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5‐1「私の理由」

 氷都の兵舎にて、翌日の出立までのわずかな休息を取る二人の騎士がいた。濃緑の制服に身を包む彼らは地勢調査という地味ながら重要な仕事を終え、次いで東方の地震被災地へ復興の手伝いに向かう途中だった。ふたつ前の町で上司と合流してここまで行動を共にしたが、彼は今、魔法院に呼び出されて不在である。


「隊長、何だって魔法院なんかに呼び出されたんだ? 早いとこプラディナムに向かわなきゃなんねえってのに」


「ん~。何か面倒くさいことになってそうー」


「面倒だぁ? 少し前から憲兵の連中も騒がしいし、何か関係あんのか……?」


 浅黒い肌にそばかすが目立つ栗毛の少年が口を大きく開けて、チンピラよろしく生意気な表情で首を傾げた。眉と目尻はつり上がり、常に怒りを含んだ緑の瞳で周囲を見渡す。名をセナといい、背丈は年のわりに低い。しかし子供と侮ることなかれ。肉体は力強く、並の大人なら小手先で伸せるだけの技を持つ。彼は正規の訓練を受けた立派な騎士だった。


「俺ら、魔法院に睨まれるようなことはしてねえはずだけど」


「やっぱりふっくんを一緒に行かせたのか悪かったかなー? クソ院のジジイがこっち見ながらプリプリしてるー。きも~」


「そんなの、誰を行かせたって同じだろ」


「確かにー」


 間延びした話し方をするのは銀髪の獣使い、ロカルシュだった。色素の抜け落ちた白い肌に血色が際だち、頬にはいつも朱が差している。セナと対照的に背だけが無駄に高く、姿形は青年のくせに年相応の落ち着きというものがない。立っていようが座っていようがそわそわフラフラとする仕草がうさんくさく、軽薄な表情と言動が手伝って第一印象は最悪だ。


 閉じた瞼の下で何を見ているか、ロカルシュは頭で左右をキョロキョロと振り向く。そうかと思えば耳に手を添えて傾聴する様子を見せる。一見すると不審な挙動だが、彼の行動を理解しているセナは見咎めることなく、部屋の寝台にどっと背中を投げ出した。


「あ! 隊長が呼んでる!」


 聞くや否や、セナは足をブンと振り上げて飛び起きた。


「隊長は何だって?」


「院に来てほしいみたい。ふっくんにおいでおいでしてる~」


「へいへい。そしたらさっさと行きますか」


 セナが制服の襟元を整え、ロカルシュも帽子を被って顔の前に日焼け防止の薄布を垂らした。彼はセナの肩に掴まって屋外へと移動し、兵舎の外に出たところでムクムクと太ったスズメを肩にとまらせた。指先でスズメの頭をひと撫でし、ロカルシュはセナの肩から手を離す。二人は商店街と住宅地を通り抜け、だらだらと続く坂道を上って城壁をくぐった。


 ロカルシュはそこでスズメと別れ、帽子の前垂れを上げて再びセナの肩に掴まった。「段差がある」「階段だ」などと、セナはいちいち床の変化を教えながら、吹き抜けの螺旋階段を上って三階の議場まで来る。


