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調教師と蛇 ときどき鍛冶師

「2、3日で帰るわ。しばらくの間、宜しくね」

「気をつけて行って来いよ。そうだ! これも持っていけ」

 

 キルロはそう言って短い槍をハルヲの手渡す。ハルヲの装備を整備している時に、使えそうだとキルロが鎚を打った物だった。そこには、いつも世話になっているという感謝の気持ちもあるのだが、それは口には出さない。


 ハルヲの身長ならちょうどいい槍になるだろう。

 

 ハルヲは槍をマジマジと見回し、“じゃあね”と片手を上げて去って行った。

 キルロは、小さな背中を見送りながら、いつもの短い旅が無事に終わるように祈る。知っているのは、この旅がハルヲにとって大切な事だということだけ。 

 

 それだけ分かっていれば十分だろ。


■□■□


 夕飯を終えキノとふたり、まったりとテーブルを挟んで向かいあっていた。


「さて、キノさん。のんびりもいいですが、ぼちぼち動いていかないといかんのですよ」


 キルロは椅子の上であぐらをかきながら前後に揺れ、キノを相手に一人唸っていた。


「明日、ギルドに行って鍛冶か採取でも、また見てくるかね」


 キルロは、相変わらず前後に揺れながら逡巡する。

 

 だが、討伐系はしばらくパスだ。


■□■□


 キルロとキノは、人がごった返している、ギルド本部の入口をくぐる。

 

 先ずは鍛冶だ。

 

 キルロは、鍛冶系クエストの掲示板を隅から隅まで見回した。せっかくやる気を出して、早い時間から来たというのに美味しいクエストは、きれいさっぱり取られており、目ぼしいものは何もない。

 

 どんだけ、早いんだよ。

 

 悔しさを滲ませ、鍛冶系の掲示板をあとにすると、採取クエストの方へと向かった。だが、こちらも同じような状況だろうと、キルロの諦めていた通り、目ぼしいものは、見当たらない。とは言え、鍛冶系に比べたら、クエストの数は比べ物にならないほど多い。淡い期待を胸に、掲示板を睨んでいった。


 贅沢は言わないから、何かないのかな。

 

 壁に貼られたクエスト依頼に目を凝らす。その姿は必死そのものだった。

 隅から隅まで見落としはないか? 美味しいものはないか?

 キルロの真剣な眼差しが、掲示板を睨んでいった。


 ない⋯⋯。

 

 また明日出直すかと、がっくりと肩を落とし、出口へと踵を返す。すると、冒険者の二人組が掲示板にクエスト用紙を戻すのが目に入った。キルロはすぐ、その用紙に手を伸ばした。

 

 鉄鉱石と回復薬の原料となる雲雀草(アラウダヘルバ)の採取か。

 鉄鉱石は手持ちのやつを提出しちまえば、わざわざ取りにいかなくともいいよな。雲雀草(アラウダヘルバ)なら、北東の生息地まで行くのがちょっと億劫だが、逆にそれだけだよな⋯⋯。


「⋯⋯承りました。」


 気が付けば、受付に用紙を提出していた。


■□■□


 早朝、街が本格的に動き出す前に、キルロは店をあとにした。

 太陽が昇りきる前の閑散としている街の出口を目指す。夜の間に冷えた空気が、地面に吸い込まれ一日の始まりを告げる。

 この朝の凛とした空気が心地良い。

 キルロは、ひとつ深呼吸をして、出口から森へと抜けていった。


「天気がいいなぁ」


 木々の隙間から射し込む陽光を見上げ、キルロは上機嫌でキノに話しかける。自然にテンションは上がり、足取りは軽くなっていた。

 

 目的地を目指し、森の中をしばらく進む。すると、【吹き溜まり】の際に遭遇し、キルロはその巨大な穴を覗き込む。

 巨大な【吹き溜まり】が、巨大な口が開き、いまにも飲み込まれそうだった。

 キルロとキノはその口に沿って、目的へと進む。ここを抜けると、お目当ての雲雀草(アラウダヘルバ)の生息地があるはずだ。

 

 こいつは、どこまで続いてるんだ?


 キルロは終わりの見えない【吹き溜まり】に、恐怖すら覚える。下をいくら覗きこんでも、黒い靄がかかり底は見えず、それがまた恐怖を煽った。



 ドン!


