだが、先の失敗にへそを曲げた母さんの顔は残念ながら笑顔とは程遠かった。結局、新しくて且つ笑顔の写真をという俺と親父の意見の一致から、ここにはこの写真が置かれている。
しかし土いじりをしている時の格好だから、長い黒髪をアリアちゃんの様に頭の天辺で結わえて、首にタオル、軍手をはめて、所々土で汚れた白い無地のシャツに下はジーンズという格好だ。もっとちゃんとした奴にすれば良かったかな?
「兄ちゃんのママ、かっこいいね」
確かに母さんは、うちの男共よりよっぽど男らしい所があった。背も親父とほぼ変わらない。若干、少しだけ、たぶん今の俺より、でかい……。顔立ちも、女性的であるが、凛々しい顔立ちをしている。
俺の母親なのでこう言うのは憚られるが、確かに格好いい。というか何で俺、母さんに似なかったのか。それだけで人生損してる気がする。
「うん。俺も、そう、思うよ」
蝋燭から火を移して、線香をあげる。手を合わせ、親父にしたように『彩』に入ったことを報告した。
今まで目標は母さんだったけど、昨日、もう一人、目標ができたんだ。
後ろのアリアちゃんを横目で視界に収める。俺の視線に気づいたのか、首をかしげてきた。何でもないと言って、もう一度ちゃんと仏壇に向き直った。
今度はきっと大丈夫だから、母さんには今後の報告を楽しみにしてて欲しい。
さて、焼香も済ませたので掃除は後にして、他の場所の確認に向かうか。
「あ、待って。兄ちゃん」
「ん? どうか、した?」
「あたしも、ご挨拶、していいかな?」
「ああ、是非。して欲しい、かな」
俺が退くと、そこにアリアちゃんが腰を下ろす。線香をあげて手を合わせるアリアちゃんは、いったい何を思うのだろうか?
「ありがと、兄ちゃん。もういいよ」
しばらくしてそう言うアリアちゃんの声に軽く返事をして、部屋を出る。