 扉を三度叩いて開けると、ロカルシュにフクロウが飛びかかった。白と灰のまだら模様で、ピンと伸びた羽角が勇ましい一羽だ。


「ふっくん。ご苦労様~」


「ホゥ!」


 フクロウは翼を納めてロカルシュの肩に足を下ろした。


 部屋の中では髭面の男が手招きしていた。彼こそがセナとロカルシュの上司で、親しみやすい容姿に対して中身は海千山千のフィナン隊長である。


 セナはロカルシュを引きずって彼の一歩後ろに整列した。


 正面には魔法院の元老が鎮座し、横に氷都教会の大祠祭が亡霊のように控えていた。


「我が特務騎兵隊でもやり手の二人、セナ隊員およびロカルシュ隊員です」


 部下を紹介するフィナンに、元老は机を指先で叩いて不満を表す。


「たった二人か? こそこそと動くばかりが上手くても務まらんぞ」


 老人は背丈が凸凹の騎士二人を不服そうに見やる。


 それを受け、ロカルシュは眉間にしわを刻んで歯茎を露わにした。


「嫌ならほかに頼めばー? 私たちも暇じゃないんでぇー」


「こら、ロッカ」


「やーだー」


 相棒であるセナの言葉にも耳を貸さず、ロカルシュはつーんとそっぽを向いた。フクロウも同じ動きをし、それを見た元老は侮蔑の視線を送った。


「時代遅れの蛮地で野放図に育った馬鹿が騎士になったと聞いていたが、貴様のことか」


「ひっどぉ。さすが鬼畜院の言うことは違うー」


「獣の血が混ざっておると口の利き方も分からぬか。まったく、早う逃げた魔女を捕らえよ」


「へぇ! あのお姉さん、魔女さんだったんだ?」


 ロカルシュはどこか嬉しそうだった。その横でセナが目を剥く。


「魔女ですって?」


「ああ。災厄の根源たる者が再来したのだ。しかし、獣使いの貴様。その言いよう……見ておったとでも言うのか」


「アッ! 失言!」


 そうと思っていないくせに、ロカルシュはわざとらしく口を手で塞いだ。


「まーあ、虫さんを介してだと見えづらいし、声もよく聞こえなくて困るんだけどぉ」


「貴様、もしやよそでもこのようなことを……」


「四六時中、聞き耳立ててはないから安心していーよ。今回のはたまたまというか、定期的なやつ~」


 彼は窓際に歩いていって、氷都の町を望む。


「魔女さん、窓からぴょーいって逃げてっちゃったねぇ」


 失笑する肩の上でフクロウが振り向き、元老をじっと見つめた。


「安心していいよジジイ~。王様とちゃんとお話しして、やっていいことと悪いことは決めてあるんだから。そっちが私のお国に何か仕掛けない限り、こっちからは何もしないよぉ。たぶんね」


「下賤の民が陛下とまみえただと……!?」


「私の能力ってあの人にとって重宝みたいなの。っていうか、そういう態度だから嫌われるんだってそろそろ気づいた方がいいよ、貴方たち」


 ロカルシュはちゃらんぽらんな口調から一転して真面目になり、きびすを返して元老の目前に迫った。閉じっぱなしだった瞼をゆっくりと開き、眼窩に収まる作り物の目を露わにする。


 小さな瞳を彩るのは古の幻想種にちなむ竜睛石という鉱石だった。様々な濃淡を重ねた人らしからぬ青の瞳に、ロカルシュの雪白とした姿。その人離れした風体は実に人心を引きつける。


「その目で陛下を誑かしおったか」


「誑かしてはなーい。けど、阿呆院にはできなかったことだもんね。悔しいねぇ。残念だっ、ぁたっ!?」


「ロッカ、もういいだろ」


 さすがに口が過ぎると思ったのか、セナがつかつかとやってきてロカルシュの尻を蹴とばした。舞い上がったフクロウがくちばしでセナの髪を摘み、抗議する。少年はそれをうるさそうに手で追い払い、相棒の首根っこを掴んでフィナンの立ち位置まで戻った。


「痛いじゃん~! そんなんしなくたって、やめろって言われればやめるヨゥ」


「嘘をつくな」


「はぁーい……」


 引きずられながらロカルシュは口をすぼめた。フィナンは部下が戻ったのを機に、面の皮を厚くして笑う。


「それで、魔女の捕縛に際して詳細をうかがいたいのですが」


「……特徴はそこにまとめておいた」


 元老は机の手前に並べられた書類を指さした。


「人相書きの複写が上がり次第、発つがいい。こちらも各地の教会へ文を出すつもりでおるから、適宜協力を仰ぐとよかろう」


「魔女めはどのような魔法を使ってくるのでしょう?」


「それについては心配いらぬ。あれには魔封じを施してあるゆえな。祠祭よ、貴様の方できちんと封じたのであろう?」


「は……!? は、い。それは、ソノ……」


 そう言えばいたな大祠祭、と騎士三名の心が一致する。話題を振られた本人も初めて自分の存在に気づいたようで、取り乱していた。


「む、迎えに来られた魔法院の方にも、ご確認いただいておりますノデ。ハッハッハ……」


「あれはつけた人間にしか外せぬ。魔女はもうこの先、魔法が使えないと考えてよかろう」


「では、もうひとつ。魔女の逃亡を手助けした人物というのは?」


「はぁ!? そんな奴もいるんですか?」


 セナが思わず声を上げる。彼は話の腰を折ってしまったことに頭を下げて後ろへ下がった。


 元老が髭を撫で、口をへの字に曲げて先を続ける。


「魔女をここに連れてきた小僧と小娘だな。すっかり忘れておったわ。どこの者だったか。おい、祠祭や」


「ソ、ソルテ村の……教会の者です」


「だそうだ。見目はよいが頭の悪そうな二人だった。どちらも髪は金で、肩よりは長い」


「ふむ。そうしましたら、魔女の逃走経路ですが……」


「隊長~。ちなみに魔女さんたちが呼ばれたのはここじゃなくてぇ、五階の大きな部屋ね。北西側の窓だったかな? そこバリーンって壊して出て行ったの見たよー」


「となると、魔法を使ったな」


 フィナンは西を向く窓から外を眺め、北の方角に目を細める。


「セナ、〈眼〉を使えるか?」


「はい」


 呼ばれた少年は窓を開けて狭い露台に出、手すりに掴みかかった。凍てつく風が室内に吹き込み、厚い窓掛けを揺らす。冷え冷えとした空気の中で細長く息を吐き、彼は緑の目をすっと閉じた。


 眼球を瞳孔から裏返すよう意識して、世界を一転させる。


 セナはその視界を維持したまま二階分を見上げ、空中を追って教会の方へ顔を向ける。視線は遠く北を捉え――、


 携帯していた手控えに素早く「模様」を書き取る。


「型は覚えたんで、相手が魔法を使ってくれてる限りは追えますよ」


 パタンと表紙を閉じて腰袋の中に仕舞う。それを物珍しそうに元老が観察していた。

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