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泡になる前に

 その頃、カーティスはこの事態を必死で整理していた。


(まったく……デヴィンめ、普段は余計なことまで話す癖にどうしてこういう時だけ変に気を回したりしたんだ……いや、悪いのは私だな)


 カーティスは何度目かの溜息を吐いた。


 これはこじれるわね、とどこか他人事のように言ったマチルダだったが、今はカーティスのことを心配そうに見守っている。


「彼女のお気に入りの帽子も、夜会用の手袋も、日記帳も、読み掛けの本も……何もかも部屋に無かった」


 小さく部屋をノックする音が聞こえた。振り返ると、従者の一人がデヴィンを呼んだ。


「そもそも、フランチェスカと一緒に出て行った男は何者なんだ……」


 カーティスは必死で男の正体を突き止めようとしていた。フランチェスカの交友関係は、実の所はあまり把握していない。だが、誰とでもすぐに打ち解けられる彼女のことだ。数日前に出入りしていた商人は明らかに彼女に気がありそうだった。


「手紙? こんな時間に?」


 デヴィンの驚いたような声が聞こえた。手紙は余程のことがない限り、朝一番に届くものだと決まっている。


 最近では宿を中心に頼んだらすぐに届けてくれるという緊急事態に備えたサービスも始めているらしいが、これまで上手くいった試しがない。

 デヴィンはそれで毎度配達人と揉めているし、そもそもすぐに手紙が届くなんてことは諦めていた。


「どうしたんだ、デヴィン?」


「ええ、急ぎの手紙だとか……何かあったのでしょうか」


「フランチェスカからだ……」


 急いで書いたのだろうか、字が震えている。それに、普段は丁寧で美しい字を書く彼女にしては珍しく走り書きのように見える。


「デヴィンさん」


 使用人の一人が、デヴィンをそっと呼び出した。何やら上の階が騒がしい。雨漏りでも見つけたのだろうか。だが、今のカーティスにはそちらに気を回す余裕が無かった。



「『貴方に何も言わずに出て来てしまってごめんなさい。貴方ともっと話したかった。ここは海がとても綺麗です。暑くて、このまま海へ溶けてしまいそう』」


「……なんてことなの」


 マチルダはそう一言呟くと、顔を真っ青にして、その場に座り込んでしまった。


「大丈夫か、マチルダ? 一体どうした……?」


「……彼女、身投げする気だわ」


「なんだって?」


(身投げ……? そんな、どうして……)


 カーティスはにわかには信じられなかった。だが、自分には相談も無く家を飛び出して行ったこと、部屋の荷物がほとんど無くなっていること、急ぎで届いた手紙など、悪い想像ばかりしてしまう。


「よく見て、カーティス」


 マチルダは震える声で、フランチェスカの手紙を指差した。


「文字がこんなに震えてる。それに、海に溶けてしまいそうだなんて……。まるで人魚姫のラストシーンだわ。こんなの、あんまりよ」


「フランチェスカを人魚姫にはさせない……! 彼女をすぐにでも迎えにいく。マチルダ、デヴィンに伝えておいてくれ」


 カーティスは慌てた様子で、デヴィンを待つことなく身支度を始めた。


「私も一緒に行くわ」


 マチルダは勢いよく立ち上がると、カーティスの目を見つめ、力強く頷いた。


「急ぎましょう、日が暮れてしまう前に」



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