報酬
「そういや、あんたのあれ何! ヒールなんて使えたの? しかも何あのバカみたいなヒール??」
「バカって何だよ⋯⋯」
ハルヲは驚愕を隠せず、キルロを睨んだ。
「そうそう。あんな高位のヒールなんて、お伽話でしか聞いた事ないわよ」
「え? 高位? 普通だよ。ふ・つ・う」
シルも驚愕の表情で、矢継ぎ早にキルロに顔を寄せる。
「ククククッ⋯⋯」
「いやぁ、そのなんだ⋯⋯少しな、少しだけヒールを使えるってだけだ」
笑いを抑えようと必死なマッシュの横で、キルロは手を頭にやりながら気まずそうにハルヲとシルに答える。
動かなくなった食獣花を前に、パーティーは一時の安堵に包まれ、空気は弛緩していた。
「少しって!? あの傷が、何もなかったようになっているのよ。ほら、見てごらんなさい! ほら、ここ! あれが、少しな訳がないじゃない、ほら! ほら!」
シルは口を尖らし、剥き出しになっている負傷していた肩を、これ見よがしにキルロに見せつけていく。
「ああ! もう! シル! 近い! 近いって! 分かったから止めろ!」
キルロはシルを押しのけようと必死に抵抗するが、シルの力が勝っているのか、のれんに腕押し状態。シルはびくともせず、キルロに迫っていた。
「本当はあんた、治療師なんじゃないの?」
「いや、それはない」
怪訝な顔で問い掛けるハルヲに、キルロは即座に否定して見せた。だが、ハルヲもシルも、その答えに納得する様子はまったく見せない。二人は怪訝な表情を、そのままキルロに向けていった。キルロは仕方なく、口を開いていく。
「そのなんだ⋯⋯自分にヒールをかけられないんだよ。冒険者の治療師としては、致命的だろ? というか、そんなんじゃ治療師の為の治療師を雇わないと、クエストに出れないんだぜ。ダメだろうそんなの」
キルロが溜め息まじりに答えると、渋々ながらハルヲとシルは納得した。
「まぁ、治療師の真似事は出来るからさ、それで勘弁してくれよ」
ふたりの苦笑いに、キルロは微笑みながら付け加えておく。
「んで、結局こいつは何なんだ?」
話題を変えようと、目の前に転がる残骸をキルロは足蹴りにすると、根元部分をひっくり返した。
「これはこれは、気持ち悪いですね~」
フェインが心底嫌そうに顔をしかめ、その光景から目を背けてしまう。
散々、ボッコボコにしてたクセに今さらかよ。
丸い体型の大きな虫が、ひっくり返っている。
腹の部分が黒光りしていて、節のついた8本の脚はかなりしっかりとして太い。あの大きな花を支える土台としたら、相応の大きさなのだろう。
キルロが突き刺したあたりには、小さな目らしきものがいくつも見受けられた。裏返した事で、この辺りが頭部にあたるのを確認出来た。
「蜘蛛が変化したものかしら?」
「それっぽいな。花が変化したって言うのは、流石に無理がありそうだ」
ハルヲはまじまじと眺め、槍で突いたりしながらその生態を想像する。その横でマッシュもまた、珍しいモンスターを観察していた。
“私は気持ち悪いのはパスさせてもらうわ”と、シルはキノやスピラ達と茂みの影でのんびりしていた。シルの溶けて破れた肩口が痛々しく映るが、本人は至って元気だった。
「あの袋が口になるのか? どうして、こんな形に進化したのか、流石にわからんな」
「背中から食虫植物が生えたって感じかしら? 黒素が濃い所には、こんなへんなヤツがウヨウヨしているかもしれないってことよね」
「いやぁー気持ち悪いですね」
マッシュとハルヲが観察結果をまとめている側で、フェインはチラ見しては顔をしかめる。
ハルヲとマッシュは、手慣れたものである。特にハルヲは普段から生き物と接している分、こういうのは得意分野なのだろう。
フェインも見なければいいのに、怖いもの見たさなのか、顔を覆う指の隙間からずっと覗いていた。
変なやつだな。
キルロは、そんなフェインの姿に思わず笑ってしまう。
「こいつが周辺のヤツらを喰らってたなら、この辺りはまだエンカウントはないんじゃないか? 今の内にもうひと踏ん張りして、探索を終わらせないか? シルはどうだ? 大丈夫か?」
キルロが転がっている残骸を指差しながら言うと、一同は顔を見合わせながら頷く。
