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君が消える1秒前  作者: クジラを描く
3/3

君は昼にはいない

夜だけ会うはずの人を、昼に見た気がした。

それが見間違いだったのか、そうじゃないのか。

まだこの時の僕は、何も知らなかった。

——ただ、もう会いたくなっていた。

「……ルナ?」

 

 思わず立ち上がる。

 

「お、おい湊?」

 

 陽の声を無視して窓際へ向かう。

 校門の向こう。

 確かに見えた。

 白いパーカー。

 黒髪。

 でも。

 

「……いない」

 

 もう誰もいなかった。

 

「どうした?」

 

 陽が怪訝そうに聞く。

 

「……なんでもない」

 

「絶対なんかある顔じゃん」

 

「別に」

 

「その“別に”禁止な」

 

 うるさい。

 でも。

 少しだけ気になっていた。

 

 ——昼にもいた?

 いや。

 あいつ、学校どこって聞いても誤魔化した。

 連絡先も知らない。

 昼間に何してるかも知らない。

 そもそも。

 なんで毎晩、同じ公園にいるんだ?

 授業中。

 先生の声は頭に入ってこなかった。

 黒板の文字もぼやける。

 気づけばノートの隅に、

 

 『ルナ』

 

 と書いていた。

 

「……は?」

 

 慌てて消す。

 何やってんだ俺。

 恋愛とか、そういうのじゃない。

 ただ少し気になるだけ。

 ——たぶん。

放課後。

 

「今日なんか変じゃね?」

 

 陽が歩きながら言う。

 

「何が」

 

「授業中ずっとぼーっとしてた」

 

「してない」

 

「してた。ノートに名前まで書いてたし」

 

 一瞬、心臓が止まる。

 

「……見たのかよ」

 

「え、マジで女?」

 

「違う」

 

「はい嘘」

 

 面倒くさい。

 適当に誤魔化して駅前で別れる。

 でも今日は、少しだけ時間が長く感じた。

 

 夜になる。

 気づけば、また公園へ向かっていた。

 理由はない。

 ……たぶん。

 

「遅い」

 

 着いた瞬間だった。

 ルナがブランコに座っている。

 

「まだ約束の時間じゃねぇだろ」

 

「でも湊、絶対来ると思った」

 

「自信満々だな」

 

「来たじゃん」

 

 悔しいけど、その通りだった。

 

「で?」

 

「秘密基地探し!」

 

「本当にやるのかよ……」

 

「青春だから」

 

「便利な言葉だな」

 

 ルナは立ち上がる。

 

「行こ」

 

 その一言だけで。

 少しだけ、足取りが軽くなった。

 夜道を二人で歩く。


 


 住宅街を抜けて、川沿いの道へ出る。

 街灯が等間隔に並んでいて、その光の間だけ世界が暗くなる。


「秘密基地って、具体的にどんなの想像してるんだよ」


「んー」


 ルナは少し考える。

 

「静かな場所」


「それだけ?」


「あと、夜が綺麗なとこ」


「ふわっとしてんな……」

 

「大事だよ、雰囲気」


 ルナは楽しそうに笑う。

 その横顔を見て、ふと思った。

 こいつ、本当に表情ころころ変わるな。


「湊は?」


「は?」


「どんな場所がいい?」


 急に聞かれて困る。

 そんなの考えたこともなかった。


「……別に、どこでも」


「出た、“別に”」


「うるさい」


「もっと自分のこと言えばいいのに」


 ルナは前を向いたまま言う。


「湊って、なんかずっと我慢してる感じする」


 風が吹く。

 少しだけ、言葉に詰まる。


「……そんなことない」


「あるよ」


 即答だった。

 なんでそこまで分かるんだ。

 数歩先を歩いていたルナが、急に立ち止まる。


「ここ!」


「は?」


 指差した先。

 古い歩道橋。

 階段を上がると、線路が見える。

 終電前なのか、電車の光が夜を横切っていった。


「……秘密基地?」


「いいじゃん」


 ルナは満足そうに笑う。

 歩道橋の真ん中に座り込む。


「ほら、湊も」


「いや通行人来たら邪魔だろ」


「夜だし誰も来ないって」


 確かに、こんな時間に人はいない。

 仕方なく隣に座る。

 下を電車が通る。

 ガタン、という音が夜に響いた。


「……なんか、いいな」


 思わず口から漏れる。


「でしょ?」


 ルナが嬉しそうに笑った。

 その瞬間。

 胸の奥が少しだけ熱くなる。

 なんなんだ、この感じ。


「湊ってさ」


「なに」


「昔からずっと勉強ばっかしてたの?」


「まぁ」


「楽しい?」


 答えに困る。

 楽しいかどうかなんて、考えたことがない。


「……やんなきゃ置いてかれるし」


「誰に?」


「……」


 言葉が止まる。

 誰、なんだろう。

 周り?

 親?

 先生?

