話したいこと
「綺麗ね、海を見るのは初めて」
小高い丘の上から見下ろす海はとても静かで、遠くでかもめの鳴く声が聞こえる。船の汽笛の音があんなに大きいとは知らなかった。
「こんな綺麗な町で暮らせるなんて、姉さんは幸せだね」
絶え間ない波がキラキラと反射するのを眺めていると、セスがこちらを見つめていることに気付いた。
「どうしてそんなに元気ないの? 話してよ」
フランチェスカはセスに促されるまま洗いざらいを話した。仕事、仕事でまとも顔を合わせなくなったこと。仕事の内容もデヴィンから聞くまで何も知らないこと。
「あの人、本当に仕事の話を一切しないの。それが美学だと思っているみたい。それとも、私なんかに話せる内容じゃないのかもしれないけど。それでも時々何かに悩んでいるから、よくは分からないけど『迷ってるならやってみるべきよ』って声を掛けるの。あの人のことだから無茶なことはしないだろうけど……でも、もし無茶な法律でも作ろうとしているなら私はその片棒を担ぐことになるわね」
フランチェスカは積もり積もった不満を一気に吐き出した。
「それは……姉さんも悪いよ。もっと話してって言えばいいじゃないか。僕は『何も言ってくれないなんて、私のことはどうでもいいのね』って言う女の子より、『仕事と私だったら、私が大事に決まってるでしょ』って押し掛けてくるくらいの女の子の方がいい。素直が一番だよ」
「……それは実体験?」
「前にいい雰囲気だった女の子がそういう子だった。結局は振られちゃったけど」
なんでも、ダンスパーティーで他の女の子を褒めたことが気に入らなかったらしい。褒めたのはその子の華麗な足捌きだったんだけどね、とセスは不満そうに呟いた。
フランチェスカは深く溜息を吐いた。横顔は昔のまま幼く見える。素直に育ったのは喜ぶべきかもしれないが、このままだと確実に"悪い男"になってしまいそうでほんの少し不安に思えた。
「それにさ、カーティスはただ本当に姉さんに"自由"に生きて欲しかったのかも。だって、最初は顔も知らずに婚約したんだ。普通の女の子は萎縮しちゃうだろう」
「それは……そうね、そうかしら」
出会ってすぐに、フランチェスカはカーティス心を許していた。初めて会った気がしないほど、彼を運命の人だと信じていた。だが、セスの言っていることも理解できるし、本来はそれが普通の反応なのかもしれない。
「そうだよ、きっと。そうそう、同じチェレスタでも、西の方って嫌味がきついって言われるだろう? 西の方の出身の子が嘆いてた。西チェレスタ出身だっていうと、みんな"素敵な所ですね"って嫌味を言うって。だけど、みんな本当に素敵な所だと思っているだけなんだ。景色も綺麗だし、僕もそう言った」
「言いたいことはなんとなーくわかったわ」
「本当にわかった? それならちゃんと話してみて。姉さんはすぐに突っ走るから」
そこがいい所でもあるけどね。とセスはフランチェスカの背中をバシバシと叩いた。子供の頃、悩んでいるとこうしてよく背中を叩いてお互いを鼓舞していた。
「そうだ、手紙でも書いたらどうかな? ここはすごいんだ。日が沈むまでに渡せば、今日中に届けてくれるんだよ」
「へえ、すごいわね」
もちろん、距離にもよるけどね。とセスはどこからか便箋と封筒を取り出した。どうやらフランチェスカに手紙を送った際の余りらしい。
「……でも、手紙って苦手だわ。だって、口で伝えた方が早くない?」
「姉さんはそういう所を手を抜くから駄目なんだ。いいかい、この美しい景色をちょっと詩的に書くんだ。男はグッと来るよ」
「言葉の裏も表も分からない人間が何を言ってるのよ」
「確かにわからない。僕も昔は手紙が苦手だったけど、僕の為に丁寧に時間を掛けて考えてくれた言葉っていうのにグッとくるんだ。男はみんなそうじゃない? カーティスもきっと喜ぶよ」
「単純ね……えーっと、『海が綺麗です』」
そうは言ったものの、カーティスの喜ぶ顔を見てみたいと思った。彼にこうして手紙を書くのは初めてだった。
「見たまんまじゃないか、もっと詩的に!」
「んー、それじゃあ……『ここは暑くて、このまま海へ溶けてしまいそう』」
「あ、いい感じだと思う。この前そんな感じの手紙もらった」
セスの適当に思えるアドバイスに、フランチェスカは一瞬手を止めた。だが、意外にも伝えたいことはつらつらと出てくるものだった。
「そうだ、何も言わずに飛び出して来ちゃったことも謝ろう。外で手紙なんて書くものじゃないわね。ガタガタしてて上手く字が書けないわ」
「現物を見ながら書くのがいいんだ。それに、大切なのは気持ちだよ」
フランチェスカは一気に書き上げると、宿の主人へと声を掛けた。どうやらここの一部のスタッフが郵便屋も兼ねているらしい。
「ねえ、これを届けて欲しいの。今日中に届くって本当?」
「はい、届きます。ええっと、カーティス・ベルナール様……」
丸いメガネを掛けた恰幅のいい主人だった。手紙の宛名を見ると、さっと顔を強張らせた。
「あら、お知り合いだった?」
「先日は大変申し訳ありませんでした。……必ず今日中に届けます」
聞くと、手違いがあったのはこの宿の主人の手違いが原因らしい。どうやらデヴィンにひどく責められたようだ。
「手紙といえば……さっきの元婚約者」
フランチェスカは自分とは正反対の、儚くて線の細そうな女のことを思い出していた。
「ああ、綺麗な人だったね」
「……ねえ、どうして今も元婚約者と連絡を取るの?」
「円満に別れたからじゃない?」
「そういう問題?」
「姉さんが怒るのもわかるよ。でも、僕からしたらお互いに恨まずに、恨まれずに関係を続けてるってすごいことだと思うけど。別れるのってエネルギーがいるじゃないか」
「……セス、知らない間に大人になったのね」
「そんなことないよ。じゃあ、別に姉さんはあの人に何かをされた訳じゃないんだね? 敵だって言ってたけど……」
「ええ、今の所はね。初対面だもの」
「そんなに悪い人じゃなさそうだったよ。姉さんが目の敵にするのも分かるけど、僕だって彼女の昔の男はみんな敵だと思ってるし。でも、話してみたら思いがけず友達になれることもあるよ」
「……これまでのこと、お互いに話すのは一晩じゃ足りないわね」
「足りっこないよ。だからさ、これからゆっくり話そう。カーティス義兄さんも一緒にさ」
セスは随分大人になった。時々心配になることもあるが、素直で優しい所は変わらずにいてくれて本当に良かったと思う。
「ありがとう、セス」




