鍛冶師と勇者と調教師 ときどき猫
タイトルを少し変えました。
ここから新章な気持ちです。
~ラ・サーガ~
北に不穏の種が生まれ芽吹く時、人々は嘆き続け暗闇に屈する。
南に勇気ある者生まれ風吹かす時、人々は光の種の芽吹きを感じる。
風が火を呼び、水を運び地に安寧をもたらすと不穏の種は枯れはじめ
光の種と共に北の地に封ずる。人々は安寧の地を得、繁栄を為す——————。
「これが親とか学校とかで何遍も聞かされるおとぎ話だ」
キノとエレナを前に、キルロがこの地に流布している伝承を話して見せた。
「よくわからないね、キノ」
「ねー」
エレナの言葉にキノは小首を傾げながら頷いた。
「確かに、よくわかんねえよな。あ! でも、ちょっと前に勇者さん達にあったよな」
「あったー。目が緑の人」
「緑なんて珍しいね! あ、でもキノの金色も珍しいよ」
今日は、遊びに来たエレナに勉強会を開いていた。
怪我も癒え、キルロは、自宅に戻りしばらく経っていた。日常を取り戻し、何気ない日常を過ごしている。
キノの事は知り合いの子を預かっているという体でご近所の体裁を整え、何とかやり過ごしていた。
だが、どこに行ってもひと言めは、“あんたの子かい?”と、ご始まりご近所を一周するまでそれは続いた。
そんなに老けてねえよな。
まだ19なのに。
少しばかりの不安を抱えつつ、しばらくもすれば日常は戻って来る。最初は違和感を覚えた人型のキノにも、なんだか慣れたというか、正直違和感がなくなり接していても、以前と感覚的に対差を感じない。
不思議だが自分だけではなく、キノを知る人間は皆が同じ感覚でいるみたいだ。むしろ話せるようになった事で、前よりコミュニケーションが取りやすくなったと歓迎する向きが強い。
良かったのだか悪かったのだか、とりあえず一時の混乱は治まり、今は平和な日常を謳歌していた。
キノがこだわった鼻のピアスは、“あの洞窟”で手に入れた、というかポケットに捻じ込んでいた白い石で作り直した。
肌の白さと石の持つ半透明な白さの相性が良く、なかなかいい出来だと自負している。
まあ、キノも気に入ってくれたし、結果的に良かったって事で。
「今日もフルーツ買ってきたよ、食べる?」
「食べるー」
キノとエレナの二人で、楽しそうにしているので放って置き、自分は工房へ戻って行く。
相変わらず仲が良いな。
キルロも思わず微笑んでしまう。
サボっていたわけではないが、ご無沙汰なので感覚を取り戻すべく、ゴーグルを装着して炉に火を入れた。
■□
「成人したらハルさんの所で、住み込みで働かないかって、言って貰えたんです」
帰り際に満面の笑みでエレナの言葉に、キルロも破顔する。
ハハ、ハルヲのやつめ、やるなぁ。
「良かったじゃん! あいつは打算で動かないからな、ダメなものはダメとはっきり言うヤツだ。店に来いって事は、ハルヲがエレナを必要としているって事だ」
キルロの言葉に、照れた笑みを浮かべ去って行くエレナの姿を見送った。
成人になったらか⋯⋯。
成人にならないと親の許可いるんだよな。
少しだけ、もどかしさを感じる。出来れば今すぐにでも家から出してやりたいんだがと、キルロは頭を掻いた。
なんとかしてやりたいものだ。
しばらく店を休んでしまったのでギルドに向かい、受けられる鍛冶仕事をいくつか取って来た。選り好みはしてられない、効率が悪かろうがショボい仕事でも受ける。
帰り際に壁際を見上げると、ソシエタス向きの受注が目に入った。
ソシエタスとは企業みたいなもので、少人数から大人数、関わる仕事も大きくなればなるほど多岐に渡る。
すげぇな、桁が違うな、相変わらず。自分が受けたものとは規模が違い過ぎる。
見ちゃダメだったな。
自分が小さくなった気分になってしまう。討伐にしても採取にしてもソシエタス向きのクエストは規模が大きかった。難度も報酬も、個人とは大きな差があり、桁も大きく違っていた。
ま、クエストにあたる人数も段違いだし、当たり前といえばそれまでだけど、それはそれで大変なのかな?
