リスタート
「ようやく、一息つけるな」
キルロ達は、洞口の奥へと進んだ。今はこの深い洞窟の闇が、少しの生臭さを残しながらも、安息の場と化した。
パーティーは、疲れた体を思い思いに投げ出すと、安堵の溜め息を漏らす。
「ですねですね」
キルロの言葉にフェインは大きく頷き、体を緩めた。
「エンカウントの高さより、一個体の強度が、この間の【吹き溜まり】より高い気がするんだよな」
「ですねですね、前より少し面倒臭くて、時間かかっちゃいましたです」
フェインが思い出して、ほよほと疲れた顔を見せる。
「だな。火山石もひとつ使っちまったしな」
「あの数はキツイです」
「だな」
マッシュもふたりの話に横入りして、フェインと同じように嘆息を漏らす。疲労の色を隠せないほど、パーティーは疲弊しているが、まだ何も出来ていないのが現状だ。一度ここでリセットをして、探索に戻るべきだと、だれもが思っていた。
「ちょっとアンタ背中見せてごらん」
「いいよ、大したことないから」
「いいからー!」
と、半ば強引にハルヲは、キルロをうつ伏せにした。
「あぁ~」
背中を見たハルヲはその傷に顔をしかめ、額に手を当てた。
「アントン」
大型垂れ耳兎が、大きな体をヒョコヒョコさせながら、ハルヲの側にやってくる。兎の背負っているバックパックから、ハルヲは皮の小箱を取り出した。
「【麻酔】」
ハルヲはキルロの背中の傷に沿うように指を滑らせ、小さな声で詠う。
「麻酔まで使えるのか?!」
マッシュがその光景に目を丸くした。そのハルヲを、フェインは羨望の眼差しで見つめ、目を輝かせる。ハルヲはそんな二人を一瞥して、皮の小箱から消毒液と針と糸を取り出した。バグベアーの爪でパックリと開いたキルロの腰の傷を縫い始めた。
「凄いですね! でも、痛そうです」
「今は麻酔効いて痛くないはずよ。ま、痛くても縫うけど。傷を縫うってだけなら、人も動物も変わらないからね。コイツの場合は特にね」
「ハハハ!」
マッシュはハルヲの言葉に声をあげて笑う。
「マッシュ! そこで笑うな」
マッシュは笑いを堪えながら、灯りで患部を照らし、ハルヲの治療を見守り続けた。
「よし。とりあえずはオーケーよ」
「わるいな」
キルロが、装備を直しながら感謝を告げると、ハルヲは口端だけあげる。
「キノは大丈夫か?」
「元気!」
「そうか、またスピラとアントンを頼むぞ」
「あいあーい」
キノが元気なのは何よりだ。
明るい材料のひとつだな。
疲労困憊のパーティーの口数は少なく黙々と補給と休息を取っていった。
今は弛緩した空気に身を委ね、回復に専念しよう。
「しかし、またバグベアーに追い掛けられたぜ。オレって、そんなのばっかだよな」
「運命よ、運命、諦めなさい」
「そんな運命受け入れられるか!」
キルロとハルヲが軽口を叩き合えるほど元気になった姿を見せると、マッシュとフェインも目に力が戻り、ポジティブな空気がパーティーを包む。
ぼちぼちリスタートするか。
「フェイン、マップの確認いいか」
「はいです」
フェインが、キルロの前にマップを広げていくと、ハルヲとマッシュもそれを覗きこんだ。
「ここから一番近い採取ポイントはどこだ?」
「そうですね、ここが一番近いです」
フェインはキルロにマップの一点を指差す。
ハルヲは腕を組み、マッシュは顎に手をやりながら、フェインの指先を見つめていた。
「よし、まずはそこで採取しよう。そこからすぐ西が未開拓だ、マッピングも兼ねて、西を目指すのはどうだろ?」
「悪くないんじゃないか」
「そうね」
マッシュとハルヲもすぐに賛同を見せた。フェインも頷き、探索のリスタートの準備に掛かる。
