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7月28日 ―2―

 近所迷惑な二人を促して、店の中に入った。

 あれ? つい一緒に店に入ってしまったが、お店は営業中でいいのだろうか?

「郎ちゃん、今日はカウンターねー」

「あ、はい。えと、今って、営業中、じゃ、ないです、よね?」

「まだよ、太郎さん。開店は九時からね。今は準備中よ。大体終わったから、朝ご飯にしようかと思っていたところ」

「だからー、郎ちゃんが良ければ、朝ご飯一緒にどうかなーって声かけたのよー」

「休日の朝っぱらから大声出さないでって、前から言ってるでしょ!」

「だからー、ご近所さんへの挨拶も静かにやってたじゃなーい。ちょっと、郎ちゃんに声かける時は頑張っちゃったかもだけどー。それに、肉屋の奥さんが最初は驚いたけどもう慣れたって言ってたしー」

「でも、休日とかゆっくり出来る日は、おさえて欲しいとも言ってたわよ! だから休日は気を付けてって言ってるんじゃない。平日だったら、商店街の人達は目覚ましくらいにしか思ってないわよ」

 今朝、麗華さんに声を掛けられてから、もしやとは思っていたが確信に変わった。やはり麗華さんだったみたいだ、俺がここに引っ越して来てから手に入れた目覚ましは……。毎朝、ありがとうございます。

「……何してるの? 太郎さん」

「郎ちゃん、お姉さんを拝んだって何も出ないわよー」

 しまった! 顔に出るどころじゃない。行動にまで移していた……。

「あ、いえ、俺も、その、平日、毎朝、お世話に、なってるんで。目覚まし、時計が、えと、いらなく、なりました」

「えっ! 太郎さんの家の中まで聞こえてるの?」

「うん。ウチは、一番、道路側、だし」

「母さん、平日の方も考え直そうか……」

「いや、えと、困る、かな?」

 もう、麗華さんの朝の挨拶は俺の生活の一部だ。これを急になくされたら、俺は朝どうやって起きたらいいんだ……。

「ほらー、郎ちゃんがこう言ってくれてるんだからいいじゃない。お姉さん、クレームが来ても郎ちゃんのために頑張っちゃおうかしらー」

「いや、クレームが、来たら、止めたほうが……」

「あらあらー、郎ちゃん。つれない返事ねー。お姉さん傷つくわー」

「その傷、化膿して、酷くなっちゃえばいいのに……」

「彩ちゃん、酷いー。ごめんねー、気をつけます、気をつけますからー。もういいでしょー?」

 本当に悪いと思っているのかは謎だが、麗華さんの謝罪に彩さんが口を開く。

「そうね。ご飯食べる時間がなくなっちゃうわ」

 彩さん、謝罪を受け入れるかどうかは、明言しなかったな……。

 だが、麗華さんはもう話が終わったと決めた様で、朝食のことに話を戻した。

「そうそう、ご飯ねー。郎ちゃん、食べに来てくれたのよねー」

「あ、いや、えと、つい一緒に、入って、来ちゃって。その、朝食は、お客として。だから、開店、したらもう、一度、来ます」

「だめよー、そんなの。せっかく来たんだから食べていってー。それに、お友達からお金は取れないわー」

「それに、もう母さん、太郎さんの分も作ってるわよ」

「いや、でも」

「そういえば、郎ちゃん。さっき窓から、彩ちゃんには手を振り返していたけど、お姉さんは無視だったわねー」

「え、いや、そんな、ことは――」

 あったかもしれない。どう対応しようか考えていたら、彩さんが出てきたし。

「お姉さん、無視されてショックだわー。これで、朝食のお誘いまで断られたら、今日はもう、部屋に帰ってジメジメしてるしかないわねー」

「……太郎さん。本当に、苔が生えるまでやりかねないし、少なくとも本日臨時休業が決定することになるから、答えは間違えないでね。常連のお客さんに迷惑極まりないから。……私の言ってること、冗談だと思っているなら考えを改めて」

 これはもはや、脅迫の域に入っていると思う。そして、彩さんの口振りからして、麗華さん。以前にも、お店閉めて部屋でジメジメしましたね?

「えと、ぜひ、朝食、ご一緒させて、下さい」

「やったわー。お姉さん、今日一日頑張れそうよー」

「……それは、良かった、です。でも、あの、お店、なんです、から、ちゃんと、お金は」

「大丈夫よー。少なくともこれは、お友達と朝食を一緒に取るだけだものー。それにー、郎ちゃんからお金を貰わないくらいでお店は傾かないわー」

「そうね。これでも、結構繁盛してるのよ」

「そう、なんですか」

「そうよー。でも、それより、お友達って太郎さんくらいしかいないものー。一人くらい問題ないわー」

 今、軽い感じで悲しい事実を告げられた気がする。誰がですか? 彩さん? それとも、麗華さん? いやいや、冗談ということもある。しかし、確認して冗談じゃなかった時、どうしたらいいのかわからないので詮索はしないことにした。

「でも、ですね。その、良くして、もらって、ありがたい、ですが、してもらうだけ、では、その――」

「あらあら、郎ちゃんは『彩』で頑張ってくれるんでしょー?」

 俺が言葉を探していると、麗華さんがそんなことを言う。

「でも、それは、俺が、やりたくて、えと、する、こと、ですから。それに、まだ、何も、出来て、いません」

 昨日の譲司さんの話が浮かんだ。そう、まだ、正式な『彩』のメンバーとは言えない。全ては、次の結果次第。俺はまだ何もやっていない。

「もう、太郎さん、気にし過ぎよ。いいって言ってるんだから、いいのよ。それとね、太郎さんがまだ何もしていないっていうのは間違いよ。アリアが言ってたじゃない。太郎さんが、『彩』に入ってくれるって言ってくれただけでも、意味があるんだって。別にそれは、亮さんの言うお試しっていうのを、すっ飛ばしたからって訳じゃないのよ?」

「なら、何で」

「それはー、えらいね、凄いね、頑張ってるねーって言ってくれる人は沢山居たけどー、一緒にやりたいって言ってくれたのは、郎ちゃんが初めてだからよー、きっと」

「え? だって、彩さん、や、佐橋さんは?」

「私達は、最初から一緒だったもの。それに、歌うのはアリアだけだしね」

「だからー、アリアちゃんを喜ばせてくれたのだものー。郎ちゃんがまだ何もしていないなんてことはないわー」

「そういうことよ。さあ、時間がなくなっちゃうから、早く食べよ」

 話している間に、カウンターの席に三人分の朝食が並んでいた。俺の前に、一人前。俺の右隣に座っている彩さんの前に、一人前。そして、カウンターから回ってくると一番近い席になる彩さんの右隣の席――ではなく、俺の左隣の席に一人前。

 何で?

「彩ちゃんの隣じゃー、ご飯食べながら郎ちゃんとお話、し辛いものー」

 また、顔に出ていたか……。

「そう、ですか」

 まあ、そんなことは些細なことだ。それよりも、色々としてもらっているだけなのが、気分を落ち着かなくさせる。でも、出されてしまっているものは頂くべきだろう。なにか俺に出来ることで、してもらった分以上に返してきたい。……俺に何が出来るだろうか?

「郎ちゃん、まだ納得出来ないのかしらー? 本当にいいのにー」

「じゃあ、こうしましょう。太郎さん」

 彩さんが、煮え切らない様子の俺に告げる。

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