死に損ないのロートルめ
缶詰のコーナーは周辺の棚がドミノ倒しになっていた。
下敷きになった蜘蛛が一匹いたのでコイツが暴れたのが原因だろう。例によって複眼が潰されていた。
「面倒だけど片付けながら目ぼしいものがないか探そっか」
《お片付け♪ お片付け♪》
雑貨コーナーから持ってきた軍手とエプロンを装備すると、死骸をどけて、散らかってる資材を撤去していく。
結果、食べられそうなものとしてマッシュルーム缶数点と豆缶数点、更には缶詰のカレー粉を一点発見した。カレーかスープが作れそうなラインナップである。
「おおっとここで乾パンの特大缶を発見」
《カロリー^_^》
早速、蓋を開けてまずはひとつ。
賞味期限はとっくの昔に過ぎてるものの非常用保存食だけあって十分に食べられそうだ。
せっかくなので少しおやつタイムにするか。
「うーんサクサクする。このサクサク感は文明が醸し出す食感だなあ」
《良かったですね御主人様》
「大型食料品店だけあって素晴らしい戦果だ。まるでゲームのボーナスステージだ」
ただ残念ながら甘味は見つからなかった。いくら探してもそれ以上の戦利品はどこにも落ちていない。
「これ多分、持ってかれてるよなあ」
《(´-`)》
先客が先にこの食料品売り場を訪れて目ぼしいものを持ち去ったのだとみるべきだろう。
そして恐らくは蜘蛛を殺した人物の仕業だ。
◆
よりはっきりした痕跡が見つかった。
バックヤードの事務所に立ち寄った際、机の上に山ほど積まれた缶詰の空き罐を発見した。
開け口の錆び具合や残り滓の干からび方、埃の積り具合などからして開封後そこまで月日は経過していない。
「本物のコンビーフに……蟹缶に……ミカンも……」
《御主人様よだれふけ》
缶詰のラインナップをひとつひとつ確認して思わずよだれが溢れてくる。
駄目だな全部すっからかんだ。
これを平らげたのはいったいどんな人物だろう。
彼(或いは彼女)が池袋の住人だとしてまだ生きているのだろうか。
「缶詰の独り占めはずるいじゃないか」
《ゴミの放置はけしからんです》
「それにしても人類はやっぱ滅んでないんだな」
《しぶとい連中であります》
「言い方」
八号との会話からそれとなく察してはいた。
東京は放棄されているようなので、どこか別の関東エリアが主要都市になっているのだろう。
果たして彼らはどういう生活をしているのか。
他人との関わりは面倒事でしかないので極力避けて生きていきたいと思っているが、ちょっとだけ興味が湧いていた。
「新聞でもあればリアルタイムな情報が……おやこれは?」
机の上の空き罐に紛れて置いてあるそれが目に付いた。
錆びついてかなり年季が入っていたが、受信機以外に余計な機能のない無骨で頑強そうな機械だ。
《電波情報を垂れ流すだけの哀れな下位端末ですねƪ(- -)ʃ》
「何故ラジオをそこまでディスれる……」
埃を払ったラジオは見たところ破損箇所もなく電池さえ切れていなければ使用できそうだ。
とりあえずスイッチをオンして電源を入れてみる。
フロアに生きてる蜘蛛はいなかったし、バックヤードの事務所だから小音量で聴く分には問題ないだろう。
「おおランプがついた」
《死に損ないのロートルめ》
全方位に敵を作っていくスタイルなの?
