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鍛冶師と調教師 ときどき勇者と 【改稿中】  作者: 坂門
イスタバール
34/263

エンカウントフェス

「さあ、行こうか」


 キルロの掛け声と共に、村の代表であるネスタが手綱を引いていく。

 住人達の見送りに手を振り返す。

 朝(もや)が足元に立ち込め、朝のにおいがする。

 覚醒仕切っていない頭が、馬車と同じリズムを刻んでいった。


「付けてやろうか?」

「いいわよ、自分でやるから」


 “そうか”とキルロが静かに身を引き、ハルヲに白く輝く4個のピアスを渡す。少し大きめ半透明の白いピアスを、ハルヲは左の耳へ器用に付けていった。

 ピアスを付けると、ハルヲはどこか所在なく、落ち着かない様子で左耳を気にする仕草を見せる。ハーフとはいえエルフ耳にピアスの穴を開けるという行為に、小さな罪悪感を覚え、それと同時に自分は自分という強い意志を心に宿す。


「なかなかいいじゃん。さすがオレの仕事」


 キルロが笑みを浮かべ、胸を張って見せると、フェインが物珍しそうにハルヲの左耳を眺めていた。


「いいですね。とても良くお似合いですよ。私もピアスにすれば良かったです」

「ハルヲ、一緒だね」


 フェインは笑顔で褒めると、キノはハルヲに覗き込むように笑顔を向ける。ハルヲは照れくさそうにふたりに笑みを浮かべ、左耳を気にする仕草を止めた。


 揺れる馬車に運ばれていく。

 太陽が高くなって行くと、朝の凛とした空気は穏やかな空気へと変わっていた。


□■□■


 【勇者の村(ブレイヴコタン)】から北東にほどなく進むと、森の中に突然、口をパックリと開く【吹き溜まり】が現れた。その口の先は見えず、村で聞いた話によると直径は約1.5Mk。中型の【吹き溜まり】という事だ。加えて、タントの話だとそれほど大きくはないが、やや深いので注意しろと釘を刺されていた。

 

「おさらいしておこう。今回の目的は探索と採取。採取は地図に示してある場所に【黒金岩(アテルアウロルベン)】という真っ黒な岩。そこに【白精石(アルバナオスラピス)】がへばりついているのでそれを削り取ってくる、【黒金岩(アテルアウロルベン)】は、見れば分かるって言っていた。探索は未開拓部分での【黒金岩(アテルアウロルベン)】の探索と地図の作成(マッピング)。フェイン頼むぞ。前衛はオレとマッシュ、中衛はハルヲ、キノはスピラとアントンをしっかり守ってくれよ。しんがりはフェイン、頼むぞ」


 キルロの言葉に皆が黙って頷き合う。


「行こう」

「皆様、ご無事でのお帰りを心待ちにしております。気をつけて」


 キルロの静かな声に、馬車に残るネスタが、ゆっくりと頭を垂れ、それを合図に【スミテマアルバレギオ】は潜り始めた。


□■□■


 縄梯子を突起した岩に括り付けて下りていく。ロープで下るよりだいぶ楽だ。ちょっとしたことだが随分と助かる。

 キノとスピラは梯子使わず、器用に下りて行く。

 タントの言っていた通り結構深く、底が見えない。そんな中をキルロ達は、下りて行く。このじりじりと下へ向かう感覚が、いつまでたっても慣れず、心は落ち着かなかった。

 しばらく下ると、底の方からバタバタとモンスターの断末魔が聞こえてきた。

 

 まさか交戦中?

 キノとスピラしかまだ下りていないぞ。


 先頭で下っていたマッシュが下るスピードを、一気に上げた。底に近づけば近づくほどモンスターの咆哮が大きくなってくる。キルロ達もその咆哮に、下るスピードを上げた。

 心臓がイヤな高鳴りをみせる。

 キノとマッシュ、スピラが、すでにエンカウントしていた。通常とは違う子供の背ほどの黒いゴブリンの群れに、ナイフを振り、スピラは牙を向けていた。

 

 あの黒さ⋯⋯亜種? エリート? 

