バハムート・クライシス
カオスは俺へと走ってくると両手の武器を振り回す。武器の扱いは慣れているが達人と呼ばれるかと言われるとそうでもない。要するに経験者といった感じ程度の強さだった。
「これならいけるかな」
俺は振り下ろされた腕を取るとそのまま力の流れを使い、投げ飛ばす。カオスは壁へと叩きつけられ、一瞬だけよろめくがすぐに俺へと走ってくる。
妙だな。あれだけの威力で飛ばされて壁に叩きつけられたらしばらくは動けないはずだが。それにこいつには殺気だとかそういった物が一切感じられない。まるで人形のようだ。
「舞、シュウは戦えるのか?」
「そうねー・・・以前のままなら負けるでしょうね」
「以前のままなら?」
「シュウは・・・負けると感じると例え勝ちになるであろう戦いですらも逃げの一手になってしまうの。諦めることなく戦えば勝てると思う戦いにおいても少しでも負けという言葉が脳裏をよぎるともうダメ。そこからは逃げに逃げて勝ちだった戦いですらも何度も逃してる」
「逃げ? シュウは逃げるのか?」
「そう。何でか理由を聞いてみたの。そしたら、負けると思ったらそれが自らの命を落とすことに直結すると感じてしまったからそうよ。
俺は生きなきゃならないんだ。名前は思い出せないけど守らなきゃいけない奴がいるからだって。
多分、洗脳のようにシュウを縛り付けてる何かによって生きるということを固執してる。それが強すぎるあまりに負け=死とすらも感じてるのかもね」
「洗脳・・・。あやつの言葉がそこまでシュウを苦しめていたのか」
「あやつ? セレスは知ってるの?」
「知ってはいるが舞には話せぬ事情がある。すまぬな」
「それなら仕方ないわね。・・・どうやらシュウの悪いところが出始めたわね」
俺は息の根は止めずとも行動不能にするためにカオスに対して打撃を繰り出していた。だが、何度でも立ち上がり、両手にはめた武器を振り回してくる。その様子はまるでゾンビのようであり、次第にスタミナという点で不利な俺が押され始める。
そして、脳裏に負けという言葉が浮かび始める。
俺は、死ねない。生きるんだ。———を守るために。・・・? 何を守るんだ? どうして俺はそこまで生に対して固執してるんだ? いくどとなく繰り返してきた疑問をまた繰り返す。そして、俺は逃げへと転じることになる。
「・・・。どうしタ? 先ほどまでノ勢いがナイ。ククク・・・恐怖を感じタな。それは、心を蝕ミ支配スル。もう、お前に勝ち目はナイ」
「うるせぇ、やってみなきゃ分からねぇだろうが」
「フッ・・・。その顔で言われてモな」
俺の顔はひどく怯えた表情をし今にでも逃げ出したいと言っている。そう、頭では戦わないとと感じていても心がもうダメだった。
俺は悲鳴を上げて敵から背を向けて逃げ出す。自分でもみっともないと思う。だが、頭では戦わなければと考えても心が逃げることだけになっていてはもうどうしようもない。
逃げ出す俺を遮る影が出来、敵ではないかと慌てて顔を上げる。だが、そこにいたのは敵ではなくセレスであった。
「情けないのう。主が先陣を切って戦いに出て行ったのにこの様とはな。どれ、ワシがあやつの相手をしてやるかのう」
「ま、待て。あいつはお前を狙ってるんだぞ。に、逃げなきゃ、逃げて生きな―――」
「黙れ。主のような心弱き者のことなぞ聞く気にもなれぬ。なぁ、主は何のために生にこだわるのじゃ?」
なんのために? 俺が疑問に感じていることを問われて思わず答えに詰まる。その様子を見ていたセレスはやれやれと言うようにすると敵へと歩み始める。
もう俺に止める資格はなかった。セレスの背を見ながら心が叫んでいる。『逃げろ、生きろ』と。だが、どうしてかこの場から動く気になれなかった。逃げてはいけないと感じた。
俺はセレスを見ながらまた自らの問いを続ける。
「シュウ。誰でも死とは怖い物だ。それを克服することはたやすくはない。だが、死という恐怖を知っているから人は強くも弱くもなれる。