キルロが、しゃがみこんでいるシルに手を差し伸べると、シルは少しはにかみながらもキルロの手を取り、立ち上がった。それを合図にして、クエストの為、道なき道の行軍を再開する。
相変わらず、重苦しい不快感がどうにも慣れない。静かに佇む木々にさえ圧迫感を感じ、この不快感に嫌気がさしてくる。
予想通りエンカウントはなく、歩みを遮られる事もなく、クエストを進められた。
「キノは元気だな、気持ち悪くないのか?」
拾った小枝を振りながら、上機嫌で歩いているキノにキルロは声を掛けた。
「大丈夫。前にハルヲ達と行った時はなんかイヤだったけど、今日は平気~」
「そうか、羨ましいな」
「へへへ」
キルロの素直な羨望に、キノは笑顔で答えた。
なんでキノは平気なんだろ? 人型になったから? かな? ま、考えても分からんか。
陽光が遮られている底は、時間の感覚が麻痺する。ある程度のマッピングも、情報も得ることが出来た。クエストの内容を考えても、もう十分だろうとキルロは足を止めた。
「こんなもんで、いいんじゃないか?」
「上々だろ」
キルロの言葉にマッシュも同意する。反対意見が出ることもなくパーティーは村へと帰還した。
地上に戻る頃にはすっかり陽も落ち始め、五人と二頭の影が長く伸び、長い一日の終わりを告げていた。
□■□■
キルロは街に戻るとひとり、その足でギルドへ完了報告に向かう。
「お帰りなさいませ。無事のお帰り何よりでございます」
「どうも」
受付の椅子に腰掛けると疲れがどっと出る。必要な書類に記入し今回の成果を手渡した。
「確かにお預かり致しました。先方より完了の確認が頂けましたら、報酬の受け取りにいらして下さい。順調に進めば2~3日後にはお支払い可能になります」
「わかった。ちなみに今回の依頼人はどういうやつなんだ?」
「基本、そのような個人情報に抵触する内容には、お答え出来ません。申し訳ありません。お教え出来るのは、ソシエタスからのご依頼。というところまででしょうか。こちらで、ご了承の程よろしくお願いいたします」
「仕方ねえな。じゃあさ、【吹き溜まり】の探索依頼って、最近多いのか?」
「【吹き溜まり】関連のご依頼は増えているように感じます。あくまで私見ではございますが」
「そうか。ありがとう、3日後くらいにまた寄るよ」
「では、お待ちしております」
今回の受付嬢は全くもって普通だ。
ちょっと拍子抜けだな。
ソシエタスの発注か、シルが言っていたように学者系のどこかなのか?
とりあえず終わった。
初仕事無事終了だ。
帰ってゆっくり寝よう。
疲労のピークは越えたキルロの体が、急激に休息を求めていた。
□■□■
「なんか久しぶりな感じがするな」
キルロが満面の笑みで皆を出迎えた。今日は緊張感もなく、ゆるっとした空気の中で近況を報告しあう。
報酬が無事入ったので皆で山分けしていく。
「フェインのグローブ年季入り過ぎじゃないか? ウチで作らねえか、安くするぞ」
「すみませんです、ありがとうございます。ど、どうしましょう??」
思ってもいなかったキルロの提案に、フェインはしどろもどろになってしまう。
「ハハ、3、4日で何が変わるって訳じゃないしな」
「そうね。相変わらず団員来ないしね」
「焦ってもしょうがないわよ、きっとピッタリな人がくるわよ。それはそうと⋯⋯」
シルがいたずらな笑みを浮かべ、ハルヲの耳元に唇を寄せた。
「あの坊やとはいつから?」
ハルヲが目を見開いて、シルを見つめ返す。みるみるうちに赤くなっていくハルヲの顔を眺めながら、シルは笑みを深めていった。
「なななななな、べべ、別にそ、そんなんじゃないし⋯⋯」
「あら! そうなの? それじゃ私が行ってもいいかしら。私を救ってくれた王子様に」
シルはハルヲに余裕の笑みを湛えて言い放った。その含みのある笑みにハルヲは存外のダメージを食らったらしく、俯いてしょげてしまう。
「そ、それはさ、アイツが選べばいい事だから、私がとやかく言う筋合いはな⋯⋯い」
俯いて消え入りそうな声で、シルに返答するのがやっとだった。ハルヲは耳まで真っ赤にしてモジモジする事しか出来ない。
「おいおい、ウチの副団長をあんまりいじめないでくれよ」