クオヴァディスさんの罵りをスルーして音量を上げていく。次第に砂嵐のような音が聞こえ始めた。どうやらちゃんと使えるみたいだ。
「えーそれでは今日はラジオを聞いてみたいと思います」
久しぶりの実況スタイルで、くるくるとツマミ型のチューナーを弄っていく。
果たしてどんな放送が聞けるのか非常に楽しみだ。
「うむ……うむむ……?」
ラジオは問題なく使えるようだったが肝心の放送がなかなか拾えない。
いくらくるくるしても一向に雑音が途切れず、キー局の周波数に一通り合わせたが全滅だった。
「駄目だな。どれだけ回しても砂嵐ばっかりだ」
《まさに東京砂漠と言えるでしょう》
「誰がうまいことを言えと……」
これは要するに今ラジオを放送している人間はいないってことなのか。
まあ東京から避難してマスクを被って生活してるんだもんな。よく考えたらそれ疎開生活だよな。
世紀末染みた日本で社会がまともに存続しているはずないか。
半ば諦め半分にラジオをいじり倒していると――。
『……のヘッドラ……は以上……』
「お?」
何かの音声が飛び込んできた。どうやらAMからFMにスイッチを切り替えた結果、受信がうまくいったようだ。
『……では続きまして……天気予報です。東京全域で……スモッグ注意報が……おります……』
「おお!?」
《ニュース番組のようです》
音声は雑音混じりの途切れ途切れで非常に聞き取り辛かったが、アナウンサーらしき人物が堅苦しい真面目くさった喋り方をしている。
「なんか声がおかしくね?」
《合成音声ですね》
『……アノマリー値の低下が……予測……特に……田区周辺では……が……で非常に危険……外出の際は……』
今は天気予報をしているようだ。霧についての注意喚起をしているようにも思えた。
ただアノマリー値という単語が分からない。
『……を着用しま……う……ガガ……』
「うーん場所が悪いのだろうか?」
《調べによるとこの区画には再受信設備があるようですが地下は遮蔽物が多いので仕方ありません》
バックヤードをうろつきながらチューニングしてみるがどうにも逆効果だったらしく、ついに砂嵐以外何も聞き取れなくなってしまう。
「また東京砂漠だ。ひょっとして叩けば直るかな」
《おじいちゃんを虐めないで( ´△`)》
クオヴァディスさんが制止してくるので止める。
散々貶してたくせに情でも湧いたか。
おじいちゃんて、同じメーカーの部品でも使っているのか。
《地上に出れば電波をキャッチしやすくなるのではないですか》
「正論だけど今聞きたいの」
天気予報が放送しているのだから他にも色々放送していても良いはず。
執念深くダイヤルを弄っていると急に雑音がなくなりクリアな状態で音楽が入ってくる。
「おおうまくチューニングできたぞ」
郷愁に襲われる――小学校の放課後にでも流れていそうなクラシックなメロディーだった。
なんて曲だっけ。
《ドヴォルザークの交響曲第9番第2楽章です》
「知らないなあ」
《日本では『家路』というタイトルでお馴染みです》
「知らないなあ」
《そんな御主人様も素敵です》
これはBGM専門の放送局だろうか。
この曲が終わったら別のクラシック曲が流れるのだろうか。
「家路かー……埼玉の自宅に帰りたくなってきたなあ……」
《それはホームシックですね》
戻っても家族がいるわけじゃないから多分違うな。ただコンビニのソファで寝起きするより自宅の方が落ち着けるってだけの話だ。
「でも十中八九、自宅のアパートは残ってはないだろうなあ」
たとえ残っていても蔦が這ってたり老朽化して窓が割れて雨風に晒されてたりしているはず。
「冷蔵庫のプリン……食べてから出かければ良かったなあ……」
しみじみそんなことを考えながら、ラジオから流れてくる音楽に耳を傾ける。
『こちらは――』
「!?」
ふいに女性の声が飛び込んできた。
『南緯47度9分、西経126度43分――』
勝手に勘違いしていたがどうやらBGM専門の放送局ではなかったようだ。
合成音声ではない久し振りに耳にした他人の声――息を飲んで、何を伝えようとしているのか集中する。
『宗教法人いざり火教団です』
『こちらは――』
『南緯47度9分、西経126度43分――』
『宗教法人いざり火教団です』
繰り返される言葉。
聞き取りやすいようにゆっくりと短く区切りをつけて丁寧に呼びかけてくる。
だがその発言には公共の電波とは思えないほどの不穏さが入り混じっていた。
『ラジオの前の皆様に――』
『世界の終わりを――』
『お知らせしております』