無謀に突っ込んでいき、死ねとは言わない。それは愚か者だからの。だが、何も動かなければ何も変わらない。動けば何かが変わる。動かなければ何も変わらない。シュウそれを覚えておくといい」
セレスはそれだけ言うとカオスへと走り出す。カオスも標的自ら飛び込んできてくれたことで顔を愉悦に歪ませる。
カオスが振り下ろす武器をセレスは軽々と避け続ける。そして、魔力をその手に貯めるとカオスの腹へと放つ。カオスの腹には風穴が空き、今度こそ完全に沈黙したかに思えた。が、カオスはさきほどと変わらない様子で武器を振り続けている。
「うぬ・・・。やはり、こやつは傀儡か。本体よ! いい加減出てきたらどうだ! このままでは埒が空かぬのではないか!?」
セレスの言葉に反応してか柱の影からヌっと人が現れる。黒のスーツを着込み、髪は整えていない感じでだらしなく伸びている。キヒヒヒと不快な笑いをしており、生理的に受け付けそうにないその人物にセレスも不快な顔をしている。
「また、キャラの濃そうな奴が出てきたのう。主は何者だ?」
「名乗ったはずだ。俺の名前はカオス。それ以上を教える義理はない。さて、バハムートには俺の人形は通用しなかった。なら、次の段階に移行させてもらおう」
カオスは右手を突き出すと黒い空間から武器を引きずり出す。手にした長く禍々しいその武器は槍である。
「まさかその槍は・・・ゲオルギオスか?」
「さすがバハムート。竜殺しの武器には詳しいな。そう、この槍はゲオルギオス。かつて竜を殺したという人間が使った槍。お前を殺すにはいい武器だろ?
さらに、オマケだ」
カオスは魔力を貯め込む。そして、それを解き放つかのように呪文を唱える。
「ドラゴンスレイヤーゲオルギオス」
呪文が唱えられると同時に槍から黒い光が放たれる。そして、カオスに鎧が纏わり、槍からは更に禍々しさを放つようになった。
「武装化までやるとはの。さすがにこれではワシでも厳しいかの」
「厳しいのではない。ここで死ぬのだ」
カオスは一足飛びでセレスへと近づくと槍を後ろへと引き、そのまま刺そうとする。セレスはその速さに一瞬気付くのが遅れる。
ここでセレスが刺されればセレスは死ぬだろう。俺にもそれは分かる。
助けなくては。
―――だが、行けば死ぬ。生きなければならない。
なんのために?
―――守るためだ。
何を守るんだ?
―――それは、―――だ。
一体だれなんだそれは。
―――お前はもう分かっているはずだ。答えを知っているはずだ。
・・・そうだったな。俺は、セレスを守る。だから、行かなきゃいけない。
―――死ぬかもしれないと分かっていてもか?
死ぬかもしれない・・・。だが、何もせずに目の前で守るべき少女を死なす方が死ぬよりも辛い。動けば何か変わる。動かなければ何も変わらない。セレスが言った言葉だ。死というこに囚われ、何もしなければ俺は何も変われない。・・・俺は、変わりたいんだ。
―――ようやくお前の意思を聞けた。なら、行くといい。お前ならセレスを守ることが出来る。それだけの力がある。思い出せ。神無の力を。
俺は、意識の深淵から引き戻されると同時に体が動く。そして、セレスの前へと出るとカオスを吹き飛ばす。
「なんじゃ、少し見ない間に随分といい顔になったではないか・・・」
「俺は・・・俺は、負けることが死に繋がると勝手に考えすぎていた。そして、死に対して恐怖するあまり何も出来ずにいた。
そして、今回も死に恐怖して動けずに大切な人を目の前で失うところだった。
けど、そんなのは死ぬよりも辛い・・・。だから、俺に力を貸してくれ! セレス!」
「よく言った。ワシの主であるシュウに従うのは当然じゃ。さぁ、今こそ唱えるのじゃ。ワシらの魔法を!」
俺は座り込んでいたセレスの手を取り起き上がらせる。そして、俺の魔法を唱える。危機と言われるその魔法は無限の可能性を秘め、その魔法は闇にも光にもなる。名を―――
「バハムート・クライシス!」
無限の可能性を秘めた魔法が今、解き放たれる!




