【悪童たちの末路】
ウルフ視点です。
ちなみにキッズたちの呼び名は犬種絡みです。
芝=柴犬
ダックス=ダックスフント
幽霊=ワイマラナー
最初に違和感を唱えたのは芝だった。
窓越しに嗅覚強化スキルとライフルで狙撃の準備をしている最中。「匂いが嗅げなくなった」とか「鼻がとれた」とか急に馬鹿なことを言い出したのだ。
《どないなっとるねん。おいちゃんに鼻みせえ》
「おい奴らがきたぞ」
「ちっ思ったより早いな銃を構えろ」
気がつくと霧の向こうからホッケーマスクの一団が出現していて、それどころではなくなった。
「……なんだアイツ?」
先頭に奇妙な奴がいた。
布袋を被ったやつでこちらを見上げ指をさしながら何かを喋っている。ビルのなかに隠れているはずなのにどうしてだかこちらの位置が正確に分かっている様子だった。
ーーさっさと撃ち殺そう。
そう思い射撃の号令を出そうとした矢先ーー
「おい何も聞こえねえ」
今度は幽霊が喚き始めた。
「なんで俺から音が遠ざかってくんだ」
両耳を抑えながら騒いでいる。自慢の聴覚強化のスキルでどんなに離れた場所にいる化物の呼吸も聞き取れるはずのやつがそんなことを言い出すなんてあり得なかった。
「お腹がぐるぐるするよう」
そしてダックスが生まれたばかりの赤ん坊のようにわんわんとみっともなく泣きだした。
「なんだか虫が暴れてるいるみたいでおかしいよう」
「おいおいーー」
こんな時に悪ふざけすんじゃねえ、と怒鳴りたくなったが、ウルフは自分自身も声が出せなくなっていることに気づいた。
「う……?」
まるで舌を抜かれたようにうーうーと唸ることしかできなかった。そしてあちこちで銃を構えていたはずの仲間たちが悲鳴を上げ出したのをバカみたいに眺めていることしかできない。
「……あ?」
直感で理解した。すべてあの布袋を被ったやつの仕業だ。何のスキルかは分からないが指をこちらに向けた瞬間からこのふざけた惨劇が起きていた。
靴にポタポタと何かが垂れている感触があってそれが粘液みたいにドロドロに溶け出した自分の指だと分かった。腕だけではない身体の皮膚が、肉が、骨が暖炉に置かれた氷のように液状化していくのがわかった。
それからまるで目隠しでもされたかのように突然、視界が暗くなった。多分、眼球が溶け出したせいだろうしさっき喋れなくなったのも舌が溶けたせいだと悟る。
恐らくはこれはサイオニクス系のスキルなのだろう。
「経典」のツリーにごく稀に現れるスキルで、手で触れたりせずに物体を操作したり、目に見えない壁を創り出したり、遠くの誰かと念話できたりする特殊な力だった。自分が使う「陽炎」もまた霧を操作して幻影をつくりだす類いの念力だ。
司祭クラスまで上り詰めるやつにはざらにいるらしい。
だがそれでもここまで強力なスキルは聞いたことがない。触れもせずに同時に十数名の肉体に強力な影響を与えるPSYなど異質で高度な別の何かではないか。
ただ音だけが聞こえていた。
最初は仲間たちの小さなうめき声たち。それから八号の怒声と出刃庖丁に弾き返される銃弾の音だけが長い間続きーーやがてそれも絶えた頃ーーコツコツと近づいてくる靴音。
「やあ美味しそうに仕上がったようだね」というしゃがれ声を最後に音すら聞こえなくなった。
それからはクラゲのように生暖かい液体を彷徨いながら、或いは自身がその液体の一部として存在しながら、ウミガメのスープとして存在し続けることだけがウルフにできる唯一のことだった。
本当にごめん。
そう言って謝りたかったがもはやそう考えている自分自身の意識が存在しているかすらも分からなくなっていた。
◆◇◆
「言っただろう……あれは……ウミガメのスープ….…由来は知らないが教団ではそう呼ぶ……」
「……」
「正確には生きたまま煮凍りに似た……ゼラチン質になっている……我々は戒律上……殺したものを食せない……」
いやはやこいつが死んでいなかったのは不幸中の幸いだったな。
麻袋の男ーー司祭は既に半死半生。両脚の骨が折れ、身体のあちこちから血が吹き出して水溜りができていたがそれでもまだ喋り続けている。
砲撃によって崩れた建物の下敷きになった後、ドローンたちに職質を受け続けていたらしいのだが未だに死ぬ気配がなかった。
もはや洗脳スキルの行使どころか、まともに起き上がることすら難しそうだったが会話もこなせている。回復系のスキルでも持っているのかもしれない。
「だがねあの程度の肉では駄目だ……我々に必要なのは……不老長寿……人魚の肉なんだよ……」
むしろお喋りが過ぎるか。
死にかけてるのにまあよく喋る人だなあ。と思ったので弾丸を数発腹にめり込ませると念の為に警告しておくことにした。
「えーと余計なことを喋ったら頭以外を撃ちますので、知りたいことだけ喋ってください」
既に穴だらけなのだから今更銃弾の一発や二発受けたところで変わるまい。かほかほかと血を吐きながらむせ始めたので、落ち着くまで待っていることにした。
その間、恨みがましそうに「寿命が勿体無い」とぶつぶつ文句を言っていて釈然としない。こんなにも親切にしているのに一体何が不満なんだろうか。
「さて質問をしますけどあの子達、元に戻せますよね?」
「私は……神ではない……」
「はい?」
「かき混ぜた泥と血を……最初の状態に戻すことは……」
「要点を言え?」
更に弾丸を数発腹にめり込ませる。無論、殺しはしないように保険をかけている。
スキルガチャで予め拷問というスキルを取得しておいたのだ。
射撃統制のモニターで急所を分析して敢えて致命傷を避けて攻撃し続けることなどができる便利なスキルだ。
「戻せない……無理……だ」と麻袋から血を漏らしながらそう告げてくる。
嘘をついている様には見えなかった。
だが残念ながらこいつは他人を洗脳する様な奴だ。信用はできない。
「えーとカプセルトイ」
《起動しました》
《トークンを二枚入れてスロットをーー》
「時間分解」
《発動しました》
モノクロームの世界で端末のスロット枠内がゆっくりと流れていく。
このスキルの掛け合わせなら品定めをしながらほぼ確実に欲しいガチャを引くことができた。
とはいえ戦況を劇的に変化させられるスキルは見当たらず、たいていが用途不明だったり弱スキルなのが惜しいところではある。
あったあった。これだ。
《真偽判定を取得しました》
これでよし。
「じゃあもう一度だけ質問しますから、しっかりはっきりと正直に答えてくださいね?」




