猫と蛇 ときどき勇者
【登場人物】
⊡キルロ・ヴィトーロイン 男 主人公 鍛冶屋
⊡キノ キルロが出会った白蛇
⊡マッシュ・クライカ 狼 男 キレ者の冒険者
⊡エレナ・イルヴァン 猫ハーフ 女 キノの初めての友達。現在【ハルヲンテイム】に就業中
⊡アルフェン・ミシュロクロイン 男 オッドアイを持つ童顔の青年
「報酬は7:3で構わない。ただ、素材を少し多めに貰いたいんだが⋯⋯どうだ?」
キルロは、マッシュの様子を窺いながら、提案を試みた。キルロの少しばかりの不安を余所に、マッシュは、驚きを隠さない。
痛みの引かない体を引きずるように、キルロ達は村にたどり着いた。陽は昇り始め、顔を出し始めた太陽がキルロとマッシュ、そしてキノの顔を照らす。終わったという充足感はあるのだが、マッシュに頼り切った感に、満足感は薄かった。
「構わないが、ホントにいいのか? そんなお人好しでは、冒険者としてやっていけんぞ」
「ハハ、いいんだよ。オレは鍛冶師だからさ」
呆れ顔のマッシュに、キルロはキノを撫でながら微笑んだ。
オーク亜種の皮が手に入るんだ、そんなに悪い取引ではない。
軽く、堅く、柔らかい。
レザーアーマーとしても悪くはないが、金属系防具の下地にしても相当良さそうだ。
キルロはキルロで、鍛冶師としての算段がしっかりとあった。
キルロの想像以上に、クエストのランクアップがされていた。あの若者がかなり頑張って、ギルドに訴えたのだろう。
仮に“3”だけの報酬だとしても、当初の予定よりも相当な増額となり、優秀な素材も手に入った。苦労した甲斐があったと、満足感ないのだが、納得は出来た。
ただスッキリとした気持ちにまでは、やはりなれない。救えなかった命に少しばかり苦い思いに、キルロの表情が晴れる事はなかった。
■□■□
「さて、少しはやっておくか」
自宅に戻って数日。
キルロは痛む体にダラダラと過ごしていたが、ようやく重い腰を上げる。
まだ少し痛むのだが、動くなら休んではいられないと炉に火を灯す。
まったく、貧乏暇なしってやつだな。
もう少し休みたいという怠け心を飲み込んで、鎚を振り下ろし始めると、キルロの額にはうっすらと汗が滲みはじめた。
気が付けば、一心不乱に鎚を振るうキルロの姿がそこにあった。
「キルロさーん、キノー、こんにちはー!」
店先から聞き覚えのある少女の声が聞きこえる。
「エレナか? 見違えたな!」
キルロが驚きをもって迎えると、エレナは照れ笑いを浮かべて、はにかんで見せた。
ボサボサだった髪は、肩口で綺麗に切り揃えられ、くすんだ灰色の髪は美しいつややかな銀髪へと変貌していた。何より顔つきが以前とは全然違う。みすぼらしい姿で、希望の存在すら知らなかった少女は、希望に満ち溢れた美しい少女になっていた。
短期間で人はこうも変わるのか⋯⋯。
嬉しい変化は、キルロの表情を綻ばす。
「ちょうどいいや、一息入れよ。エレナ、キノ、こっちだ」
エレナを居間へと手招きして、ミルクを置いた。自分には、茶を煎れ、エレナと向かい合うように腰を下ろす。キルロは、温かなお茶に口を付けると、心と身体がほっと緩んでいく。
「キルロさん達、しばらくいなかったね」
「クエストに行っていたからな。ちょっと前に帰って来たんだ」
ふたりは、たわいもない話を続ける。そんなたわいもない話が嬉しかった。ハルヲの所で、良くしてもらっているのが分かる。エレナは、楽しさを身体全体でキルロに伝えた。その姿に、キルロは安堵し、居間は幸せな空気に包まれる。
ホント、良かったな。ま、本人も頑張っている証拠か。
「あのう、それで今日はキルロさんにお願いがあって⋯⋯」
「お? なんだ、言ってみろよ」
「ハルさんが『アイツどうせ暇なんだから文字を教えて貰いに行ってらっしゃい』って」
エレナがハルヲの口調をマネて見せた。
「ハルヲのやつ、暇ってなんだよ! まったく」
キルロは、とりあえず笑顔で怒っておく。そんなキルロを見て、エレナはケラケラと笑っていた。
「じゃ、早速やるか!」
キルロが膝を打つ。エレナは満面の笑みを浮かべて、ハルヲから貰ったという石板を出した。
キルロは石板に“エレナ・イルヴァン”と書いて見せた。
「これがエレナの名前だ」
「ふぉおおおー」
エレナが嬉しさを爆発させる。
キルロは次々に、身近な人の名や数字を書いて見せ、鍛冶仕事に戻って行った。
工房に戻ったキルロに、“キノ、これがエレナで、これがキノ!わかる?”と、エレナの弾ける声が聞こえてきた。きっと、キノに教えながら一心不乱に石板に書き込んでいるのだろう。
(キノにドライフルーツあげてもいい?)
