デンジャーな放送です
『病める方にも――』
『悩める方にも――』
『貧しき方にも――』
『入信された方にはひとしき救済が訪れます』
『さあ――』
『皆さんで――』
『彼の方へ――』
『お祈りを捧げましょう』
「……」
《……》
暫くの間、無音が続いた。
お祈りとやらを行なっているのだろうと解釈したが何も聞こえないまま数分が過ぎ去った。
いったいどうなってるの、という疑問と共に音量のツマミを弄ってみる。だが幾らくるくるしても反応がない。
《電源ランプが消灯しています》
「ただの電池切れだったー……。何だったんだ今の放送……」
宗教法人いざり火教団だっけ 。
公共の電波にあんなデンジャーなメッセージ乗せてもいいのか。
世界の終わりとか普通なら完全に放送事故だろ。
「検索、いざり火教団」
《該当のワードはヒットしませんでした。存在しない団体です》
クオヴァディスさんはネット接続ができる。但しその情報は何故か四半世紀前で停止していた。
つまりいざり火教団は過去には存在していなかった新興宗教ということになる。
《宗教法人と名乗っていましたが国に認可された宗教団体なのでしょうか》
「終末思想のカルト集団としか思えなかったんだけど?」
いやでも実際に終末訪れちゃってるっぽいし事実を告げているだけなのかも。
正直どう解釈していいか分からんな。
《南緯47度9分、西経126度43分は太平洋のなにもない場所です》
「……むふ?」
クオヴァディスは名乗りの時に言っていたあの言葉が気になったようだ。
《この池袋まで1,700km以上の距離があります》
「ほう?」
《FMの受信可能距離はせいぜい200kmが限界なので普通は受信できません》
クオヴァディスさんの話がいまいち分からない。
なんであの放送を受信できたのか不思議だってことか。
「でも音声はかなりクリアだったよ?」
《はい。私は実際にあの電波を飛ばしているのはそう遠くない場所ではないかと推測します》
「なるほど」
つまりいざり火教団とやらがわりと御近所にいるかも知れないってことか。
うへえ。
もしあれが本物の終末思想のカルト集団だとしたら間違って遭遇したくない。
トラブルになりそうな予感しかしないから極力避けていきたいところだ。
「……とりあえずこれ以上はあれこれ考えるより、戻って八号さんに聞いてみるのが早そうだな」
《ですです》
八号が屋台で流していた演歌はラジカセからだった。あの人なら常日頃からラジオを聴いていそうだし色々と情報を持っていそうだ。
「嬉しくない証明のされ方だったけど、やはり人類は今も健在みたいだね……」
そしてリアルタイム情報を得るのにラジオが有効なことが証明された。
ラジオを裏返し電池カバーを外してみると錆びついた単2乾電池が三つ。これなら日用品の陳列棚を漁れば簡単に補充できそうだ。
「……なんかどっと疲れた。そろそろ地上に戻るか」
《ですです》
◆
バックヤードから出ると、僕は乾パンを摘みながらまだ歩いてない売り場を経由してエスカレーターに向かう。
乾パンの欠点は味が素っ気ないのと口がやたらとパサパサすることだな。文句を言いつつ塩味と仄かな甘みが癖になり食べる手を止められないのだけども。
「ここは青果コーナーか」
陳列棚にあるのは干からびた野菜の残骸だけだ。
代わりに荊の蔦が縦横無尽に伸びて陳列棚や壁を侵食している。
「しっかしこの蔦、どこでも生えているな」
《地下駐車場から伸びているみたいですね》
地下駐車場口から地上に出られるかもと思い、試しに向かってみるが蔦が生い繁り過ぎて近づくのも難しかった。
引き返そうとした時、ふいに通路の奥の方で何か違和感があった。
《……どうかしましたか?》
「いや」
警鐘――?
身構えながら辺りの様子を窺ったが変化はない。何処だろうか。
ギ……ギイ……。
「!?」
振り返りぎょっとした。
いつの間にかエスカレーターから巨大な昆虫の節くれだった脚が降りてくるのが見えた。
地下一階で巡回していた化け物――神輿入道蜘蛛だ。
のっそりと段を下りて全貌を露わにするととサーチライトのような四つ目で、辺りを見回し始めた。
「まずいな……身を潜めてやり過ごそう」
《はい》
神輿入道蜘蛛は「異常なし」と判断したらしい。巡回を続けるためレジ方面に向かって去っていった。
「ふう……さすがに肝が冷えたな」
《この隙に地上に戻りましょう》
「賛成だ」
サーチライトの灯りが見えなくなったところでエスカレーターへと移動。
動くことを忘れた階段を上って地下一階を目指す。
「……また警鐘?」
神輿入道蜘蛛が戻ってきたのかもと身構えた。
しかしフロアを見渡すがサーチライトはどこにも見当たらない。
先に進もうとしたところで足元に柔らかい感触。
「何か踏んだ……?」
見ると白い塊を踏んづけていた。
ひとつかみほどの大きさでマシュマロのような形状。但し弾力はさほどもなく長靴が埋もれてしまっていた。
《蜘蛛の排泄物でしょうか》
「マジか」
《えんがちょです》
「いやそんなことより……何これ……離れない……?」
脚に力を入れたが何故か上がらない。
まるで靴底と床を縫い付けたように固定されている。白い塊はどうやら強力な粘着力を持っているらしかった。
《ナイフでこそげるのはどうでしょう》
「ナイフが勿体無いけどやってみるか……ん?」
《どうしました?》
「いや。さっきから警鐘が止まらないんだ」
この白い粘着物への注意を促していたのであればもう報せる必要はない。
だが警鐘は鳴り止まないどころか徐々に激しくなっている。
まるで接近してくる何かを警戒しているようなーー。
「……待て神輿入道はどこだ?」
《見当たりませんね》
それはおかしい。
何故なら神輿入道蜘蛛は派手なサーチライトで辺りを照らして巡回しているはずだ。
フロアのほぼ全域が見渡せるはずのこの位置からなら何処にいるか見つけるのは容易なはず――。
《背後です!》
「!」
ズッガーンッ‼︎
間一髪だった。
粘着物を剥がしてエスカレーターから離脱した瞬間、背後で凄まじい破壊音がした。
カゴを抱えながら地下二階の床に着地。
山盛りにしすぎたせいで散乱するいくつかの調味料の小瓶を掻き集めながら見上げる。
《神輿入道蜘蛛です》
「あんにゃろ」
エスカレーターの先程までいた場所が盛大に破壊され、そこから巨大な八本脚の影が現れる。
頭部にあった四つの複眼――サーチライトはどれひとつとして点灯していない。
「やられたな。サーチライトはオンオフ可能か」
巡回に向かった振りをして、こっそり戻って忍び寄ってきていたのだ。
一瞬でも接着物を剥がすのが遅れていたら、あの前脚の餌食になっていただろう。
ギイ……ギイイイィ……!
神輿入道蜘蛛は再びサーチライトをピガーっと灯らせると、挑発するようにこちらを照射してきた。
りゅうおうの杖が出たので更新しました。




