5‐3 追跡
片田舎とはいえ魔法院を預かる長をここまで呆れさせ、なおかつ無力感を味わわせる者はそういない。「特務」の名に期待して呼びつけたものの、これなら一兵卒を適当に捕まえた方が使いやすかったろう。緑の制服を呪わしく思う老人の前で、フィナンが恭しく敬礼する。
「では。魔女捕縛の任、ひとまず口頭にて承りました。人相書きを受け取り次第、セナ隊員とロカルシュ隊員の二名が出発いたします。また、書面での正式な依頼もお忘れなきよう申し上げます」
これぞまさに慇懃無礼。
フィナンを先頭に部屋を出ていこうとする騎士たちの背中に、元老はひとつ付け足した。
「重要なことを忘れておったわ。貴様ら、一般の民に魔女のことを触れて回るでないぞ。いらぬ不安を煽りたくない」
「承知いたしました」
「それから、くれぐれも魔女は生かして捕らえよ」
「はい?」
老人の言葉にセナが弾かれたように振り返った。
「相手は魔女なんですよ。生け捕りにしろだなんて」
「殺してはならぬ」
「馬鹿な――」
「セナ」
フィナンが鋭く呼びかける。セナは不満をぐっと飲み込んで、一人先に部屋を出ていった。そのあとをロカルシュが追いかけ、最後にフィナンが一礼して扉を閉める。残された元老は疲れたとでも言いたげにため息をつき、そのしぐさに大祠祭がまたも飛び上がった。
もう螺旋階段を下りにかかっていたセナがフィナンに問う。
「金髪の二人、どうするつもりなんです」
「さてなぁ」
「魔女を助けるような奴らです。きっとろくな人間じゃないですよ。しかも金髪の男女だなんて、まるで〈始まりの魔女〉にたぶらかされた聖霊族の再現だ。気味が悪い」
「そう逸るなって。上にお伺いをたてて、あとで伝えるから。それまで待ってろ。な?」
「……早くしないと俺、何するか分かりませんからね」
怒りの足音は吹き抜けの壁や天井に跳ね返ってよく響いた。
城を出て兵舎が近づいてくると、フィナンは雰囲気を柔らかくした。この男は仕事が絡まなければ、非常に人好きのする快男子であった。緑の制服を珍しがる氷都の住民に気取りなく会釈し、ニコニコ顔のまま部下たちに話を振った。
「いやー、お前たちにはとんだ面倒を頼むことになっちまったな」
「ホントだよー。せっかく何年かぶりにお国に帰れると思ってたのにぃ」
「アンタ、神子の職務を放棄して失踪同然で出てきたんだろ。帰ったところで歓迎なんてされないんじゃねえの?」
「されないならそれはそれで面白いかも~。どの面下げて戻ってきたー! って追い回されるのも楽しそ~」
「隊長。今更ですけど、ホント何でこんなヤツが王国騎士をやってられるんです?」
「本人も言ってたが、人格はともかく能力は使えるんだな、これが」
「それは俺も認めますけど……」
セナが尻すぼみになったのは、先ほど元老相手に全力で相棒を擁護してしまったことを思い出し、気恥ずかしくなっているのだった。フィナンはブンブンと頭を振る少年を微笑ましく見つめた。
「お前の能力もなかなかのものだぞ」
「取って付けたような言い方ですね」
「何だよセナ、ずいぶん元気ないな。この任務にはお前の力が必要不可欠なんだから、頑張ってくれないと隊長は困っちゃうぜ」
「ロッカの世話って意味なら怒りますよ」
「もちろんお前の眼が、って意味だ。あと射撃の腕もピカイチ!」
「そりゃどうも」
セナは耳まで赤くし、腹が減ったと適当なことを言ってスタスタと行ってしまった。フィナンはその場で立ち止まり、横を通り過ぎようとしたロカルシュの腕をつかんで引き寄せた。
「ロカルシュくん」
「何かなー?」
「お前さんの故郷、プラディナムの信仰については俺も多少の理解がある。だが任務は任務だ。今の自分が騎士であることを忘れるな」
口早にそうささやき、先を歩くセナにも釘を刺す。
「おーい! 対象を捕らえたらまず俺に連絡を寄越せよ」
「隊長に? 魔法院が二の次なのは別に構いませんけど、なぜ?」
「そこはいろいろとあるんだが、簡単に言うと……魔法院と対立しているのは~?」
フィナンは顎で王都の方を示した。
「あ。そーゆーことー」
「敵さんを突っつく武器は何であれ多い方がいいって話なのよ」
「……院と手を切るためなら手段は選ばないわけですか」
セナは表情こそ歪めなかったが、声は辟易していた。
「手に入れた札をどう使うつもりなのか、ぜひ知りたいもんですね」
「そもそもの情報が間違いって場合もあるかもだし。一応の保険だと思ってくれ」
「さすがの魔法院も出任せでそんなことは言ったりしない、の……では」
断言できないあたり、少年も魔法院にはいい印象がないのだった。
「何にせよ、王都のドンパチに巻き込まれるのは勘弁ですよ」
「それ、俺も御免被りたいんだよなぁ」
「隊長は特務の隊長なんだから無理でしょー」
「ごもっともでーす」
ずばり現実を突きつけたロカルシュに、フィナンは肩を落として頭を叩いた。