しばらくすると居間からエレナの声がした。きっと、キノの為に持って来たのだろう。
「いいぞ!」
(やったぁ、いいって!)
エレナの嬉しそうな声が、また弾けた。
■□■□
数日後。体もだいぶ癒えて来たキルロは、ひさびさに近場の採取場へ向かった。久々で鈍っているのか成果はイマイチだ。
雲の行方も怪しいので早々に切り上げたいが、もう少しだけと粘って岩盤を削る。
ポツリと雨粒を感じると、あっという間に土砂降りへと変わり、慌てて雨宿り出来そうな所がないかと見渡していった。
ちょっと行った先に、洞窟がキルロの目に映る。キルロとキノは、雨を避けるように急いで洞窟へと駆け出した。
洞窟はかなり広く、10人くらいなら余裕を持って休めそうな空間を保持している。
「照光」
適当に拾い上げた小枝に、キルロが詠うと、枝の先端が淡く光った。その淡い光りを頼りに、洞窟の安全を確認すると、中へ入っていった。
「止まないな」
キルロは座り込み、振り続ける雨を見つめながら、ポツリと呟く。
遠くの空は、明るくなっている。この雨もすぐに止むとふんで、体を緩めていった。足止めを喰らい、採掘もうまくいかず、キルロの心も湿りがち。キノも、キルロの気持ちを汲んでなのか、とぐろを巻いてじっと雨の行方を見守っていた。
「お、先約がいたか」
大盾を構えた壮年の男が洞窟を覗き込んで来た。
その威厳に溢れた風貌から、経験豊かな前衛だとすぐに分かる。
後ろの控えている人間からも、同様のオーラを感じ、キルロは一瞬構えてしまう。
男女混合のこのパーティー。かなりの手練れだ、間違いない。
「別に構わないさ」
キルロは壮年の男に返事を返し、パーティーを招き入れた。
その中でひとり異彩を放つ青年が目に入る。
ブラウンとグリーンのオッドアイを持ち、幼く見える顔立ちは年齢よりも、きっと若く見えているのだろう。クリっとした丸く大きな目に、印象的な金髪の巻き毛の青年が、柔和な笑みをたたえて入ってきた。
「すまないね」
オッドアイの若者は、笑顔で頭を下げる。たったそれだけの仕草だが、一介の冒険者にない雰囲気を纏っていた。
「止まないな」
キルロが手を首にまわし空を睨む。
「こちらはちょうど休もうかと思っていたので、ちょうど良かったかな」
オッドアイの青年も、雨空を見上げた。
都合6人のパーティー。
大盾の男に、エルフの女は魔術師かな?
女の戦士に、口元まで隠している獣人の女?
