鍛冶師のパーティーとときどき猫
シルを見つけたタントの表情は見てはいけないものでも見てしまったかのように、眉間に深い皺を寄せた。
「えっ?! 二人って、知り合い?」
キルロがタントとシルにキョロキョロと首を振りながら、驚きを隠せないでいた。どこでどう、何で繋がっているのか、キルロの中でさっぱり分からなかった。
「フフフ、そうね。古い顔馴染みよ。というより私も聞きたいわ、なんでタントがここにいるの?」
「それはこっちのセリフだ、なんでシルがいる?」
互いに同じ言葉を重ね合い、まったく埒があかない。怪訝な表情のタントと、薄い微笑みを浮かべるシルに挟まれ、キルロは首を傾げるだけだった。
「えーっと、まずシルは、今回のクエストの助っ人として参加してくれたんだよ」
「はぁっ!? こいつに助っ人を頼んだのか?」
キルロの言葉に、タントは驚いて見せると、心底嫌そうな顔して首を何度も横に振って見せた。
そんな嫌がるような事は、なかったけどな。
タントの驚きにキルロは首を傾げ、関係性はますます分からなくなり、混乱してしまう。
「タントこそ、なんでここに来たの? あなたがいる事に、違和感しかないわよ」
「だって、こいつら(勇者)アルフェンの直属だもん」
「ちょ、ちょ、ちょっ! それ、内密の極秘事項だろう!」
整然と答えて見せるタントに、キルロは慌ててタントの口を塞ごうとした。
タントのやつ、極秘事項をペラっと話しちまいやがった!
キルロの焦り具合を見て、タントはさらに呆れて見せた。
「はぁ~、こいつが何者か知らずに、パーティーに入れたのか? こいつは、【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】の副団長のひとりだぞ」
「え! マジか」
「うそー!」
「?」
「??」
キルロを差し置き、マッシュとハルヲは驚嘆の声を上げる。キルロとフェインは良く分かっていないというより、全然分かっていないのか、キョトンとタントを見つめるだけだった。
そんな様子を面白がり、シルは笑いながらキルロに手を振って見せた。
「どうも~そうだ! ねぇ、ハル、ウチに来ない? 戦える調教師なんて超貴重よ、可愛いし、指揮も完璧だったし、ホント可愛いし。どう? 歓迎するわよ」
シルは、ハルヲに視線を向け笑顔で勧誘する。
ちょっと本気な雰囲気が漂ってねえか?
キルロの不審をよそに、ハルヲは驚いた顔を見せるが、その表情にまんざらでもない気持ちが透けて見える。
「な、何言っているのよ。【ノクスニンファレギオ】と言えば、純血のエルフソシエタスじゃない。ハーフの私が入る余地なんてないわよ」
「そんな事ないわよ。エルフの血が流れているのだから、それだけで資格は充分よ。どう? 結構本気なんだけどな~」
ナイナイと手を振り、照れがちにハルヲは否定して見せた。
だが、ちょっと嬉しそうにも見える。
あ、これは喜んでいるな。
へらへらと照れた笑みを浮かべ続けるハルヲに、キルロはまんざらでもないのだと感じ取った。
「ウチの副団長を目の前で勧誘しないでくれ。ハルヲも、まんざらでもない顔すんなよ。副団長だろう」
でも、【ノクスニンファレギオ】って、どっかで聞いた気がするんだよな⋯⋯。
ハルヲとシルのやり取りを見ながら、キルロは記憶の糸を手繰り寄せようと脳をフル回転させたが、思い出せずモヤモヤするだけだった。
「【ノクスニンファレギオ】は長男アントワーヌの直属だぞ。この間、アルフェンから聞いたろう」
「え?! そうなのか!?」
マッシュが珍しく驚愕の表情を浮かべる。
そうか、だから聞いた事あったのか。
あと、もう一つは一番デカいソシエタス⋯⋯名前は忘れた。
「だから、アルフェン直属の話をサラっと言ったのか」
「当たり前だろ。そんな大事な事をベラベラ話すわけないだろう」