 

 その見慣れぬ様相のゴブリンに、キルロの表情は硬くなる。だが、動きを見る限りエリートではないようだ。

 逆手に2本のナイフを持つキノがくるくる踊るように次々に屠っていく。スピラの爪、マッシュの長ナイフのひと振りが小型のモンスターを二匹、三匹と一気に始末していた。

 底についた途端のエンカウント。キルロは考える余裕もなく、剣を握り、群れへと突っ込む。強さは感じないが、数が厄介だ。

 屠った先から次か次へと沸く黒いゴブリンに、終わりが見えず、疲労が積み重なる。吐く息は荒くなり、体力だけが削られて行く。倒しても、倒しても、ゴブリン達は棍棒を片手に突っ込んで来る。黒い体に、ギラつく目。それが本能のままに動いていることを示し、ギラつく無数の視線がパーティーに向いていた。


「キリがねえな、これ」

「黙ってやるしかないわねっ!」


 キルロは呼吸を荒くし、ハルヲも黒いゴブリンを睨みながら剣を止めない。

 

 自分の吐く息がうるさい。

 

 キルロの前からも、後ろからも“ゴツッ”と、黒いゴブリンが握る棍棒が振り下ろされ、小さなダメージを蓄積していく。

 

 小さな傷には構うな。大きなダメージにならなければ構わない。ひたすらに剣を振れ。

 

 キルロは目の前の黒いゴブリンを切り裂く。

 だが、無限とも思えた黒いゴブリンの湧きに、終わりが見え始める。それでも、パーティーの体力は大きく削られ、最後の1匹をハルヲの槍が射抜いた時には、だれもが肩で息をして、腰に手を当てて天を仰いでいた。


「ぐはっ! しんどっー、みんなは大丈夫か?」

「疲れましたですね」


 キルロがみんなの様子を見回すと、フェインが珍しく疲れを見せていた。ハルヲやマッシュ、キノまでも漏れなく肩で息をしている。


「ちょっとだけ一息入れよう」

「そうね」


 キルロの言葉にメンバー達が腰に手をやり、息を整え次に備えた。以前と違い、白精石(アルバナオスラピス)を身に付けているおかげで、不快感がないのは助かる。


「残念だが来るぞ」


 マッシュが前方を睨み、皆に告げた。

 エンカウントが早すぎる。

 息を整えるヒマもなく、ダイアウルフの群れが突っ込んで来た。ハルヲが間髪容れずにロングボウで迎え撃ち、再戦の狼煙を上げる。

 ハルヲの矢が何頭か射抜いて見せたものの、いかせん数が多すぎる。ダイアウルフが、大きな群れのままパーティーへと突っ込んで来る、


 チッ! このまま乱戦かよ。

 

 キルロは心の中で、軽く舌打ちをして再び剣を構えた。

 ダイアウルフはパーティーに食らいつこうと、牙を剥きだし次々に飛び込んでくる。低くい唸り声を上げ、薄汚れた爪を向ける。そのしなやかな前足の爪は、肉を削ごうと襲いかかる。

 爪が防具(アーマー)を引っ搔くと、金属の乾いた擦音を響かせ、牙が頭に目掛けて飛び込んでくる。

 

 クソ! 本気か?!

 

 集中を切らせない。またひたすらに剣を振り、拳を振るい、抗う。

 斬り落としたダイアウルフの首が転がり、頭の潰れたダイアウルフの骸を積み上げていく。甲高いダイアウルフの断末魔と、パーティーの荒い息づかいだけが響き、ひたすら剣を振り続けた。

 

 牙や爪に構うな。

 振り続けろ。

 

