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7月27日 ―21―

「えと、そろそろ」

 だいぶ話し込んでいたみたいだ。携帯で時刻を確認すると、夜九時を指していた。

「あらあら、そうね。ごめんなさいねー、長々と引き留めちゃって」

「いえ、お茶に、えと、ご飯に、美味しかった、です。話も、楽しかった、ですし。ありがと、ござい、ました」

「兄ちゃん、もう帰るのかー」

「うん」

「そっかー。えと、明日は会えるかな?」

「えっと、明日は、ちょっと、実家に」

「実家に帰るの? えっと、太郎さんの実家って、どこか聞いても?」

「えと、地名じゃ、わかんない、かも。ここから、電車、で一時間、位の所」

「あらあら、以外に近いわねー」

「じゃあ、あたし、兄ちゃんについてく!」

 アリアちゃんが突然、右手を高く掲げて主張した。どうにも、この子、年相応って所をあまり感じない。上にも、下にもぶれてる気がする。

「アリア、無茶言わないの!」

 いや、来てもいいけど実家で説明しやすいと思うし。ただ、ウチに来ても何も面白いことなんてないと思う。どうしたものかと思っていると、何か考えている風だった譲司さんが口を開いた。

「……太郎。アリア、連れてってやれないか?」

「えと、あまり、面白い、所じゃ、ないです、けど。アリアちゃん、がいいなら、別に」

「ホントか! 麗華、行っていい?」

 アリアちゃんが、俺の答えに嬉しそうに笑顔を浮かべて、麗華さんへと振り向く。

「あら、郎ちゃんがいいなら、構わないわよー。彩ちゃんはどうするのかしらー?」

「アリアだけ行かせられないでしょ。付いて行くわよ」

「じゃあ、太郎。二人、連れてってやってくれ」

「えと、はい。じゃあ、十時に、迎えに、来ます」

「あら? そんなー、郎ちゃんがわざわざ迎えに来なくてもー、駅とかで待ち合わせればいいじゃない」

「いえ、えと、ウチ、そこなんで」

 そう言って、俺は窓から見える向いの建物を指す。

「あら、あそこ郎ちゃんちなのー? 随分と、ご近所さんだったのねー」

「えと、はい。なので」

「ええ、太郎さん。お迎え、お願いするわね」

「うん。それじゃ」

「じゃあなー、兄ちゃん」

「また来てねー、郎ちゃん」

「明日ね、太郎さん」

「えと、お邪魔、しました」

 四人に見送られて店を出る。来た時と変わらずに、ドアはカラカラと音を奏でた。それにしても、この家族は親しみやすい人ばかりだったな。佐橋さんもそうだったことを考えると、『彩』に関わっている人はみんなそうだ。例外は俺だけか……。そんなことを考えながら店を出ると、俺を追って出てきた譲司さんに呼び止められた。

「すまん、太郎。少しいいか?」

「えと、はい」

「言っておかなくてはならないことがあってな」

「何です?」

「『彩』は、活動で金を貰ったりしていない。しかし、だからと言って、質がそれなりでいいなんてことはない。中途半端なものは出せない。常により良く、と考えているからこそ、依頼が来ると俺は考えている。それはいいか?」

 なんの話だろうか? だから、出るならベストを尽くせってことだろうか? それなら言われるまでもない。俺は頷いた。

「太郎はやる気になっているようだし、アリアが喜んでいるから、こんなことは言いたくはないんだが。ベストを尽くしたところで、明後日、爺さん達に満足してもらえないようなら、お前をその後、アリアと同じ舞台へ立たせてはやれない。覚えておいてくれ」

「それは……」

「悪いが、楽しみにしてくれている人達がいるんだ。それはアリアが集めた人達だ。こんなことはお遊びに見えるかもしれないが、来てくれた人には満足して帰ってもらわなければならない。『彩』の活動場所のメインとなるのは爺さん達の居る介護施設だ。おまけに、今度の場所は最初に始めた場所だ。だから、明後日に受け入れられなければそれまでだ。俺はお前の歌を聞いている訳ではないから、本当はこんなこと言う必要もないのかもしれないが。終わってから、それを告げるのはフェアじゃないと思ったんでな」

 俺は、考えが甘かったのだろうか? いや、そんなことはない。ちゃんと言われていることは理解している。俺は、お遊びなんて思っていない。実力は彩さん、アリアちゃんの二人からお墨付きを貰った。こんなことを言われたところで、俺がやることは変わらない。

 そんなことは、話している譲司さんにもわかっているのかもしれない。ただ、チャンスは一度だと、それを告げているだけなのだ。このチャンスをモノに出来なければ今後も無理だと。

「それと、アリア達から聞いているかもしれないが、最終的な曲の決定はいつも通り俺と亮で行う。いつも、二人から希望は聞いているがな。さっき一緒に、リストを確認したな。太郎が選曲した三曲が、明後日に自身で歌う曲になるだろう。まあ、アリアと一緒に歌う形にする予定だが。現状ではメインをアリアに据えざるを得ない。俺や聞きに来る人達にとって未知数なお前をアリアと並べるなんて出来ない。それで、いいか?」

「つまり、俺の歌う、三曲で、皆さん、に、その、満足、して、もらえれば、いいん、ですよね? アリアちゃんと、並べても、見劣り、しないくらいに」

「そういうことだ。別に、俺も太郎を辞めさせたい訳ではないんだ。アリアも懐いているようだし、彩が今日初めて会った奴とあれだけ楽しそうに話すなんてな。だから、上手いことやってくれ、頼むぞ」

「当然、です。俺だって、やりたい、こと、なんです。一回で、ハイ、サヨナラ、なんて、ごめん、です。必ず、成功、させます。失敗はありえない、です」

 気付いたら俺にしては随分と大言を吐いていた。らしくないと思うが、今回の事についてはそれだけの意気込みがあったということだろう。

 人に喜んでもらえるように自分が楽しむ。そこから、俺の狭く縮こまった世界を広げていきたいと思う。俺と関わる人を増やして、その人達に楽しんでもらうことが、俺を目標に近付けてくれるだろう。それに、『彩』にいられることだけで、楽しんで俺の視野を広げていけるとも感じている。

「そうか。中々に言うじゃないか。どうせなら、もっとハキハキと言って欲しかったが。なら、明日のこと、頼む必要もなかったか」

 軽く頭を掻きながら、譲司さんが最後に小さくぼやく様に付け足した。

「明日の、こと、ですか?」

「ああ。さっきも言っただろ。太郎といて二人とも楽しんでいる。それも明後日が駄目だったら、もうそこで終わりかもしれないと思ってな。しかし、その返事が貰えるなら、余計な心配だったみたいだな。まあ、面倒だろうが、明日は連れて行ってやってくれ」

「はい。でも、面倒、じゃ、ないです」

「そうか。すまんな、時間を取らせて。話は終わりだ」

「いえ、ずっと、やる気、出ました。見てて、下さい」

「おう、楽しみにしてるぞ。じゃあな、寝坊すんなよ」

「はい、ありがとう、ござい、ました。おやす、みなさい」

 そうして、譲司さんが家に入るのを見送って、俺もアパートの部屋に帰った。実家に明日帰ると連絡を入れ、眠りにつく。今日は大学に入って以来、最高に濃密な日になった。

ここで7月27日、終了です。

次話から、7月28日になります。

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