7月28日 ―3―
「じゃあ、こうしましょう。太郎さん」
彩さんが、俺に一つの提案をする。
「なに、かな?」
「私も母さんも友人との食事でお金を取る気はない。でも、太郎さんはそれじゃ納得出来ない。じゃあ、太郎さんはお金以外のものを出して」
「お金、以外?」
「それはいいわねー。じゃあ、郎ちゃんには朝食の片付け手伝ってもらおうかしらー」
「やらせて、もらえる、んですか?」
「そうねー。郎ちゃん、二日目にしてお姉さんから手伝いをする権利を手に入れるなんてー、やるわねー。これからはー、一緒にご飯食べる時にお手伝いをお願いしてもいいかしらー」
「是非、やり、たいです。他に、何か、出来ること、あれば、その、言って下さい」
「あらあら、そんなに頑張らなくていいのよー。郎ちゃんは随分と拘るけどー、何かあるのかしらー?」
「えと、母さんに言われて、育てられた、んです。人に、良くして、もらったら、全力で、返せって。人の、好意を、受け取る、だけじゃ、あの、どんどん、相手の、善意に鈍く、なっていく、からって。それで、その、ただしてもらう、だけって、気持ち、悪くて」
「あらあらー、いいお母さんねー。ウチとは大違いだわー」
麗華さんの言葉を聞いて、彩さんが少し驚いた顔をする。
「へー、母さん、自覚あったのね」
「彩ちゃん。自分で言うのは構わないけどー、娘に言われるとイラッとするわー」
「ごめんなさい」
……。もしかして、麗華さんって彩さんより怖い?
「いや、母さんは、結構、あの、欠点も、ある人、なので。それに、麗華さんは、とっても、素敵だと、思います」
「太郎さんって、話すの苦手な割にそういうことは平気で口にするわよね」
「そこがいいんじゃなーい。私は、郎ちゃんのそういう所好きよー」
なぜか、麗華さんから好評価を貰った。そういえば、高校の時のバイトでもおばちゃんには受けが良かったような気がする。まあ、近所の小さいスーパーのバイトで、おばちゃんしか居なかったし、適当に相槌を打っていただけだったが。
……あれ、なんだか寒気がする。
「あらあら、郎ちゃん。もしかしてー、もしかしてーなんだけどー。お姉さんをー、そんじょそこらのスーパーのパートのおばちゃんと同列視してないかしらー?」
悪寒の原因は、麗華さんのようだった。というか、いくら表情に出ているらしいとはいえ、具体的すぎやしないですか? しかも、当たってるし……。
「そ、そんな訳、ないじゃない、で、ですか。れ、麗華さん、は、その、お、お姉さん、と、いう感じ、な、なので、おばちゃんと、同列に考え、るなんて……」
「今のは、凄く取って付けたような感じね」
彩さん、何てこと言うの!
「あらー、郎ちゃん、今のは減点ねー」
そして、麗華さんの俺に対する何かが急落する予感。だが、俺は昨日学んだ。無様に言葉を紡ぐことによってより酷い結果を招く人達を見ることで。だから、俺がすることは一つ。
「ごめん、なさい」
「謝ったということは、罪を認めたと言うことでいいのかしらね? どう思う、母さん?」
「はんけつー、ゆーうざーい。謝れば、許されるなんてー、世の中そんなに甘くないわよー。郎ちゃんは、教わってこなかったのかしらー?」
「えっ、いや、えと、その……」
どうしたらいい? どうしたら、俺は助かる? とりあえず、今度から安に謝るのは止めよう。それより、彩さんまで何でそっちに付いているの? いや、まあ、昨日会った奴と自分の母親のどちらに味方するのかっていったら、そりゃあ母親だろうけども。それよりもですね、さっき彩さんは真っ先に謝って許されていたと思うんですよ。あれ? でも、真っ先に謝ったから許されたのか? え? 真っ先に? しまったー、無様な良い訳を挟んでる。どうしよう、どうすれば取り消せるの?
「本当に表情がコロコロ変わってー、面白いわねー。自分の考えの中で話題転換したりー、突っ込み入れたりしてるのがー、表情からなんとなくわかるわー」
「昨日は、アリアに怒ったけど、これは定期的に見たいわね」
判決が出る前から刑の執行が始まっていた気がするのだけど……。それと、二人して俺を挟んでクスクス笑うのは止めてもらえますか?
