炊き出しですです
前々回と前回に数行付け足しました。
「八号さんこんなお願いしてすみません」
《ええんやで、おっちゃんもお仕事できて本望やからな》
廃墟ホテルのレストランで炊き出しが始まった。事情を説明したら二つ返事で引き受けてくれた彼には感謝しかない。
少年墓暴き諸君は総勢十数名もおり、屋台の設備だけではさばくのに無理があったが、幸いにも厨房にビュッフェ用の鉄板でことなきを得た。
八号さんは物凄い速度で包丁で肉をさばき、同時進行で焼く作業を行なっている。
《兄ちゃんこそええのん?》
「何がですか?」
《あの肉気に入っとったやろ?》
「大人としてお腹すかせた子供を放っておくのは無しかなと」
《兄ちゃんえらいなあ》
《御主人様カッコいいです》
ロビーのあちこちで少年たちがステーキ丼を頬張っていた。まさしく欠食児童。あれだけあった首狩兎の肉が見る見るうちに食べ尽くされていく光景は圧巻であった。
ああステーキが、カロリーが他人に食い尽くされていく。お前らちゃんと味わって食べないと承知しないからな。心が、いやお腹がグウと悲鳴を上げていた。たった今、格好つけた手前そんなことはおくびにも出せないけどね。
《そんな顔せんでも兄ちゃんの分もあるで?》
「あざす!」
差し出された丼と割り箸をありがたく受け取った。人が食べているのをみているとお腹が空くよね。前回は醤油ソースだったけど今回は塩だれだ。これは非常に美味しそう。さすが八号さんだ。
《あの子らは埼玉棄民やな》
「埼玉……棄民ですか」
《せや。保護も手当も受けられん。孤児たちや》
「孤児」
おい埼玉県民。
色々ディスられてたけど、いつから棄民にされるほど扱い酷くなった?
割と笑えない状況だな。
《大抵は厚生省に値段つけられて企業に売り飛ばされる。社畜として死ぬまで工場勤務させられる》
「そこから逃げてきたってことですか?」
《かもしれん。ここまで来るんは並大抵のことやない。相当命削っとるやろな》
握り箸でかき込むようにステーキ丼を食べている少年たち。
彼らは仕事のため、防毒マスクをつけて怪物のいるこの首都圏に足を踏み入れた。
盗みも平気でするし、武器を握るのも厭わないらしい。
彼らは子供でありながら自らの意思でそれを行えてしまう。
いや状況がそうせざるを得ないのだ。つまりはそれが今の時代だ。
「……もう僕の知っている日本じゃないんだな」
《御主人様、涎が出ています》
「そろそろ食べてもいいですか?」
《まあ詳しいことはあの子らに聞いてみるんがええやろ。冷めないうちにおたべやで》
さあシリアスな話はこれくらいにしてステーキ丼を食べよう。昼食から大して経っていないが余裕で入るぞ。美味いものはいつどれだけ食べても美味いのだ。はぐはぐ。
《兄ちゃんは本当に美味しそうに食べるなあ》
「実際むちゃくちゃ美味いです」
《しっかり噛み締めてよく味わっとくんやで? 最後のどんぶり飯やからな》
「最後……?」
八号が空になった炊飯器を見せてくる。
そしてあれだけ大量にあったはずの巨大な肉の塊が影も形もなくなっていた。
嘘だろ。まさか今回の炊き出しだけで肉も米も底をついてしまうわけがない。ある程度は残るという算段だったのだ。
十数名の欠食児童たちの食事量を舐めていた。安泰だと思っていたはずの食生活はあっという間に極貧状態に戻ってしまったようだ。
「……」
いや後悔はない。お腹を空かせた少年たちが満足してくれれば僕はそれで十分なのだから。
《御主人様、目からもよだれが出ています^_^》
《……クオちゃんあれは涙やで》
◆
「すてえき」
《うま》
「すてえき」
《びみ》
食事をすれば食料は尽きる。それは仕方のない話だ。大事なのは満たされた腹でどう行動するかだ。というわけで搬送部隊が結成されて腹ごなしを兼ねた調達確保が行われた。
「すてえき」
《さいこー》
すぐ後ろを歩く童顔巨漢くんがクオヴァディスさんときゃっきゃ歌いながらスキップしている。よほどステーキ丼が美味しかったらしい。それだけ喜んでもらえたら振る舞った甲斐もあったというもの。
……というか君らは打ち解けるの早いな。
「うるせえぞダックス。黙って歩けってんだボケが」
そう言ってドヤしたのは隣を歩く万引き少年――ウルフだ。他の仲間たちにも指示を飛ばしている。
「てめえらもチンタラ歩いてんじゃねえ、遠足じゃねえ仕事だ。気い抜くんじゃねえ」
「「「うぃす」」」
低い声で返事をする舎弟――犬マスクたち。
「兄者、ウルフさんムチャクチャ機嫌が悪いっす」
「弟者よ、喧嘩で負けたんじゃそっとしておくんが優しさってもんじゃ」
「幽霊、柴ぁ、二度と喋れないようになりたいか?」
「「さーせん」」
