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最終章①

 

 フルールが涙でナート家を後にした日から五年が経とうとしている。


 リリックとフルールの間には双子の女児が生まれていた。


 当然その美しさは色濃く、父の美貌を母の可愛さでマイルドにした二つのその顔は、生まれた時から群を抜いており誰もが吸い込まれるようにその瞳を覗き込み微笑んだ。


 しかし、問題は顔ではない。

 顔ではなく中身なのだ。


 中身がフルール──と言ってもいい程の性癖が目覚めたとき、その瞬間に立ち会った侍女長であるミルは絶望を見た。


 絶望は見ても、今も昔も目を反らさずに戦う。

 その仕える忠誠心は変わらない。


「おとうしゃまと、いっちょじゃなきゃ、いや!」

「いや!」


「旦那様がお帰りになるまでに寝ないと魔女に攫われますよ」


「おとうしゃまと、いっちょに、ねんねできないなら、まじょとあそぶから、いいもん」

「いいもん」


「その魔女はとても醜悪なお顔です。セレナお嬢様は耐えられません」


「まじょだから、おかお、かえられるわ。だいじょうぶ。おとうしゃまのおかおにちてもらうの! はやくまじょよんできてぇー」

「よんできてぇー」


 フルールの幼少期を聞いていたミルは、頭をかかえる。

 同じである。気に入った者の寝かしつけでないと寝ないのは同じである。


「ハンナさんの苦労がやっとわかったわ……」


 弁の立つ方が姉のセレナ。

 後からついてくるすこしおっとりしている子が妹のレイナ。


 姉のセレナは顔に強い拘りを見せ、わずか三歳にして父親が父親であることに悲観した。

「なんでおとうしゃまのおよめしゃんになれないのぉ。わーん」


 妹のレイナは、フルールの幼少期をなぞるようにがっしりした体躯の殿方に夢中である。

「ガロンはこんどはいちゅくりゅの?」

 現在は公爵家のガロンの体に首ったけである。


 ミルはフルールの結婚とともに侍女としてランドル家にやってきて、今やこの侯爵家の侍女長である。

 そして子供たちの教育係でもあった。


 ミル本来の業務から逸脱しているが、なんせ雇う教師、雇う教師、双子がすぐクビにするのだ。


「おかおの、きれぇな、おとこのちとに、ちてちょうだい!」

「からだの、おぉきな、おとこのちとに、ちてちょうだい!」


 このままでは最低限のマナーも身に着けることができない。


「奥様、お嬢様たちの今後の教育方針はいかがいたしますか?」


 ミルがほとほと困ってフルールに伺いを立てれば。


「わたしがわかるわけないじゃない! それが分かっていたらハンナはもっと楽できたわ」


 なんですかその言い分は。

 ふんっ、とでも付きそうなほど何故か誇らしげに返された。


 ですが、まあ、確かにそうですよね。

 解決策があればナート家はもっと落ち着いていられたのだ。



 女性が全滅となるとエーデル公爵家やナート伯爵家にも協力を求め、縁故の男性であればと何人か紹介してはもらったものの、今度は愛らしさにやられ奴隷と化す。

 エーデル公爵家からの使用人は顔に対しての免疫はあるものの、子どもと動けるほどの体力がない。


 誰も太刀打ちできない。


 唯一、免疫もあり体力もあるのはミルだけである。



 ふたりの子どもといってもリリックの上を行く顔ではないし、フルールの絶頂期程ではない。昔戦った魔導士と魔女には及ばない。えいっ! とミルはその任に飛び込んだ。消去法でいくとミルしかいなかった。


 本来の業務がどうだなどと言っている場合ではなかったのである。


 ──まるでハンナの半生をなぞっているようだ。


 フルールはというと、最近は毎日のように領地に建設中の家を見に行っている。

 そこへ行けばガタイのいい男たちが汗を流して働いているからではない……と思いたい。思いたいが、焼き菓子に冷水にタオルと、まるで昔練り歩いていた真夏の行脚のような装備だ。疑われてもしょうがない。







『フルール、────共犯者になってくれるか?』


 あの日、馬車の中でそういったリリックはフルールに提案をした。


 公爵家の決めた諸々を崩すという事は、ひとりでは到底成し得ない。

 そこでリリックはフルールに協力を仰いだ。

 ハンナとロノフスを手元に置いてもおかしくない状況を作るために。


 尤もそれを思いついたのはフルールの泣き顔を見たからだ。


 あの時の自分は本当に考え無しだったと、リリックは改めて思う。

 上手くいったから良かったものの、効率重視のリリックからすれば賭けのようなものだった。


 フルールの泣き顔を前に、過去に考えていた空想が掘り起こされ、同時に完成までの道筋が見えた。


 ロノフスの葬儀を取り仕切るにはどうしたらいいかと、幼い頭で考えた養老院への構想。

 瞬時にそれを実現するための算段が巡ったのだ。


 ならばあの土地がいる。

 いや、絶対に欲しい。


 ハイバール子爵領。

 もうすぐ代替わりするハイバール子爵は、当主が変わってしまうと面倒なことになる。


 その昔、エーデル公爵家の当主が、息子を殺した嫁を監視するために分家としたドゥユビエール侯爵家。


 その一帯には、監視の一環として公爵家の息のかかった貴族が土地を置き、水たまりのように飛び地が点在していた。


 その内の一つがハイバール領だった。

 侯爵屋敷の近くにあるため、通行の度に遠回りしなければならない面倒な土地だ。


 その面倒な遠回りを、なんとかできないものかとドゥユビエール侯爵は代々に渡り交渉したが『この領地は売ってはならん』と受け継がれる遺言によって子爵家もまた代々断り続けた。


 仮に手放したくとも売るに売れない状況だったのだ。

 さすがに遺言を疎かにはできない。


 言ってしまえば、ドゥユビエールに売りたくなかっただけで、心情としては辺鄙な土地を手放したいと思っていたことだろう。


 その当時は『ドゥユビエール侯爵家に売ってはならない』の意だったものがいつの間にか、肝心な名前だけがどこかに行ってしまったものと思われる。

 そして『この領地は売ってはならん』だけが残った。


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