 それとも、自分自身か。


「湊って、頑張りすぎなんだよ」


 ルナがぽつりと言う。


「もっと適当に生きても、案外なんとかなるよ」


「お前みたいに?」


「そうそう」


「説得力ねぇな……」


 少し笑う。

 するとルナが目を丸くした。


「……今笑った」


「は?」


「ちゃんと笑った」


「別に普通だろ」


「いや、初日より全然いい」


 なんか恥ずかしい。

 視線を逸らす。

 その時。

 冷たい缶が頬に当たった。


「うわっ」


「はい、ココア」


 いつの間に買ったのか、ルナが缶を差し出していた。


「……おごり?」


「今日は特別」


「なんだそれ」


 プルタブを開ける。

 甘い香り。

 温かい。


「……うま」


「でしょ」


 二人で歩道橋に座りながらココアを飲む。

 夜風が吹く。

 不思議だった。

 さっきまであった、胸の重さが少しだけ消えていた。

 進路とか。

 勉強とか。

 将来とか。

 ここにいる間だけ、全部遠かった。


「ねぇ湊」


「ん?」


「今さ」


「ちょっとだけ、楽しそう」


 その言葉に、少しだけ心臓が跳ねた。


「……気のせい」


「気のせいじゃないよ」


 ルナは空を見上げる。


「よかった」


「何が」


「ちゃんと笑える人で」


 その言い方が。

 なぜか少しだけ、寂しそうに聞こえた。

ルナの横顔を見る。

 

 街灯の光が、少しだけ横顔を照らしていた。

 笑っているはずなのに。

 どこか、遠くを見るような目。

 

「……なんだよ」

 

「ん?」

 

「たまにさ」

 

 言葉を選ぶ。

 

「消えそうな顔するよな」

 

 一瞬だけ。

 ルナの表情が止まった。

 でもすぐに笑う。

「なにそれ」

 

「いや、なんとなく」

 

「湊、意外と鋭い?」

 

「意外とは余計」

 

 ルナは少し笑って、缶ココアを両手で持ち直した。

 

「でも、消えないよ」

 

「ならいいけど」

 

 そう返した瞬間。

 なぜか、胸の奥がざわついた。

 なんだろう。


 “ならいいけど”で終わる話じゃない気がした。

 

 沈黙。

 下を電車が通り過ぎる。

 ガタン、ガタン。

 

「ねぇ」

 

「なに」

 

「もしさ」

 

 ルナが前を向いたまま言う。

 

「急に会えなくなったら、どうする?」

 

「は?」

 

「例えばだよ」

 

 また変な質問。

 

「……別に」

 

「またそれ」

 

「じゃあ困る」

 

 少し考えて言う。

 

「なんか、調子狂うし」

 

「それだけ?」

 

「……」

 

 少し黙る。

 正直。

 たぶん、それだけじゃない。

 でも。

 言葉にするのは変な気がした。

 

「まぁ、探すかも」

 

 その瞬間。

 ルナが少しだけ目を見開いた。

 

「……そっか」

 

 小さな声。

 でも。

 どこか安心したような顔だった。

 

「じゃあ約束ね」

 

「何の」

 

「急にいなくなっても、少しだけ探して」

 

「意味分かんねぇよ」

 

「いいから」

 

 ルナが小指を出す。

 

「また指切り?」

 

「大事だから」

 

 仕方なく指を絡める。

 温かい。

 けど。

 なぜか少しだけ冷たくも感じた。

 

「……変なやつ」

 

「湊に言われたくない」

 

 少し笑う。

 気づけば。

 時間がかなり経っていた。

 

「やば」

 

「ん?」

 

「親に怒られる」

 

「ふふ」

 

 ルナが笑う。

 

「ちゃんと帰るんだ」

 

「普通帰るだろ」

 

「そっか」

 

 また。

 少しだけ寂しそうな顔。

 

「じゃあ、また明日」

 

 歩道橋を降りる時。

 ルナが言った。

 

「……おう」

 

「絶対来てよ?」

 

「暇なら」

 

「来るね、それ」

 

 図星だった。

 少しだけ笑う。

 帰り道。

 夜風が気持ちいい。

 いつもなら、将来のことを考えて沈む時間。

 でも今日は違った。

 頭に浮かぶのは。

 進路でも。

 資格でもない。

 

 ルナの顔だった。

 

「……いや、ないない」

 

 思わず首を振る。

 恋とかじゃない。

 ただ、話しやすいだけ。

 少し楽なだけ。

 

 ——そう思っていた。

 

 次の日。

 昼休み。

 

「おい湊」

 

 陽が机に肘をつく。

 

「最近、機嫌よくね?」

 

「別に」

 

「その“別に”もう飽きた」

 

 うるさい。

 

「女だろ」

 

「違う」

 

「はい嘘」

 

 その時だった。

 窓の外。

 校庭の向こう。

 一瞬だけ。

 白いパーカーが見えた。

 

「……!」

 

 立ち上がる。

 

「お、おい?」

 

 陽を無視して教室を飛び出す。

 階段を駆け下りる。

 校門。

 息が少し上がる。

 でも。


 そこには——

 

 誰もいなかった。

 

「……なんで」

 

 見間違い?

 でも。

 確かに見えた。

 

「今あそこに白いパーカーを着た女子いなかった?」


俺は近くにいた女子に聞く。


「え?いったけそんな人。」


俺は呆気にとられていた。

Episode3を読んでくださりありがとうございます。

少しずつ増える違和感。

そして少しずつ変わっていく湊。

「夜に会うだけの存在」のはずだったルナは、なぜ昼に見えたのか。

次回、Episode4『夜だけの秘密基地』

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