まあ、自由気ままに出来る今の方が性に合っている。
さて、帰って早速取り掛かろう。
しばらく工房に籠もる日が続く。
なんと言っても3万ミルド、早く払わねば。
■□■□
「あちぃー」
何日も鍛冶仕事に集中したおかげで、受注分の目処がついた。
これで少しペースを落とせるな。
大きく体を伸ばして、ごくごくと一気に水を飲み干し、人心地つけた。
「キノ、そっちが終わったら休憩しよう」
「あいあーい」
キノには家の手伝いをお願いしていた。白蛇時代、掃除や洗濯を見ていて、やってみたかったらしく、どうやら遊び感覚でやっているので楽しそうにやっている。それはそれで、凄く助かっていた。
「ごめんください、こんにちは!」
聞き馴染みのない声が店先からした。
聞き馴染みがないイコール⋯⋯客!!
キルロは、店先へダッシュする。
「はーい、なんのご入り⋯⋯用? って、あんた!?」
「やぁ、久しぶりだね、キノも元気かい」
「あの時の勇者さん⋯⋯」
しょぼい⋯⋯小さな店先に似つかわしくない、高貴な雰囲気を纏うオッドアイの青年、勇者アルフェンが微笑みながら手を軽く上げていた。
「お客さん? いらっしゃいませーだ」
「あ、キノ⋯⋯あ、いや、その知人の子供を預かっていまして、たまたま名前がキノでして⋯⋯ハハハ」
取り繕うのがホントに下手だと自分でも分かる。
余計な事聞かれませんように。
キルロは心の中で呟きながら、アルフェンにそっと視線を向ける。アルフェンは、片目を瞑りキノを見つめると、満面の笑みを浮かべて見せた。
「⋯⋯キノ⋯⋯そうか⋯⋯キノ、宜しくね」
アルフェンは、無邪気に言い放った。
この反応ってどうなのよ?!
なんだか見透かされている気もするけど、下手な事は言わない方がいいよな。
「あ、ねえ~。ほ、ほら、キノも挨拶しないと」
「よお!」
キノは勇者に向かって片手を軽く上げると、居間に引っ込んでしまった。
キルロは、下手な事聞かれないかと内心ドキドキが止まらない。
話題を変えないと。
「いやまぁ、そんな事より今日はどうした? お連れさんもいるみたいだけど、この間より少ないな。武器か防具のメンテナンスか? でも、まさかホントに、来てくれると思わなかったよ」
キルロは目先を変えるために、急いで話題を変えた。吹き出す汗をごまかしながら、キルロの笑顔はどんどん硬くなっていく。
今日は前衛の男と、猫人の女だけか⋯⋯。
「こちらの仕事も、ひと区切りついたんでね、約束通り伺わせて貰ったよ。なかなかいい工房じゃないか」
アルフェンは店内を見回し、乱暴に置かれている武器や防具を手に取りながら、言葉を続ける。
「最近はどう? 店の調子はいいのかい?」
「ちょっと仕事出来てない時期があったんで、今必死に取り戻してる最中だ」
逆に質問されたキルロが肩をすくめながら答えた。
なんだかのらりくらりと芯を外されている感じがする。
で、結局今日はなんで来たんだ?
