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私がそれを望むから  作者: 未鳴 漣
第二章「悪の牙」
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5‐3 追跡

 片田舎とはいえ魔法院を預かる長をここまで呆れさせ、なおかつ無力感を味わわせる者はそういない。「特務」の名に期待して呼びつけたものの、これなら一兵卒を適当に捕まえた方が使いやすかったろう。緑の制服を呪わしく思う老人の前で、フィナンが恭しく敬礼する。


「では。魔女捕縛の任、ひとまず口頭にて承りました。人相書きを受け取り次第、セナ隊員とロカルシュ隊員の二名が出発いたします。また、書面での正式な依頼もお忘れなきよう申し上げます」


 これぞまさに慇懃無礼。


 フィナンを先頭に部屋を出ていこうとする騎士たちの背中に、元老はひとつ付け足した。


「重要なことを忘れておったわ。貴様ら、一般の民に魔女のことを触れて回るでないぞ。いらぬ不安を煽りたくない」


「承知いたしました」


「それから、くれぐれも魔女は生かして捕らえよ」


「はい?」


 老人の言葉にセナが弾かれたように振り返った。


「相手は魔女なんですよ。生け捕りにしろだなんて」


「殺してはならぬ」


「馬鹿な――」


「セナ」


 フィナンが鋭く呼びかける。セナは不満をぐっと飲み込んで、一人先に部屋を出ていった。そのあとをロカルシュが追いかけ、最後にフィナンが一礼して扉を閉める。残された元老は疲れたとでも言いたげにため息をつき、そのしぐさに大祠祭がまたも飛び上がった。


 もう螺旋階段を下りにかかっていたセナがフィナンに問う。


「金髪の二人、どうするつもりなんです」


「さてなぁ」


「魔女を助けるような奴らです。きっとろくな人間じゃないですよ。しかも金髪の男女だなんて、まるで〈始まりの魔女〉にたぶらかされた聖霊族の再現だ。気味が悪い」


「そう逸るなって。上にお伺いをたてて、あとで伝えるから。それまで待ってろ。な?」


「……早くしないと俺、何するか分かりませんからね」


 怒りの足音は吹き抜けの壁や天井に跳ね返ってよく響いた。


 城を出て兵舎が近づいてくると、フィナンは雰囲気を柔らかくした。この男は仕事が絡まなければ、非常に人好きのする快男子であった。緑の制服を珍しがる氷都の住民に気取りなく会釈し、ニコニコ顔のまま部下たちに話を振った。


「いやー、お前たちにはとんだ面倒を頼むことになっちまったな」


「ホントだよー。せっかく何年かぶりにお国プラディナムに帰れると思ってたのにぃ」


「アンタ、神子の職務を放棄して失踪同然で出てきたんだろ。帰ったところで歓迎なんてされないんじゃねえの?」


「されないならそれはそれで面白いかも~。どの面下げて戻ってきたー! って追い回されるのも楽しそ~」


「隊長。今更ですけど、ホント何でこんなヤツが王国騎士をやってられるんです?」


「本人も言ってたが、人格はともかく能力は使えるんだな、これが」


「それは俺も認めますけど……」


 セナが尻すぼみになったのは、先ほど元老相手に全力で相棒を擁護してしまったことを思い出し、気恥ずかしくなっているのだった。フィナンはブンブンと頭を振る少年を微笑ましく見つめた。


「お前の能力もなかなかのものだぞ」


「取って付けたような言い方ですね」


「何だよセナ、ずいぶん元気ないな。この任務にはお前の力が必要不可欠なんだから、頑張ってくれないと隊長は困っちゃうぜ」


「ロッカの世話って意味なら怒りますよ」


「もちろんお前の眼が、って意味だ。あと射撃の腕もピカイチ!」


「そりゃどうも」


 セナは耳まで赤くし、腹が減ったと適当なことを言ってスタスタと行ってしまった。フィナンはその場で立ち止まり、横を通り過ぎようとしたロカルシュの腕をつかんで引き寄せた。


「ロカルシュくん」


「何かなー?」


「お前さんの故郷、プラディナムの信仰については俺も多少の理解がある。だが任務は任務だ。今の自分が騎士であることを忘れるな」


 口早にそうささやき、先を歩くセナにも釘を刺す。


「おーい! 対象を捕らえたらまず俺に連絡を寄越せよ」


「隊長に? 魔法院が二の次なのは別に構いませんけど、なぜ?」


「そこはいろいろとあるんだが、簡単に言うと……魔法院と対立しているのは~?」


 フィナンは顎で王都の方を示した。


「あ。そーゆーことー」


「敵さんを突っつく武器は何であれ多い方がいいって話なのよ」


「……院と手を切るためなら手段は選ばないわけですか」


 セナは表情こそ歪めなかったが、声は辟易していた。


「手に入れた札をどう使うつもりなのか、ぜひ知りたいもんですね」


「そもそもの情報が間違いって場合もあるかもだし。一応の保険だと思ってくれ」


「さすがの魔法院も出任せでそんなことは言ったりしない、の……では」


 断言できないあたり、少年も魔法院にはいい印象がないのだった。


「何にせよ、王都そっちのドンパチに巻き込まれるのは勘弁ですよ」


「それ、俺も御免被りたいんだよなぁ」


「隊長は特務の隊長なんだから無理でしょー」


「ごもっともでーす」


 ずばり現実を突きつけたロカルシュに、フィナンは肩を落として頭を叩いた。

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