マッシュが笑いながら、シルに釘を刺すとシルのテンションはますます上がる。
「だってもう可愛いんですもの!」
シルが笑みを深めながら、キャパオーバーで真っ赤になったままのハルヲに視線を向けるとさらに笑みを深めた。
「よし! 山分けにしよう! うん? ハルヲどうした?」
椅子の上で茹で上がっているハルヲに、キルロは思わず目を見開く。
「大丈夫だ、気にしなさんな」
マッシュが答えると、キルロは金の配分を始めた。
「そうなのか? ま、いっか。んじゃ、四等分でいいか?」
「「「オイ!!」」」
キルロに総突っ込みが入る。
「いいわけないでしょ! ソシエタスの維持費とかどうすんのよ! バカなの!?」
「普通は団長、副団長が多めに取って、後は貢献度で分けるのが常套だぞ」
我に返ったハルヲは声を荒げ、マッシュは少しばかり呆れて見せた。
「え?! そうなの? あっ、でもそうか⋯⋯ソシエタスの維持費って、毎月払わなきゃいけないんだもんな」
キルロは、ギルドでのやり取りを思い出し、今一度考え直す。
「じゃあ、みんなには申し訳ないけど、ソシエタスの維持費分を入れて、五等分って事で」
「私達はいいけど。ねぇ」
「すいませんです。なんか申し訳ないです、はい」
シルとフェインが申し訳なさそうに答える。通常の常識からは、かけ離れているらしい。ハルヲは頭を抱え、マッシュはクククッと相変わらず笑っていた。
「え?! まだ変なの? でも、貢献度って言われてもさ、ハルヲもマッシュも現場を引っ張ってくれて、シルは経験を生かしてフォローしてくれて、フェインは地図描いたうえに殴ってもいたもんな、あれ? 一番何もしてないのオレじゃね⋯⋯良し、やっぱ、貢献度は関係なし! 五等分で決まり!」
“もう決まり、決まり”と、言いながらキルロは皆の前に報酬を置いていった。
一人頭5万ミルド、十分な額だ。
さすがソシエタス用のクエスト、ありがたや、ありがたや。
「シルはソシエタス入っているんだっけ? 助っ人って言っていたもんな」
「残念ながらね。でも、王子とはまたパーティーを組みたいわ」
ハルヲがドギマギしながらやり取りを凝視していた。シルがそれに気がつくと、キルロの腕を取り、体を密着させた。美しいエルフの大接近にキルロもドギマギしてしまう。
「また遊びましょうね、私の王子様」
ニッコリと笑みを湛え、優しく囁いた。
キルロがギクシャクした動きで、シルに微笑みを返す。
ハルヲの顔色が赤から青に変わって硬直している。
「ハハハハハ。だから、団長と副団長で遊びなさんな」
大笑いしながらマッシュがシルを咎めた。
「あら、意外と本気かもね」
シルは、妖しく笑って見せる。
「フェインはどうなんだ? どっか所属しているのか?」
キルロは、急いで話題を変えようとフェインに向いた。
「私はどこにも所属していないです、はい」
「じゃあ、ウチに来いよ。まだまだ弱小だけどさ、来てくれたら歓迎するよ。なあ」
気を取り直し、キルロがハルヲとマッシュに同意を求めた。
二人とも“もちろん”と即答だ。
「えっー?! いいのですか? すみませんです、お世話になりますです」
フェインは何度もお辞儀し、【スミテマアルバレギオ】のメンバー達は笑顔を返す。
フェイン・ブルッカ加入決定。
【スミテマアルバレギオ】に、地図師の拳闘師が増えた。
「おーい! いるかー!」
店先から不意に声が届く。キルロが店先に向かうと、そこには見慣れた猫人が立っていた。
「タント!? どうしたんだ」
「どうしたも、こうしたも、お仕事持ってきたんだよ。面子は揃ったか?」
「いやぁ、オレを入れて、たった今4人になったところだ」
「少なっ!」
「仕方ないだろ、いろいろ大変なんだよ」
ふてくされ気味のキルロの言葉に、タントが“やれやれ”と呆れて見せた。
来ないものは来ないのだから仕方ない。
「ま、いいや。上がるぞ」
タントは、なんの遠慮もなく、ズカズカとみんなのいる居間へと向かう。
「うん?」
居間に入るなり、タントの動きが止まる。
「げっ! シルヴァニーフ・リドラミフ!」
「あら、タント・ユイ」
え?? 二人って、顔見知りなの?