 キルロは、急に背中を押された感じがした。いや、間違いなく押された。


 なんだ!?


 キルロは【吹き溜まり】を覗き込んだ態勢のまま、まるでスローモーションのように下へと体が吸い込まれて行く。

 【吹き溜まり】の(ふち)に手を掛けようと、無理やり体を捻る。キルロの視界が捉えたのは、がっちりとした体躯の男と細身の男のふたり組。ふたりのニヤケ顔がキルロの脳裏に刻まれる。(ふち)へと必死に伸ばしたキルロの手は、無情にも空を掴む事しか出来なかった。

 落ちていく最中、キルロの頭の中で、ニヤケ顔がフラッシュバックする。


 あいつら見たぞ

 どこで見た?

 それより、キノは!!?


 絶望的な浮遊感が体を包む。手足をバタつかせて岩肌や岩壁から伸びている枝などに手足を打ちつけ、落下から少しでも逃れようと藻掻いた。

 岩肌や枝に手足が当たる度に鋭い痛みが走る。だが、キルロは構う事なく手足を振り続け、生への執着を見せた。

 上も下も分からない。ただ、壁なのか地面なのか、キルロの体は、何度も跳ね、グルグルと視界は回っていた。

 やがて、回転は止まりキルロの体は地面に投げ捨てらたかのように転がった。キルロは地面へうつ伏せたまま、動かなくなっていた。


■□

 

 キルロはゆっくりと目を開ける。意識が整理を欲しているが、それに答えるだけの覚醒には少し時間を要した。


 落とされた⋯⋯。

 【吹き溜まり】に⋯⋯。

 男に!

 そうだ! キノは?! 

 

 頭が覚醒していく。それと同時に体中に激痛が走った。その痛みが引き金となり、意識が覚醒していく。


 ヤバい、【吹き溜まり】の底だ。


 体をゆっくりと起こし周りを見渡していく。聞いたことのない生物の鳴き声が混じりあい、耳朶を掠めた。確実にその声のいくつかは危険な存在だろう。

 痛みも酷いが、先刻から息苦しく、重苦しい感覚がキルロを包んでいる。それを簡潔に言えば、とてつもない不快感が体をくるんでいる感じ。

 霞がかっていて視界が悪い。

 腕や足をゆっくりと動かし、自身の体を確認していく。痛みは酷いが足は動く、ただ左肩がまったく上がらなかった。


 こりゃあ、外れたか折れたかしているな。

 ヒールをかける事が出来ればな⋯⋯。

 

 自分自身にヒールをかけられない、キルロ(じぶん)の家系を呪う。これが治癒師(ヒーラー)として失格だと、言っているキルロの負い目だった。

 

 役に立たない自分の能力。自分の不甲斐なさに嫌気がさす。

 だが、今は耐えるしかないと、痛む左肩を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。


 しかし、あの男達どこかで見たんだよな。どこだっけ?

 

 キルロは痛みに堪えながら、記憶の引き出しを必死に開いていった。


 あっ!

 アイツら、ギルドでクエスト用紙戻した二人組だ。

 待て、待て⋯⋯。あのガタイのいい方は、街で美味しいクエがあるって、誘ってきたヤツじゃなかったか?

 キノ!

 ヤバい、アイツらキノ狙いだ。あの時、キノにすげえ食いついていた。


 キルロの心拍数がはね上がる。痛みを忘れ背中にイヤな汗が流れ落ち、肌が粟立った。


 チッ! やられた。早いとこ、ここから抜け出さないと。

 しかし、闇雲に動いてもマイナスだ。考えろ。状況と打開策を。

 しかしどうすればいい?

 上を見上げても高さが分からない。

 片腕だけで上りきれる自信もない。しかし、なんとかしない事にはキノが⋯⋯。

 

 キルロの思考がグルグルと同じ所で回ってしまい、答えなど出る気配はない。

 ガサッと目の前の草が揺れる。


『『『グルゥゥゥゥゥゥゥゥ⋯⋯』』』


 草葉の陰から獲物を捉えた鋭い目つきが、キルロに向けられる。三匹のダイアウルフが、ゆっくりとキルロを見つめ近づいて来た。剥き出しの使い込まれた犬歯が、今にもキルロを喰おうと唸りを上げていた。