最前列でウルフ少年に見えないように舌を出すのが長身痩躯の二人組。
他同行者十数名。
彼らが何故同行しているのかといえば運搬のためだ。食材をひとりで運ぶのはさすがに無理があるので少年グールたち――虐殺なんたらという団体名らしい――を何人かが駆り出された次第である。
ステーキ丼を与えられた彼らはすっかり胃袋と心を八号に掌握され、食料確保の話にも素直に従ってくれていた。
「おいスカンク、まだか?」
ウルフがガンを飛ばしてくる。いや元から目つきが悪いのか。背が低くタイマンで負けたくせに妙な威圧感がある。あとその呼び名はやめてほしい。
「ちょっと寄り道がしたいんだ」
「あ゛?」
いや怖いから睨まないでほしい。
視線で圧殺しかねない勢いだ。隙あらば仕返ししようとか考えてないか不安で仕方ない。
いつ寝首かかれるかも分からないので全方位注意しながら、移動を続けるが何事もなく目的地に到着した。毎度お馴染み地下商業施設の売り場である。
「んだこれほとんど手付かずじゃねえか」
「さすが都心」
「酒と煙草、発見」
「電池とバッテリーもあるぞ」
「とにかくかき集めろ。金がなきゃ秋田のやつバッグから出せねえぞ」
商品が並んだ棚を前にした少年たちが歓声をあげにわかに活気付いた。我先にと手当たり次第に欲しいものを掻き集め始める。
「悪いけど調味料は譲ってくれないかな……ってえーと聞いてないな」
彼らにとって目の前に並び商品はお宝の山らしく、回収に勤しんでいる。修学旅行を引率する先生の大変さが理解できた。さてどう収拾つけよう。
せっかく立ち寄ったので八号のために残りの調味料を回収しようと思ったのに、それどころじゃなくなってしまった。
困っていると――がん。
激しく床を殴りつける音が一度だけして急に静まり返った。少年たちが急に商品を漁るのをやめて直立している。
「スカンクの言うことを聞け。物資の回収は後だ。今回は調味料と食料だけ運ぶ」
「「「うぃす」」」
少年たちは文句も言わずにテキパキ動き始めた。ただの無軌道な蛮族少年たちの集まりかと思ったらやたら統率がとれている。軍隊かな君ら。
「助かるよ」
「飯は美味しい方がいい、それだけだ」
ウルフはぶっきらぼうにそう言うと、仲間たちと調味料の回収に向かった。
彼が統率者として支持されているだけでなく慕われているのが、仲間たちの眼差しから分かった。目つきと口は悪いが案外悪い子ではないのかもしれない。なんにせよウルフらのおかげで調味料は十分に回収できたので後は、食材の運搬だけだった。
「それにしてもスカンクが定着してしまった。悪臭のせいだな」
《スカンクという呼び名には他にも意味があるようです》
「ほうどんな?」
《「鼻つまみ者」――「ものすごくイヤな奴」だそうです( • ฅ• )》
「……おい」
クオヴァディスさん、それ追い討ちだから。
おかしいな。タイマンで勝ったらスカンクは止めてくれという条件だったはずなのに。もう少し強調しておくべきだったか。
下記、予告通り用語解説です。
読み飛ばし可。
「棄民職業安定所」
通称ハロワ。「棄民の雇用機会を確保すること」を目的として厚生省が設置する行政機関。スローガンは「《働かざる者には死を》」
「厚生省」
Ministry of Health, Elect, Labour and Experiment。
頭文字を文字って通称メンヘラ。
福祉(Welfare)の文字を排し、新たに選民と実験を行政に加えたあこぎな行政機関。
職業適性検査という名目で炊き出しに集まった棄民児童を企業に売り飛ばしている。
「経典」
中国製の携帯端末Mordiggianの専用アプリで、紆余曲折を経てグール御用達となっている。
元々ニューワールド・インダストリ・チャイナが「世界で最も刷られた印刷物ーー聖書のように広まって欲しい」という意味で命名開発。
その後、端末管理AIモルディギアンがシンギュラリティを経て「人間をより進化させる」という目的に則り「経典」を改良。
結果、「経典」使用者は人肉を食べたい欲求に駆られるカニバリズム症候群を発現、実質ゾンビと化した。
これが世界を混乱に陥れたゾンビパンデミックの原因であり、以後は「屍食教典儀」という蔑称で呼ばれ端末ごと発禁処分になった。
「焚書」以降、Mordiggianは存在しないことになっているが実際のところ腐るほど在庫が大量に残っており、日本にも「ゼロ円端末」として流通している。
皮肉にも、それが貧民街の住民にとって科学スモッグによる汚染被害を抑える数少ない術となっている。
アップデート以降はゾンビ化できない仕様になっているが、故意にカニバリズム症候群を発症させるカルト集団も存在する。