手紙
翌朝、約束通りに朝食にパンケーキを食べると、カーティスは足早に部屋を出て行ってしまった。なんでも、急ぎの用事が入ってしまったらしい。
申し訳ないと何度も繰り返す彼の言葉に嘘はないと思うけれど、フランチェスカはそろそろ我慢の限界だった。
仕事、仕事だと言うけれど、もう少しそのことについて話してくれてもいいのではないか。空いた土地の活用、資金繰りについて……教えてくれるのはいつもデヴィンだ。
フランチェスカは不貞腐れたように広いベッドの上に身を投げ出した。少し行儀は悪いが、誰も見ていないのだから構わない。しばらくの間そうしていると、独特のリズムで扉を叩く音がする、デヴィンだ。
「失礼します、フランチェスカ様」
デヴィンは相変わらずニコニコと楽しそうに微笑んでいる。
「ねぇ、デヴィン。カーティスは私のことなんかどうでもいいのかしら? 彼、何か言ってる?」
「それは……」
デヴィンが珍しく口篭っている。昨夜、余計なことを言うなとカーティスから念を押されていたからだ。
「いえ、私の口からはなんとも」
その答えに、フランチェスカはガックリと項垂れた。
「やっぱり……」
(上手くいっていると思い込んでいたけれど、私たちの関係は冷め切っていたんだ)
「こういったことは、ご本人とよく話してください」
デヴィンの必死な訴えが、余計にフランチェスカを絶望の淵に立たせる。
「そんなこと言っても、彼は仕事ばかりで時間が取れないし。それに……」
それこそまさに、デヴィンにはどうしようも出来ないことだ。
「いいえ、なんでもない。カーティスが寂しかったら"友人"を呼べって。お互いに自由に、ってそう言う意味でしょう?」
子どもじゃないのよ、意味は分かる。と、フランチェスカは溜息混じりに呟いた。
「まさか……! そんなことはないはずです。カーティス様のことですから、本当にご友人を呼んで楽しく過ごして欲しいと思ったんでしょう」
デヴィンは想像もしていなかった言葉に動揺していた。
「それはどうかしら……ごめんなさい、私の話ばかり。どうかしたの?」
「そうそう、こちらを届けに来たんですよ。フランチェスカ様にお手紙です」
「誰からかしら……セスだわ 」
「セス様……フランチェスカ様の弟君でございますね。確か留学中だとか」
「そうなの、私の結婚式のために戻っているの。デヴィンもカーティスもまだ会ったことないわよね」
フランチェスカの声が弾んでいることに気付き、デヴィンは少しホッとした。
「ええ、お会いできるのが楽しみです」
「あら、ここに来るって書いてある……今日の日付だわ」
「しまった……!最近まったく多いんです。なんだか手違いでがあったとかで遅れて届いてしまう。昨夜もマチルダ様からのお手紙が一週間遅れて届いてしまったのですから」
「マチルダって?」
知らない女性の名前に、フランチェスカは思わず声を荒げた。
「ええ、マチルダ様はカーティス様の……その、元婚約者です」
デヴィンは一瞬言葉に詰まったものの、正直に白状した。後々発覚したら大変なことになると心得ているのだろう。やましい事実がないから出来る事だろうか。
ーーそれともデヴィンが考え無しで言っただけ?
フランチェスカはデヴィンの表情の変化を見逃さぬように注意深く観察していた。
「元婚約者がどうして手紙なんて寄越すの?」
「お二人は今も友人として良好な関係を続けていますから。……ああ、申し訳ありません……すぐに下の者に報せなくては。セス様をお迎えするご準備をしますので」
デヴィンは早口でそう答えると、慌て部屋を飛び出して行った。
「待って、いいのよ。セスのことは気にしないで……ああ、行っちゃった」
フランチェスカは再び静かになってしまった部屋で一人、溜息を吐いた。マチルダ……一体どんな女性なのだろう。婚約していた話は聞いていたが、詳しく聞いたことはない。
どうして二人は別れてしまったのだろう、そもそも二人は本当に別れているのだろうか。やむを得ない事情で別れた"ふり"をして、実は密会して……そんな話も聞いたことがある。
一人でいると悪いことばかり考えてしまう。カーティスのことは、そこまで不誠実な人だとは思っていない。ただ、真実が知りたい。