 キルロは、今一度剣を握り締める。だが、ダイアウルフの群れは、減るどころかその数を増やし、牙と爪が止めどなく襲い続けた。


「さすがにこいつは、キリがねえ! フェイン! 援護するから地図(マップ)で、レストポイントチェックしてくれ」

「わかりました!」

「ハルヲ! 援護するぞ!」


 ハルヲとキルロでフェインを挟むように援護すると、フェインは急いで地図を出し、レストポイントを探した。


「ここから北東に行った所に洞窟の記載はありますが、なにぶん古いので絶対の安全は保証出来ませんです!」

「構わねえ、とりあえずそこを目指すぞ! フェインを先頭に突っ切れ! ケツはオレとマッシュだ!」

「了解した!」

「今だ! 行け、行けーー!!」


 キルロの声がみんなの背を押す。フェインとハルヲがパーティーの道を作ろうと拳を振るい、剣を振る。

 パーティーが、ハルヲとフェインの作る道へなだれ込む。だが、あらゆる方向から牙と鋭い爪が襲いかかり、パーティーの足を止めにかかる。

 ダイアウルフの数は増え続け、ハルヲとフェインは思うように道を作れない。遅々として進まないパーティーに焦りの色が出始め、強引に前に出ようと、前のめりになっていく。


「焦るな!」


 マッシュが後から言葉を投げつける。その言葉に頷く余裕さえなく剣を、拳を振り続けていた。


「くそっ」


 小手盾で牙を防いでも、鋭い爪がキルロの胸あてを擦り、カリカリと金属の擦れる音が鳴り止まない。ダイアウルフの爪や牙が少しずつパーティーを捉え始め、頬や腿、腕などに傷を増やしてしまう。


「マズいな」

「どうした?!」


 マッシュのつぶやきにキルロが反応する。


「シーラットの群れだ、ダイアウルフと合流するぞ」

「そんなもん、捌ききれねえぞ!?」


 くすんだ灰色の群れが、さざ波のようにダイアウルフに合流しようとしていた。

 体長50Mcはある大型のネズミ。

 ヒゲの代わりに魚のヒレのようなものがついておりその見た目からシーラットと呼ばれている。個体ならば問題ないが、群れとなるとまた別だ。その俊敏さは、かなり厄介なものになるだろう。


「仕方ない、後ろのやつらはすっ飛ばす。団長! 前に上がって大至急、道を作れ!」

「わかった!」

 

 パーティーの推進力をあげようと、前で奮闘を続けるハルヲとフェインに合流する。


「後ろのヤツらはマッシュにまかした! スピード上げるぞ!」


 キルロが、ハルヲとフェインを鼓舞する。自分も含めて限界が近いのも知っていた。ここが踏ん張り所。飛び込んでくる牙や爪など、気にすることなく、前へと力を振り絞り、それを推進力に変える。

 

 進め!

 前に進むんだ。

 

 鋭利な爪がキルロの眼前を何度となく過ぎていく。

 ダイアウルフの牙が眼前に迫り、生暖かい吐息が皮膚にあたる。

 

 構うな!

 進め!

 

 ハルヲとフェインも、キルロに釣られかのように攻撃の勢いを一段上げる。槍の切っ先は眉間を捕らえ、鉄の拳は頭を潰していく。

 増えていく牙と爪。


 上げろ! 前へのスピードを。

 

 もどかしい思いに、全てを投げ出したくもなる。それでも今は進むしかない。

 キルロは、剣の切っ先は常に前を向けた。

 後方から地響きを伴う爆発音が轟き、大きな火柱が立っていた。

 火柱によって上空に舞い上がるモンスター。

 

 火山石(ウルカニスラピス)を使ったのか。

 

 キルロは、後方から感じていた圧迫感が薄れたように感じる。

 

 後方はこれで大丈夫か? いや、余計な事は考えず前だけを見よう。


「もうひといきだ! 踏ん張れ!」


 自分に言い聞かせるようにキルロが再びを前線鼓舞する。

 

 あげろ! あげろ! 


 キルロは、心の中で呪文のように唱え続けた。腕に、背中にどれだけ爪を受けたかなど今はどうでも良い。ひたすら前へ、前へ、パーティーを押し進めろ。

 マッシュも前線に合流した。パーティーの力を前方へ集中する。推進力を得たパーティーのスピードが一気に上がる。パーティーの勢いに比例して、ダイアウルフの勢いは落ちていった。


「もうすぐです!」


 フェインが前方を指差した。その一言に、パーティーは勇気を貰い集中を上げた。傷だらけになりながらもスピードは落とさない。牙を向ける最後のダイアウルフにフェインが最後の力を振り絞り、拳を振るう。

 顎を砕かれたダイアウルフが宙を舞うと、力なく地面へと転がっていった。

 倒れている無数のダイアウルフを背にさらにスピードを上げ、レストポイントを目指す。これ以上エンカウントがない事を祈りながら、レストポイントのある岩場を駆け上がった。


「ここです」


 すり鉢状の底から、なだらかなスロープを描く岩場を上がった所に、その洞窟は真っ暗な口を開きパーティーを向かい入れる。


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