あの軽装備は盗賊系か。
治療師の女は随分若いな、ひとりだけ、肩で息をして辛そうだ。
しかし女の多いパーティーだな。
「あんた達は、クエストの途中か?」
「まぁ、そんな所だね。東から西へ横断中なんだ」
「えっ、端から端? そらまた大変だな」
ふと青年が左目を軽く瞑り、緑眼でキルロ達を見つめた。ふいの不自然な行動に、キルロは小首を傾げる。
「アハハ! 君達は面白いね!」
青年は軽く目を見開き、キノの顔にグっと寄った。
「??」
「?」
「???」
「え?」
キルロも、周りの人間も、青年の唐突過ぎる言葉に呆気に取られろだけだった。
面白い事? んな事したか?? 何もしていないのに??
キルロは眉間に皺を寄せ、怪訝な表情を浮かべると、こ“これどうした?”とばかりに、大盾の男に視線を送った。大盾の男も、ちょっと困った感じで肩をすくめて見せるだけで、パーティーの面々も困惑している。
オッドアイの青年は、ニコニコ笑顔をたたえ、キルロに手を差し出した。
「初めまして、アルフェン・ミシュクロインと言います。これも何かの縁かもしれませんね」
嫌味のない男だな。
普通なら、胡散臭く感じるシチュエーションなのに、それを感じさせない不思議な魅力の男だ。
「キルロだ、こっちはキノ」
「宜しくお願いします。キノか⋯⋯大事にされているね」
ふたりは笑顔で、しっかりと握手を交わした。
ミシュクロイン⋯⋯って、どっかで聞いたことあるような、ないような⋯⋯って!?
「ええっ!? ミシュクロインって、勇者の家名じゃないのか? アレ?? え? 本気か!? そちら勇者さんのパーティー??」
キルロは困惑しながら、パーティーの面々を見渡す。どうりで装備といい、風格といい、ただ者ではない雰囲気を持ち合わせているわけだ。
「いやあ、びっくりだな。勇者のパーティーに出会うなんてなぁ」
「勇者の家系といっても、僕は三番目だからね。大した事ないよ」
謙遜も嫌味にならない男だな。
しかしこんな所で勇者と遭遇とはね。世の中何が起きるか分からないものだ。
「東から西へって、何をしているんだ?」
「一番上の兄が、北側。そのすぐ南が二番目の兄。さらに南を僕が西から東へ【精浄】しているんだよ」
「【精浄】?」
「黒素を専用の魔術具を使って、浄化しているって感じかな。今までどおり、南側に人が住めるように【精浄】をしているんだよ」
その【精浄】ってのをしないと、黒素が濃くなって、この間のオーク亜種みたいなのが街にも現れちまうって事か。
「へぇー、それをして貰えなかったら、黒素のせいで、住めなくなるって事だよな。勇者さまさまだな」
「もちろんこの広大な大地、僕らだけでは無理だからね。同じ作業に従事してもらっている、勇者直属のパーティーというのも、いくつかあるよ。あ、止んできたね」
アルフェンは、空を見上げ、柔和な笑みをたたえた。
こうやって生活出来ているのは、勇者さんのおかげだったのか⋯⋯感謝しないと。
「君達はどこに住んでいるんだい?」
「オレらか、ミドラスで鍛冶屋やっているよ。ミドラスに寄る事があったら武器のメンテするから、いつでも言ってくれよ。勇者パーティーの御用達なんて、いい箔がつく」
「わかった。必ず寄らせて貰うよ」
キルロは、パーティーに別れを告げ、雨が上がり草木の濡れた香りが一面を覆う中、帰路についた。
■□■□
「よおよお、にいちゃん。調教済動物連れだろ。急ぎのいいクエあるんだが手伝わねえか? 報酬は二人分払うぜ、どうだ?」
「やらね。他当たってくれ。悪いな」
体格のいい胡散臭い冒険者風情の男が、キルロへ寄ってきた。
そんな胡散臭い話に乗るかよ。
「そう言うなよ、人助けと思って頼むよ。頭数が必要なんだよ」
「悪いが無理だ。ギルドに行きゃあ、もっと使えるやつが、わんさといるだろ。じゃあな」
あまりにもしつこいので、強引に話を断ち切り、足早にその場から離れる。キノと出歩くようになって、こういった事がホントに増えたと、キルロは深い溜め息を漏らした。
勇者さまはときどきです。