■□■□


「無事到着ね」


 ハルヲが、安堵の表情でサーベルタイガーのクエイサーと、まだ若いスピラに声を掛けた。

 道中、危ない場面があって、キルロから貰った短槍を失ってしまった。

 謝りたくはないのだが、おかげで助かったのは事実で、なくした謝罪はしないと。と、大きく嘆息する。

 

 店は大丈夫だったかな。ま、アウロが、うまくやってくれているとは思うけど。とりあえず店に帰ろうか。


『グルゥッ⋯⋯』

 

 クエイサーが低く唸った。

 ハルヲがその方向に目をやると、男がふたり、暴れる頭陀袋を抱えていた。その光景に、ハルヲの青い瞳が険しくなっていく。


「ちょっと! アンタ達。その頭陀袋の中を見せてごらん。未テイムのモンスターは、人混み御法度って知っているだろ?」


 ハルヲが、冷ややかに言い放つ。見るからに怪しいふたり組。とてもじゃないが、調教師(テイマー)には見えない。

 生き物をないがしろにする奴は許せない。舐めた事していたら、後悔させてやる。と、ハルヲの瞳は険しさを増していく。


「いやいや、登録済みだ。問題ない。まだ、ちょっと慣れてなくてよ」


 ふたり組は慌てた様子で立ち去ろうとした。


「だったらなおの事、袋になんか入れずに普通に連れてやれよ」

「チッ!」


 舌うちと共に男達は走り出す。ハルヲの怒りは沸点を超え、走り出す男の背を睨みつけた。


「クエイサー! スピラ! ゴー!」


 地を蹴るサーベルタイガーのスピードに、愚図な冒険者の足など敵うはずもなく、ふたりは簡単に抑え込まれた。

 地面に無様にうつ伏せる男達を一瞥し、ハルヲは急いで袋を開ける。

 そこにいたのは、ハルヲがまったく予想だにしていない白蛇の姿があった。


「キノ⋯⋯」


 ハルヲは一瞬、怒りを忘れ、主の姿がない事に激しく動揺してしまう。そして次の瞬間怒りと、心の警鐘が爆発を見せた。


 これは、非常にマズい⋯⋯。


「おい! こいつの主はどうした!」


 男はサーベルタイガーに抑え込まれたまま、そっぽを向き、しらばっくれる。

 

 小物が舐めやがって。

 

 ハルヲは冷切った視線を、男達に送る。そこに情などかけらも存在していない。


「クエイサー」


 ハルヲは指を三本見せると、そのまま下に向ける。


『グウゥゥ⋯⋯』


 仰向けの男に、クエイサーは吐息が掛かるほど顔を近づけ、牙を剥き出した。滴るクエイサーの唾液、顔に掛かり、その巨大な牙は今にも男の顔を貫こうと眼前に迫る。


「ひぃー! や、やめさせろ! そ、そうだ! ヤツは、【吹き溜まり】に落ちたんだ。だ、だから、この蛇を保護してやったんだよ、な、な」

「そうだ、落ちるのを見たんで保護してやったんだー! この蛇くれてやるから、もう離してくれー!」

「落ちるのを見かけただぁ、どこでだ!」


 ハルヲの怒りが爆発した。


「北東のでっかい、ふ、吹き溜まり」


 震える声で男が絞り出した。


「チッ!」


 ハルヲは不機嫌を隠さず派手な舌打ちをする。

 頭陀袋から這い出したキノが、ハルヲを弱々しく突っついた。それは、ハルヲを急かしているように感じ、キノが何を言いたいのか悟った。


「分かったよ、キノ」


 ハルヲはキノを安心させようと、頭を撫でた。


「お前らの顔は覚えたからな! クエイサー! スピラ! バック」


 ハルヲは、渋々男達を解放した。こいつらの言っている事が嘘だと分かっていても、それを証明出来る証拠がない。それがない事には、コイツらを罰する事が出来ず、今は特大の釘を刺す事しか出来ないもどかしさに、ハルヲの顔は険しさを見せた。

 開放された男達は、腰を抜かし無様に逃げ出す。ハルヲがそれを睨んでいると、キノは相変わらずハルヲを突っついていた。


「大丈夫、あのバカは死んだりしないよ。きっと助かる。だから安心しなさい。絶対見つけてあげるから。一度店に戻って準備しましょう」


 ハルヲは、キノに向かってゆっくりと諭すように話し掛け、店へと急ぎ戻って行く。


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