「次に同じような状況になったら、すぐさま撤退しよう。クエスト失敗でも仕方ない。退路確保を第一優先でいこうぜ」
キルロがみんなを見回しながら告げる。
「わかったわ」
ハルヲが頷くと、キルロを反対する者などいない。マッシュもフェインも頷き、腰を上げた。
あれだけの群れにもう一度囲まれたら、体力的にきつ過ぎる。
危険な綱渡りをする必要はない。リーダーとして全員を無事に帰す、それが何よりも大切な事だ。それより優先される事案はないよな。
キルロは今一度思いを整理し、装備の再確認をする。
「とりあえず、レストポイントが確保出来たのは何よりだよな。回復に集中出来たのはデカい。ウチのマッパー様は優秀だな」
マッシュがフェインに笑みを向けると、誉められなれていないフェインは案の定顔を真っ赤にして“いや、あの、そんな事は”と、手足をワタワタさせながら焦ってしまった。
「ちょっと、ウチの優秀なマッパーで遊ばないでよね~」
ハルヲが笑いながらマッシュに釘を刺すと、フェインはさらに困惑を深めていく。みんなの元気な姿を確認してキルロは足を上踏み出した。
「よし、行こうか!」
キルロの言葉に、パーティーの脚に力が入る。洞窟を出発し、スロープ状の岩場を下って【吹き溜まり】の底を目指した。
底に辿り着くと、鬱蒼とした木々がパーティーの行く手を阻む。フェインが方向を指差し、マッシュが道を切り開く。パーティーはゆっくりとだが、確実に歩を進め目的地を目指す。
先ほどのエンカウントで狩り尽くしたのだろうか、不気味な程静かだった。パーティーの草葉を擦る音と、漏れる吐息だけが耳を掠める。
「静かね」
「だよな。いなけりゃいないで、楽でいいんだけど」
後方を警戒するハルヲとキルロが言葉を交わす。静かすぎる感じが、何とも言えず不気味に感じてしまい、今の状況を良しとするか考えあぐねてしまう。
このままで頼むぞ。
キルロは心の中でそう念じながら、足を前へと進めた。
「この辺りのはずです」
先頭を行くフェインが足を止める。足元の邪魔な草を刈り、黒金岩を探し始めた。
「あんまり離れないようにな!」
草を刈りながらキルロが声を掛ける。黙々と足元の草を刈り、目的の黒金岩を求めるが、なかなか見つからない。
なんか、こうないと焦っちまうな。
“見ればわかる”って言っていたけど、ホントにわかるのか?
キルロは焦りからか、そんな疑念すら湧いていた。
「あったー!」
キノが声をあげると、パーティーは足早に駆け寄って行った。
「これか⋯⋯」
キルロ達が、その石を見つめる。
黒く光り凸凹のほとんどないツルッとした50Mc程度の漆黒の小さな岩。皆が見惚れるほど、美しく見える不思議な岩だった。
確かにこれなら、見てすぐわかる。間違いようがない。
早速、キルロが岩の底を確認しようと岩を手にする。
「よっと、軽っ!?」
見た目とは裏腹に思っている以上に軽く、思わず持ち上げ過ぎてしまった。
子供でも余裕で持てるな。
キルロ手にした岩をひっくり返し、底を確認していく。ツルッとした底に、一カ所だけポコッとこぶし大に、出っ張った場所が見受けられた。
ここだな。
キルロは腰のピッケルを取り出し、慎重に削っていく。
岩肌は柔らかくポロポロと面白いように剥がれ落ちていた。白い半透明、仄かにキラキラする鉱石が少しずつ現れる。
白精石だ。間違いない。
黒金岩を丁寧に削いでいくと、コロっとまるで植物の種のように白精石が転がり落ちた。落ちた白精石を手に取ると、キルロはみんなを見回し、いたずらっ子のように自慢げに口角を上げる。皆も笑みを返し、安堵の視線を交わしあった。