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ハッチの向こう側

にゃああああん。


前脚に上ると甘えた鳴き声を吐きながら自らの機体へと移してくれた。


錆喰らい案外、可愛いやつなのかもしれん。

まあ何というか見た目は無骨な殺戮兵器にしか見えないし、実質それ以上でもそれ以下でもないのだけれども。


梯子とかが備えてあると移動し易いのだが当然ない。自律戦車なので元々人が乗るようには設計されてないんだろう。


ただ車体の内部に空間があるのは確かだ。上部ーー砲塔上部にハッチらしきものが見えるのがその証拠だ。

はてさてあそこまでどうやって登ろうかな。


「それにしても教団はこいつをどう掌握していたんだろうな」


ホッケーマスクが銃やスキルに物を言わせて服従させたとは到底思えない。いやあの司祭が洗脳した線はあり得るのか。


「とりあえず砲塔に行きたいんだが……どうした?」


錆喰らいが機体を掻くような仕草をし始める。実際には身を捩り本体前面部の辺りでぐるぐると爪先を回しているのだが何事かを訴えているようだ。


痒くて痒くてしかたないといった風ば動作を続けるせい足場が傾くわ、脚に当たりそうになるわで危ない。


まさかノミでもいるのだろうか、と周りを見回してみて何となくそれっぽいものを見つける。


「……こいつをとって欲しいの?」


アンテナのようなフラッグが設置されていた。形状からして元々錆喰らいの一部だったわけではなく後付けされた機械だと分かる。


取り上げると磁石で接続されていたみたいに簡単に外すことができたが、それで錆喰らいは大人しくなってくれた。どうやらこのフラッグが原因だったようだ。


何と無くひっくり返してみると底に©︎controlの文字が刻まれていた。


Cマークは、万国著作権条約において著作権を保護するための表記。だがこの時代においてはそれ以外にも意味があることを僕は知っている。


「もしかしなくてもこれ新商品ってやつか」


八号さんが言っていた「狂った設計思想と常軌を逸した科学技術が織り込まれた工業品」とかいう不思議道具だな。


「control」ーー支配を意味する単語から察するに教団はこれを使って錆喰らいを操っていたのだろう。


「大昔のテレビアンテナに似てる……? つまりは御神籤は役に立った……のか?」


いやいや役には立ってない。だって錆喰らい服従させる前に気づかなかったら意味ないじゃんか。というか気付かない僕が悪いのか。


うーんと釈然としない思いで新商品と睨めっこしているとにゃーんと嬉しそうな鳴き声が上がった。


ありがとうと感謝しているようだ。


「まあこいつが喜んでるならそれでいいか」


錆喰らいは疲れたのかその場で脚を折りたたみ大人しくなった。起き上がる様子がないので装甲に耳をつけてみると何処かにある機関室からのエンジン音だけが聞こえてくる。多分寝ているだけだ。


何と無くだが一件落着した気がした。もう錆喰らいは暴れたりはしないだろう。


「さてようやくここまで来れたな」


僕は何とか砲塔に上がると一呼吸する。


目の前にはハンドル型の開閉具が取り付けられた少し錆びついた分厚そうな蓋が静かに佇んでいる。


教団を倒して錆喰らいを手なづけようやくこの場所まで辿り着くことができた。


「……うっわ硬いなこれ」


簡単には回らない。というかそもそも力が入らない。


なにせ片腕は千切れたままだし、歩けるは歩けるけどよろよろで踏ん張ることすらろくにできないのだ。


すでに身体中が悲鳴をあげている。回復薬だけでは治しきれないほどの怪我を負ったのは確かだ。


疲れたので一旦その場でヘタって休みたかったしコンビニに戻って救急箱探して怪我の治療もしたい。何より美味しいご飯を食べなくてはそろそろやばかった。


スキル強化や教団や錆喰らいとの戦闘でかなり無茶をしたせいで貯金が全部パーになっていた。先程からお腹がぐーぐー鳴ってカロリーを要求してきている。


だがひとつだけ大事な仕事が残っている。もう少しの辛抱だ。


「はあ……はあ……」


ハッチの取っ手は重いし硬いし汗で滑るし掌がいたい。いやはやこれは一仕事だな。


でもゆっくりだが動いている。回転していくうちに廻し易くなってきたのできっともう暫くしたらハッチが開くだろう。


そうしたら汗だくのキッズがひょっこり顔を出して「こんなきつい場所に閉じ込めやがって」と文句を言い出すに決まっているのだ。


それから八号さんが「飯にしよか」と言ってまたみんなで屋台に並んで美味しい食事をするのだ。

きっとその御飯はちょっと引くような気味の悪い食材を使っているくせに案外美味しくてお腹いっぱいに幸せな気分になれるのだ。


「いやはや楽しみだな」


今更になって司祭の言葉が頭を過ぎったが、もう後は取っ手を引っ張ってハッチを引き上げるだけだったし、勿論彼らの無事を信じていた。


だから僕はその手を止めなかった。





◆◇◆


……

………。


ウルフはぼんやりとしながら覚醒と昏睡の間を何度も行き来していた。


身動きがとれない。

そもそも手足どころか身体そのものの感覚がない。


嗅覚も視覚も、そもそも思考すらまともに働いていない状態になってただ揺蕩っていた。


何故こう・・なったのかーー。


ウルフが憶えているのはあの時、屍食晩餐教団を襲撃して返り討ちに遭ったことだけだ。


最初は斥候係の幽霊からの「こちらに向かってくる奴らがいる」という報告だった。


それがラジオで騒いでいた賞金首だと分かったので一稼ぎしようという話で盛り上がった。


「屍食晩餐教団は知ってるだろ」

《頭のおかしい連中やろ。墓掘りも社畜も喰い物にするような》

「そういうこった。人肉で寿命(スコアを稼げるなんておめでたい迷信は根絶やしにすべきだろ?」

《あかん。まっすぐ家帰るまでが遠足やで》


八号だけは終始反対していたが、コンビニで整えた武器があれば問題ないと説き伏せたのはウルフだ。

ビルに隠れて通りがかったところを全員がライフルで蜂の巣にすれば楽勝に決まっていた。


賞金首は金になる。金があれば腹が減っても皆んなでうまいものを食って幸せな気持ちになることができる。


何よりも池袋に戻った時の手土産も増やせるのだ。美味いものをたんまり持っていけばあいつもきっと喜ぶはずだ。

とりすましたあの笑顔が驚くところを想像してウルフは少しだけ愉快な気分になっていた。


今この瞬間の判断が実に愚かで、これからどれだけ後悔をするかも知らないまま。

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― 新着の感想 ―
[一言] 文脈からじんわりと込み上げてくる絶望感と緊張で食欲がなくなりました(;ᯅ;)‬ それだけこの小説に夢中になってるということなんですけども笑 元々キッズ達も余命2ヶ月切ってましたし、お茶目なク…
[一言] いや、うん、まぁ、そうなんだろうなぁ… 何故にコンビニでボッコボコにされて敵わない相手が居ると知ってるのに楽観的になってんだボーイズぅ…
[一言] 鬱なの?鬱展開なの?(震え)
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