「まさか【スミテマアルバレギオ】が、アルフェンの直属とはね⋯⋯ますます目が離せないわ。面白いわね、アナタ達」
「いやいや、ウチは団長が面白いだけで、他はいたって普通だよ」
マッシュの言葉にハルヲとフェインが大きく頷いた。
マッシュ、オレも普通だって。仲間外れにしないでくれ。
「いろいろ面白かったわ、タントから話があるのでしょう。お邪魔なようなので消えるわ、また近々会いましょう」
“じゃあね~”とシルは颯爽と帰ってしまった。
あれ? でもなんで、有名ソシエタスの副団長が、小さいパーティーの助っ人なんかしたんだ? 借金でもあるのかな? いろいろと謎のままだ。また会うぽい? のか? その時にでも聞けばいいか。
「全く、お前達も変なのに目をつけられたな」
「そんなに変な所はなかったぞ」
「あんなエルフぽくない、エルフいるか?! あいつは、相当な変わり者だぞ」
言われてみれば、あんな気さくなエルフは確かに会ったことないかも。
「あいつの率いているパーティーはあの【ノクスニンファレギオ】でも、裏方仕事を専門で請け負っているパーティーだ。それだけで曲者って分かるだろ」
「なんで、タントはそんな事まで知っているんだ?」
表に出て来ないなら、知られる事もないって事ではないのか?
キルロの中でクエスチョンマークが踊る。
「蛇の道は蛇ってやつだろ」
首を捻っているキルロに、マッシュは意味深に答えると、タントがジロっとマッシュを睨んだ。
「おまえもだろ、マッシュ・クライカ」
マッシュはタントの視線に、ニヤリと笑みを返す。
「でもまさか、【スミテマアルバレギオ】にマッシュ・クライカが入団するとはね。あれだけパーティーに誘っても断っていたクセに、寄りにも寄ってこことはね」
「え?! そうなの? 誘っていたの??」
「昔な」
と、マッシュは意味深に笑う。
ハルヲは“どうりで⋯⋯”と一人納得する。
「なんかいろいろあんだな」
「シルとは何のクエスト行ったんだ? あいつが自分から動くなんて、季節外れの雪でも振るんじゃないのか」
「あ、【吹き溜まり】の探索、調査クエだ。ちょっと危なかったな」
「また【吹き溜まり】かよ、おまえ達、ホント【吹き溜まり】好きだよな」
「好きじゃねえよ、あんな気分悪くなるところ」
「あ! そうそう、それで思い出した。これを渡しに来たんだった」
そう言って、タントはこぶし大の真っ白な【白精石】を取り出した。
「これを防具に付けとけ。おまえの身長なら爪3つ分くらい、ハーフなら爪2つ分くらいの大きさで大丈夫だろ。【黒素】の影響を受けなくなるんで、【吹き溜まり】に潜っても気分悪くならないぞ」
「ホントか! そりゃあいい。つか、もっと早く欲しかったな⋯⋯あ!」
キルロはキノの鼻ピアスを思い出した。
キノの鼻ピアス【白精石】だったな。そうか、だからキノは平気だったのか。
「まぁ、【吹き溜まり】クエストの実績が出来たのは、結果的に悪くないかもな。実績ゼロのソシエタスに発注掛けるより体裁はいいからな」
「【白精石】を渡してきたって事は、潜れって事かしら?」
「さすがハーフ、察しがいいな」
「また【吹き溜まり】に行くのかぁ、しばらく行きたくなかったなぁ」
やっと帰ってきたばかりだというのに、また行くのかと、キルロは肩を落とす。
「まぁ、今日明日ってわけじゃない。装備の準備とか怠るなよ」
「どの辺りか決まっているのか?」
マッシュの問い掛けに、タントは皆を見回し表情を引き締めた。
「北東の予定だ、東のイスタバールから北に上がった所だ。【アルンカペレ】というダミー商会から、おまえ達のソシエタスへ指名発注される。発注の内容はイスタバールまでの商品の護衛業務。これで大手を振ってイスタバールまで行けるだろ。実際の内容は別口で直接渡す」
「わかった」
キルロがタントに頷くと、一同の表情が次に向けて引き締まった。