「さてー、面白かったから今日のところは良しとしますー。でも駄目よー、郎ちゃん。謝ればいいなんて考えてちゃー」
「そもそも、失礼なことを考えないようにした方がいいわね、太郎さん」
「それ、彩さんにも、言えるんじゃ――」
「何か言ったかしら、太郎さん? もう一回言ってくれる?」
しまった、口に出てた。昨日あれだけ、脇役臭いと言われたのを若干根に持っていたとか、そんなことはない。だから、しまったとか思っているけど、本当はわざとだなんてことは、絶対にない。勘違いしないでよね――えっと、もう一回言うんだったか……。
「そう、だね。気を、付けるよ」
……俺のヘタレ。
「……、まあ、いいわ。そろそろ、食べ終わらないと開店に間に合わなくなってしまうし」
そうして、無駄に時間を使ってしまったのでその後は静かに食事を終わらせることになった。そして、三人食べ終わると、八時半という所。開店は九時と言っていたから残り、三十分か。
「じゃあー、片付けて、準備終わらせちゃいましょうかー」
「そうね。カウンターの片付けは私がやっておくから、母さんは洗い物しちゃって」
「わかったわー、じゃあ、郎ちゃんはー、私と洗い物ねー。郎ちゃんが何かしたいって言ったんだからー、一人で任せられる様にはなってもらうわよー」
「はい。よろしく、お願い、します」
返事をしながら、麗華さんに従ってカウンターの中へ入る。
「あら、よろしくねー。とりあえず、洗い物に使ったものがどこにあったのかとー、食器類をどこにしまえばいいのかだけは覚えてねー」
「はい、了解、です」
まあ、洗い物は普通に出来るので覚えることはそれぐらいかなと思う。
「じゃあ郎ちゃん、横に立ってー」
言われた通りに、麗華さんに並んで流し台の前に立つ。
「スポンジを取ってー、洗剤はこっちよー」
麗華さんは、流し台に置いてあるスポンジを指さし、さらに流し台の下の戸を開けて洗剤を取り出す。俺は、それらを手にとって洗い物の準備を完了させた。食器は彩さんが既に流しに運んでくれている。
「じゃあ、洗ってー」
「はい」
そうして、俺は先程食事に使った器を洗う。それを横で見ている麗華さんは、特に何も言わない。何か落ち着かないな。
「あらあら、郎ちゃん。このお皿とこのお皿は洗い直しねー」
突然動いたかと思ったら、麗華さんが洗った皿を二枚戻してきた。綺麗に見えるがどこか間違えただろうか? まあ、麗華さんが言うのだからそうなのだろう。
「太郎さん、洗い直さなくていいわよ。それで問題ないから」
「彩ちゃん、何でそんなこと言うのー? 夢だったのよー、新人イビリー」
ハタ迷惑な夢をお持ちですね、麗華さん……。えっと、夢だったんだよな?
「す、す、すい、ません。す、すぐ、あ、あら、洗い、直しま、す」
「太郎さん、付き合いいいわね……」
乗ってあげようとしたが、狙ってやろうとしたら、もの凄くどもってしまった……。
「あらあら、何だか郎ちゃんにそんな風にされると、罪悪感が凄いわー。もう、やらないでねー」
……俺、これでも頑張ってみたんですよ? 麗華さんが言うからやったのに、そんなこと言うんですね。
「郎ちゃん、そのお皿はそこで、そっちのは、ここねー」
そして、傷心の俺を置いて、麗華さんは洗い物の片付け先を指示している。もういいです、麗華さんに何を振られても乗っからないです、今後一切。
「もう、怒っちゃ嫌よー、郎ちゃん」
「怒って、ないです」
「いいから、母さんも手を動かしてよ。全部、太郎さんにやらせてるじゃない」
「あらー、そうだったかしらー? でもー、習うより慣れろっていうわよー」
結局、麗華さんの指示を受けて俺が洗い物は全部片付けた。でも、個人的に習うより慣れろの精神は大事だと思っているので、麗華さんには今後もその方針でいってもらいたいと思う。
なるべく早く、俺に全部任せても大丈夫と思ってもらえるまでになろう。
さて、朝食も頂いたし一度家に戻って実家へ行く準備をしよう。
「えと、じゃあ、俺は、一回、帰ります」
「あら、もう? 来てくれて、ありがとうねー、郎ちゃん。また、ご飯ご一緒しましょー」
「はい、ぜひ」
「じゃあ、太郎さん。十時にウチの前で」
「うん、後で」




