ホンモノの
「ウチ、ケイトじゃないらしい」
今朝、ケイトが突然そんな事をぼやいた。
泡立った歯磨き粉が服の上に落ちた。
「……君はケイトだろう?」
「そうだけど、そうじゃないというか……」
ケイトは歯切れ悪そうに呟いた。このまま大学に行っても、なんにも手につかなそうに見えた。
「今日は家でゆっくりしようか」
私が提案すると、ケイトは静かに頷いた。
リビングに招いて、ソファに座らせた。最近寒くなってきたので、ホットミルクを用意して、ケイトに差し上げた。
「それで、君はケイトではない、と」
隣に座って尋ねると、ケイトは頷いた。
ケイトは今、私と同棲している。昨日だって一緒のベッドで寝た。
毎日会っている顔を間違えるはずかない。
私がそう主張すると、ケイトは首を横に振りながらそうじゃないのと答えた。
「ウチ……ううん、ケイトはもう、この世にはいないんだって。お姉ちゃんが言っていたんだ」
「この世にいない?詳しく聞いても?」
ケイトは頷いて、私があげたホットミルクをテーブルの上に置き、その時の出来事を話し始めた。
「先週、出かけていた時に、お姉ちゃんとバッタリ会って、少しだけ話したの」
「お姉さんとは仲良くなかったんじゃなかったっけ」
「うん。ウチが大学に入ってからは、なんか会話が途切れ途切れで……また仲良くお喋りしたかったから、どうして避けるのって聞いたの。そしたら、ケイトは既に交通事故で亡くなったんだって。パパとママと一緒に交通事故に遭ったんだって言ってたの」
「それなら君は、いったい何者なんだい?」
「ウチは、そのケイトを模した、ヒューマノイドらしいの」
「ヒューマノイド?」
私は驚愕した声を出した。
製造技術が発展した昨今、人間とそっくりそのままのヒューマノイドを作る技術まで確立されていた。
その結果、死んだ人間を模したヒューマノイドを提供する会社が生まれた。
その会社は、最新の技術・素材を用いて、身体つきから喋り方、その思考回路まで故人そっくりに模す事が出来るという。
作り上げた後も、多くの人間と会話をすることで学習し、成長する機能も備えているらしい。
画期的な技術だったが、死者を冒涜しているような、倫理観がないビジネスだと批判する者もいる。
ケイトの両親は、ケイトが亡くなった時にソレを造るよう契約をしていたらしい。
「君と私があったのは一年前だ。つまり君は、私と初めて会った日から、ずっとヒューマノイドだったということかい?」
私の問いにケイトは頷いた。
ケイトの姉は契約のことを当然知らなかった。だから彼女はアンドロイドのケイトとどう接すれば良いのかわからず、距離を取っていたらしい。
「人間そっくりのヒューマノイド……かぁ」
私は返答の言葉に困ってしまい、間延びしたコメントしか出来なかった。
「ごめん」
ケイトが小さく謝った。
「ウチ、ホンモノのケイトじゃなかったんだって。お姉ちゃんも言っていた。貴方はニセモノだって。ホンモノのケイトじゃないって。自分でもびっくりしちゃった」
ケイトの声が震えていた。今にも泣き出しそうな声だった。こんな声が、造られた物から発せられるのか。
私はどうも、彼女がニセモノだとは思えなかった。
「私はヒューマノイドのケイト……あなたの事しか知らない。私にとっての、ケイトはあなただけだよ」
私はケイトの肩に手を置いて話した。
「初めて出会った時のこと、覚えている?」
私の問いにケイトは小さく頷いた。
「飲み会で意気投合して、一緒に映画を見に行くようになったんだよね」
「そうそう。その時、楽しそうに話すあなたに私は惹かれたの」
ヒューマノイドということは、元の性格や思考がプログラムされているのだろう。だが、多数の人との会話を経て、学んでいった事に変わりない。思えば、私はそんなところを含めてケイトの事が好きになったのだ。
「私は、私が出会ったあなた自身を好きになったんだよ」
優しく教えるようにケイトに告げた。本当にそう思っていると伝わるように。
ケイトにはそれが伝わったようで、彼女は瞳から透き通った涙を流した。
「おいで」
私はケイトに対し腕を伸ばした。彼女は私の腕に飛び込み、声をあげて泣いた。私は微笑みながら、彼女の背中を優しく叩いた。
ケイトが造られたものだということは、今ここで聞くよりも前から知っていたことだ。
何故なら、ヒューマノイドケイトの本当のクライアントは、私だから。
私は一年よりももっと前から、ケイトを知っていた。彼女が働いていた場所に、私は客として見た。一目見て私は、ケイトをずっと見ていたいという感情でいっぱいになり、その日から私はケイトを追いかけ続けた。
ケイトが一年前に事故で亡くなったのは本当だ。ケイトは両親と家族旅行に出かけた。
山道をレンタカーで走った時に、地盤が緩んだ場所で土砂崩れが発生した。ケイト達はそれに巻き込まれてしまった。
私はその事故を目の前で見てしまった。
天災に巻き込まれてしまったのは、不幸の事故だ。こればっかりはしょうがない。頭では理解していたし、納得しようともした。けれどその事実を受容する事は出来なかった。
死人を身代わりにすることに抵抗感がなかったわけではない。でも耐え難き事実を、どうしても受け入れられなかった。
私は件の製造会社に、ケイトの製造を依頼した。初めて会った時──大学入学当初のケイトに模して造ってもらったのだ。
出来上がったヒューマノイドは、私のことをご主人様と言われた。だからわたしは、酔っ払ったケイトを保護した人物だと話し、そこから私の知っている限りのケイトの特徴を話した。
ヒューマノイドはあっという間に自分のことをケイトだと認識した。
それから私とケイトはイチから愛を育み始めた。確かに、身体つきは似ているし、肌も人工皮膚と同じものを使っているから、一目ではヒューマノイドと気づかない代物だ。
ケイトの姉に、クライアントが両親だと言ったのも私。彼女はケイトの学習を見守りたいとも言っていたが、クライアントが私であることを主張し続けた。
だんだんと自分の家族だと思えなくなったようで、彼女は自然と私たちに近付かなくなった。
だというのに、余計なことを言ってくれたな。誰かに正体を明かされなければ、ケイトは自分が造り物だなんて気づかなかっただろうに。
だがまぁ、ケイトは私がクライアントであることまでは気づかなかったようだ。
「ヒューマノイドとか関係ない。どんな姿でも、ケイトはケイトさ」
私はケイトを抱き寄せた。
「愛しているよ、ケイト」
私の腕の中でうまるケイトに囁いた。
そうだ。このケイトはホンモノだ。
そしてこの愛もまた、ホンモノに違いない。
昔書いた短編です。
啝賀絡太です。
たまにSFチックな想像をしたりすることがありました。サイバーパンクとか、かっこいいよね……
今回のはSFジャンルで、結局メインの観点は人の執着というか、そういった人間の側面を書いた作品ではあるかも。昔からこんなん書いてたんだな。
僕の中の作品傾向のクセがわかりつつあるので、次書く作品で活かしたいてますね。
次の作品もよろしくお願いします。
啝賀絡太でした。




