一話 拾いもの
久しぶりに結界に引っかかった魔力反応に腰を上げた。
引っかかったのは腕っぷしに自信のある盗賊か、何も知らない旅人か。どちらにせよ一刻も早く追い払わなくてはいけない。私利私欲の為に大切な植物たちを刈られる前に。
ここは私の、深淵の魔女の森。汚すのならば容赦はしない。
「……子供……?」
しんとした森の中に私のつぶやきが漏れた。
そこにいたのは麗しい顔立ちの、人間の子供だった。
ここは黒の森。
土地の含有魔力量は異常なほど高く、凶悪な魔物の住処となっており、別名死の森と呼ばれる。入ったら生きて帰ることはない。豊富に生えるのは高価な薬草から少しの量で致死量になる毒草まで。
どちらも魔物を潜り抜け、採る価値のあるものばかり。少しでもそれを得られれば豪遊は約束されたもの。
だが、立ち入る者はほぼ居ない。黒の森を管理する「深淵の魔女」が人間の存在を許しはしないからだ。全ての者は森に入ったとたん灰になる。
私の住むこの黒の森はそんな噂が流れている。噂というか魔物やら植物の辺りはほとんど事実であるけれど。
そんな、この森になぜ、子供が。
齢十三くらいだろうか。幼い子供はぐったりと意識を失っており、瞳は見えない。薄汚れた髪はもともと金髪であったのだろう。
天使の如き麗しい顔立ちに思わず見ほれ、遅れてそのあちらこちらに傷があるのに気が付いた。
少年は意識を失ったまま、呻いた。
「お父様……申し訳、ありません」
訳ありか。
握りしめられた短剣に王族の紋章を見つけてため息を吐いた。
だから、そう。きっと気紛れだ。
少年の頬に流れる涙があまりにも美しかったから、たまには元人間として情をかけてやってもいいと思ったのは。
※
パチリ、と雷が爆ぜる。
「っお父様……!」
「死んだわ」
雷の刺激で飛び起きた少年に再度言葉をかけてやる。
「死んだわ、お前の父親は」
「……、し」
一瞬息を飲んだ少年はほろほろと涙を流し始めた。大声で泣きわめく訳でもなく、その年に似合わない悲痛そうな泣き方だ。
それが王族としての矜持だというのか。なんてくだらない。
立ち上がった私は近くの井戸で水を汲み、ベットの上で泣く少年にばしゃりとかけた。
「な、にを……」
「いつまで泣いているつもりなの。お前ここがどこだか分かっていないとは言わないわよね」
はっとした少年は辺りを見回す。鬱蒼と茂った木々に見たこともないだろう草花。
「黒の、森……? だとしたら、貴女は「深淵の魔女」か……」
「そう」
そっけなく頷く。この年で、しかも動揺しているだろうに私の存在まで当てるとはなかなか見所のある子供だ。
「私を、殺すつもりか」
意識を取り戻した少年の瞳は青だと分かった。その瞳が諦めの色を灯す。あるいは初めから期待などしていなかったのかもしれない。再び閉じられた目蓋。長い睫毛が伏せられ少年の儚さをさらに引き立てる。
透き通る白い肌にはもう傷一つ見当たらない。当たり前だ。この私、「深淵の魔女」が治療したのだから。
息を吐き、私は少年の頬をひっぱたいた。少年が小さく呻く。
「お前、何をしているの? 私が拾ってきたモノの分際でただそこに突っ立っているつもり? 早く働きなさい。満足のいく出来になったら食事くらいは出してあげるわ」
ぽかんとした顔の少年に尊大に言い放つ。精々嫌われ者の、人間嫌いの、深淵の魔女らしく。
「そうね、まずは置いてある薪を積み上げて風呂の準備をしなさい。いい? ここは私の森。お前に拒否権はないの」