「仕事出来ない時期⋯⋯大丈夫かい?」
「ま、ちょっと怪我しちまって、治るまで仕事は控えていたんだ。今はもうすっかり。ピンピンしてるよ」
「そうなんだ⋯⋯病院へは行ったんだね」
「いや、知り合いの所で世話になった。治療もそこでね」
「いい治療師の知り合いがいるんだね」
「いや~調教師なんだけどね」
「ほう⋯⋯調教師」
一瞬アルフェンの顔つきが変わった気がした。だが、キルロは気のせいだろうと言い聞かせる。アルフェンは、微笑みを浮かべたままキルロに向き直した。
「治療師じゃなく調教師に治して貰うなんて、相変わらず君は面白いね」
「面白いか?」
「その調教師にも会えないかな?」
「どうかな? 会えるかな? でもなんで?」
「動物ばかりでなく、人まで治すなんて面白そうな方じゃないか!」
キルロはアルフェンの言っている事が良く分からず、前衛の男に視線を送ると、男は、首を左右に軽く振り、諦めろと無言で伝える。
なんだかちょっと面倒くさいなって来たな。
「え?! ホントに行くの? 会えないかもしれないのに?」
「構わないさ。さぁ、早速行こう」
アルフェンはそそくさと踵を返し、店を後にしてしまう。勇者様の手前、無下に扱う事も出来ず、諦めて【ハルヲンテイム】を目指す。道中、前衛の男がキルロの肩に手を置くと、“すまんな”と、ひと言哀れんでくれた。
しかし面倒くさいな。
「キノも行くー」
「おい! あぶねえーって!」
ピョンピョンとキルロの背中を足場に跳ねると、肩にチョンと座りキルロが肩車していた。
まったく。
しかしまぁ、ぴょんぴょんと良く跳ねまわるな。
■□■□
「ハルヲー」
いつもより淡白に裏口から声掛ける。
今日はいない方がいいという思いが、そこに溢れていた。
「何?」
キルロの呼び声に、扉がすぐに開いた。
「あ、いらっしゃった」
「そらあ、いるわよ。自分の店だもの」
ハルヲは怪訝な眼差しをキルロに向ける。
「なんかさぁ、ハルヲに会いたいって人がいてさ⋯⋯」
アルフェンから見えないように、キルロは手で小さく“ゴメン”と伝えた。ハルヲがキルロの後ろにいたアルフェン達を見ると雰囲気が一変、ハルヲは剣呑な表情を浮かべる。
その思い寄らなかった一変した空気に、キルロは戸惑いを隠せない。
「え? え?! どうした急に?」
キルロが戸惑いを見せる中、猫人の女が、一歩前に出た。
「あらハーフちゃん、久しぶりね。こんなに早く再会するとわねぇ~」
マスクを外し、薄笑いを浮かべながらハルヲに言葉を向ける。すると、ハルヲの表情がいっそう堅くなった。
“再会”って? どういうこと?
「こんにちは」
アルフェンが丁寧に頭を下げ、挨拶をする。だが、表情ひとつ変えずハルヲは視線をそらした。
「こ、こちらは、アルフェン・ミシュクロイン。勇者の家系の三男だ。こっちは、ハルヲンスイーバ・カラログース。オレが世話になっている調教師だ」
キルロはお互いを紹介した。にこやかなアルフェンと違いハルヲの表情は堅いままだ。
「カラログースさん、初めまして」
アルフェンは、改めて丁寧に挨拶をし直す。
「初めまして」
ハルヲは視線をそらしたまま、素っ気ない返事を返すだけだった。
「僕のパーティーメンバーも紹介しておこう。こちらがクラカン・ロンドバルフ、見ての通り前衛をしてもらっている。こちらはタント・ユイ、スカウトで斥候などいろいろ多岐に渡りお願いしている」
クラカンはゆっくりとお辞儀をし、タントは“ハ~イ”と軽く手を振った。
「で、その勇者様方はなんの御用でいらしたのかしら」
戸惑っているキルロを余所に、ハルヲが一同を見回しながら冷たく言い放つ。
「フフフ、そうだね。こんな所で立ち話しも何なんで、どこか落ち着ける所に移動しないかい?」
「⋯⋯いいわよ、こちらへどうぞ」
ハルヲは、一同を客間へと移動させた。その間もキルロは何が起こっているのか理解出来ずアタフタしているだけだった。
案内された客間に、全員が席に着くとアルフェンが口火を切った。